(36)時の糸

 

 

(どうしよ)

 

Nと別れて、ユノは街をプラプラと歩いていた。

 

チャンミンと楽しく過ごして浮ついていた気持ちが、一気に現実に引き戻されたようだった。

 

「はぁ...」

 

(いつまでチャンミンの側にいられるだろう。

チャンミンがずっと、無表情で無感情でいてくれたら、ずっと彼の側にいられたのに。

彼と同じ職場にいられなくなることより、もっと怖いことがある。

いつかチャンミンが真実を知って、俺のことを嫌いになってしまうかもしれないことだ。

チャンミンは俺のことを信じられなくなるだろうな)

 

チャンミンに渡したお土産のことを思う。

 

(ごめんな、チャンミン。

俺は出張になんか行っていない。

俺はずっと、この街にいたんだよ。

あれは、ネット通販したものなんだ。

騙してごめんな、チャンミン)

 

チャンミンの真っすぐ澄んだ瞳が、ユノを苦しめる。

 

(よりによって、チャンミンを好きになっちゃうなんて。

面倒なことになるって、分かってたのに!)

 

知らず知らずのうち、ブツブツと独り言をつぶやいていたユノの肩が叩かれる。

 

「わっ!」

 

「ユノさん!」

 

振り向くと、カイのすがすがしい笑顔。

 

「何度も呼んだのに、ユノさん気づかないんだから」

 

「カイ君!」

 

「どんどん歩いていっちゃうから、僕、ずっと追いかけちゃいましたよ」

 

「ごめん、考え事してた」

 

「ユノさん、どっちに向かってます?」

 

「こっち」

 

ユノが方向を指すと、カイはにっこり笑う。

 

「僕と同じですね」

 

カイの笑顔は素直で底抜けに明るい。

 

カイはユノの腕に手を添えると、

 

「せっかくだから、途中まで一緒に歩きましょう」

 

「う、うん」

 

ユノはカイの勢いに断る間もなく、カイと並んで歩くことになった。

 

 

 

 

​「カイ君は買い物中?」

ユノは冷たくなった両手を、コートのポケットに滑り込ませながら、カイの隣を歩く。

(相変わらず、カイ君はお洒落さんだ)

ユノはちらりと、自分の歩調に合わせて歩くカイをちらりと盗み見た。

パーマなのかくせ毛なのか、カールした栗色の髪は柔らかそうで、色白のカイによく似合っている。

(ロゴ入りニットなんぞ、普通の人が着たらセンスを疑うけど、カイ君は着こなしてる。

やっぱ、スタイルがいいからかなぁ。

雰囲気からして、お洒落さんだよなぁ)

「ユノさん!」

腕をつつかれて、ユノは考え事をしていた自分に気づく。

「あー、ごめんごめん。

何だった?」

「ユノさんの質問に答えたんですよ、僕は」

「ごめんな、カイ君!

​買い物でもしてたんかな?」

カイは、一重まぶたの目を細めて笑うと、

「あれぇ?ユノさん、​僕に見惚れちゃってたんですか~?」

「こらこら、カイ君。

お兄さんをからかっちゃいかんよ」

ユノは吹き出すと、カイの腕を小突いた。

(ちょっと前に、同じような会話をチャンミンとしたよな)

「ま、そうかもね。

あんたは、カッコいいシティボーイだ」

「ユノさーん、頼みますよ。

“シティボーイ″だなんて言葉、いつの時代ですかぁ?」

「ははは。

俺はねぇ、古典文学をわりと読んでるんだ」

 

「意外ですね」

 

「だろ?」

「僕はですね、駅に用事があったんです」

「そうなんだ」

「姉がこっちに越してくることになって、そのお迎えなんです」

​「カイ君、お姉さんがいたんだ!」

 

「はい。

ずっと南方に住んでたんです。

向こうに飽きちゃったみたいで、こっちに勤め先見つけたからって、急に」

「へぇ、どんなお姉さん?

似てる?」

「そうですねぇ...。

似てる...方かなぁ」

カイは人差し指をあごに当て、宙を見つめながら言う。

​(お人形さんみたいに、整った顔やな)

「カイ君に似てるなら、美人さんやね。

...っと!」

「おっと、危ないです!」

カイは、ユノの腕を引き寄せる。

ユノの脇すれすれを、電動自転車が走り過ぎた。

「ありがとね」

「どういたしまして」

 

カイは車道側に回り込むと、ユノと並んで再び歩き出した。

休日のため人通りが多く、カイはユノの腕に手を添えて、通り過ぎる人と接触しないようさりげなく誘導している。

ユノはカイのとっさに自然と出る、スマートな気遣いに感心した。

 

(俺も男なんだけどなぁ)

「カイ君。

あんた、モテるでしょ?」

「はい?」

ユノの唐突な質問に虚をつかれたカイだったが、

「モテますね」

と、きっぱり答える。

(おー、ストレートに認めちゃうんだ)

カイは肩をすくめた。

「いくらモテても、本命から好かれなくちゃ、意味ありません」

「そりゃそうだ」

ひゅうっと、冷たい風が吹きすさぶ。

「ひゃあ!

寒いな。

そろそろ雪が降るんでないの?」

「ユノさん、温かいものでも飲みませんか?

買ってきますよ」

(カフェでは、アイスコーヒー飲んじゃったからなぁ)

「うん、ありがとうな」

ユノは一瞬迷ったが、カイの好意に甘えることにした。

 

前方のスタンドまで小走りに駆けていくカイの後ろ姿を、眺めながらユノは思う。

(チャンミンは馬鹿でかいが、カイ君もデカい男やな)

「あちち。

はいどうぞ」

熱い飲み物から伝わる紙コップの温かさに、ほっとする。

「勝手にココアにしちゃったんですけど、よかったですか?」

「大好きだよ、ありがとな」

(気の利く男やな。

モテるのも無理はない)

 

温かい飲み物を飲みながら、ユノは感心していた。

コーヒースタンドの脇に二人並んで立っていた。

「姉と会うのは久しぶりなんで、直接迎えに行くんですよ」

​「お姉さん思いな弟だね、あんたは」

「ははは。

​これから一緒に住むことになるんで、うるさく思うかもしれませんね」

「一人暮らしよりは、賑やかでいいんじゃないの?」

「一人暮らしは、寂しいですね、やっぱり。

​そうだ。

ユノさんこそデートの帰りですか?」

ユノはポケットから出した手を振る。

「まっさか!

​友達とお茶してただけ」

 

「ふ~ん、そうですか」

​カイはユノを見つめる。

​ふうふう息をふきかけながら、熱いココアを飲むユノの、サラサラと風に揺れる黒髪を見つめながら、カイは思う。

(ユノさん、気づいてますか?

​気づいてないですよね。

​僕は、ユノさんのことが気になってるんですよ)

 

(つづく)

 

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