(15)時の糸

 

 

「おーい、ユノ。

チャンミンをいじめるな」

開け放たれた事務所の戸口から、Tが笑いながら入ってきた。

「!」

ふざけあっていた二人は、ぴたと動きを止めた。

ユノはパッと、チャンミンから離れた。

「Tさん、ひどいなぁ。

​心優しい俺がいじめる訳がないじゃないですかぁ」

(チャンミンとじゃれ合ってるとこを見られてしまったー!)

「いじめてたじゃないか~」

Tは手にしていたタブレットをコツンと、軽くユノの頭を叩く。

「Tさんこそ、暴力反対です」

顔を赤くしたユノは、ポットの置いてあるカウンターへ。

チャンミンは思う。

(何赤くなってるんだよ)

チャンミンは二人のやりとりを無言で観察していた。

「今朝は早いんだね、チャンミン」

Tはチャンミンに声をかけた。

​「あぁ、はい」

​チャンミンは姿勢を正して、Tに会釈する。

(なんか、イライラする)

「はい、Tさん、コーヒー」

​「ああ、ありがとう」

爽やかな笑顔を見せてTは、ユノからマグカップを受け取った。

Tは立ったまま、ひと口コーヒーすする。

「ちょうどいいね」

「Tさん、薄いのが好きでしたよね」

「さすが、分かってるね」

チャンミンはユノとTの会話を聞いているうち、不機嫌になってきていた。

(なんだよ、あれ。

​このようなユノとTのやりとりは、いつものことなのかもしれない。

​​一昨日までは、目にしてはいたけど、全く気にならなかったのに。

​今は、すごく、すごく気になる)

Tは仏頂面のチャンミンに気付いて言った。

「チャンミン、昨日はいなかったから、知らないだろうけど、大変だったんだ。

​カイ君が出勤してきたら、一緒に行って様子をみてくるといい」

「何かあったんですか?」

ユノから何も聞いてなかったし、チャンミンは出社してから未だ、業務記録をチェックしていなかった。

「排水関係がね。

カイ君に聞くといいよ」

じゃっと手を挙げて、Tはユノの方を向く。

「ユノ、始業前に悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいんだ」

「いいですよ」

事務所を出る際、ユノは振り向いて、

「じゃあ、チャンミン、また後でね」

と、手を振った。

​そして、Tと肩を並べて彼らの仕事場へ行ってしまった。

 

ひとり残されたチャンミン。

ユノとふざけ合ったことがくすぐったかったし、ユノが「また後でね」と言ってくれたし。

同時に、ムカムカとした思いも抱えていた。

(なんだよ、Tさんは。

ユノの先輩だからって...。

僕は、彼が気に入らない)

チャンミンには、自分の気持ちの正体がまだ分かっていなかった。

胃の辺りがぎゅっとする、不快な感覚。

「あっ!」

(僕はユノと話したいことがあったんだ)

昨夜、チャンミン自身が挙げた3つのリストについてだ。

(ユノは後で、て言ってたから、その時にしよう)

自分の席に座り、デスクの上の自分のマグカップに気づく。

ユノが淹れてくれたコーヒーの存在をすっかり忘れていた。

カップに口をつけて、

​「うわっ!」

どろどろに濃くて苦いコーヒー。

​ユノの仕業だ!

ユノの小さな悪戯を可愛らしく思えて、ひとり笑いをするチャンミンだった。

 

 

(つづく)

 

 

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