「おーい、ユノ。
チャンミンをいじめるな」
開け放たれた事務所の戸口から、Tが笑いながら入ってきた。
「!」
ふざけあっていた二人は、ぴたと動きを止めた。
ユノはパッと、チャンミンから離れた。
「Tさん、ひどいなぁ。
心優しい俺がいじめる訳がないじゃないですかぁ」
(チャンミンとじゃれ合ってるとこを見られてしまったー!)
「いじめてたじゃないか~」
Tは手にしていたタブレットをコツンと、軽くユノの頭を叩く。
「Tさんこそ、暴力反対です」
顔を赤くしたユノは、ポットの置いてあるカウンターへ。
チャンミンは思う。
(何赤くなってるんだよ)
チャンミンは二人のやりとりを無言で観察していた。
「今朝は早いんだね、チャンミン」
Tはチャンミンに声をかけた。
「あぁ、はい」
チャンミンは姿勢を正して、Tに会釈する。
(なんか、イライラする)
「はい、Tさん、コーヒー」
「ああ、ありがとう」
爽やかな笑顔を見せてTは、ユノからマグカップを受け取った。
Tは立ったまま、ひと口コーヒーすする。
「ちょうどいいね」
「Tさん、薄いのが好きでしたよね」
「さすが、分かってるね」
チャンミンはユノとTの会話を聞いているうち、不機嫌になってきていた。
(なんだよ、あれ。
このようなユノとTのやりとりは、いつものことなのかもしれない。
一昨日までは、目にしてはいたけど、全く気にならなかったのに。
今は、すごく、すごく気になる)
Tは仏頂面のチャンミンに気付いて言った。
「チャンミン、昨日はいなかったから、知らないだろうけど、大変だったんだ。
カイ君が出勤してきたら、一緒に行って様子をみてくるといい」
「何かあったんですか?」
ユノから何も聞いてなかったし、チャンミンは出社してから未だ、業務記録をチェックしていなかった。
「排水関係がね。
カイ君に聞くといいよ」
じゃっと手を挙げて、Tはユノの方を向く。
「ユノ、始業前に悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいんだ」
「いいですよ」
事務所を出る際、ユノは振り向いて、
「じゃあ、チャンミン、また後でね」
と、手を振った。
そして、Tと肩を並べて彼らの仕事場へ行ってしまった。
ひとり残されたチャンミン。
ユノとふざけ合ったことがくすぐったかったし、ユノが「また後でね」と言ってくれたし。
同時に、ムカムカとした思いも抱えていた。
(なんだよ、Tさんは。
ユノの先輩だからって...。
僕は、彼が気に入らない)
チャンミンには、自分の気持ちの正体がまだ分かっていなかった。
胃の辺りがぎゅっとする、不快な感覚。
「あっ!」
(僕はユノと話したいことがあったんだ)
昨夜、チャンミン自身が挙げた3つのリストについてだ。
(ユノは後で、て言ってたから、その時にしよう)
自分の席に座り、デスクの上の自分のマグカップに気づく。
ユノが淹れてくれたコーヒーの存在をすっかり忘れていた。
カップに口をつけて、
「うわっ!」
どろどろに濃くて苦いコーヒー。
ユノの仕業だ!
ユノの小さな悪戯を可愛らしく思えて、ひとり笑いをするチャンミンだった。
(つづく)
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