~ユノ~
「どうしてそう言い切れるのさ?」
チャンミンは眉間にシワを寄せ、疑わしげに訊ねた。
「もしクローンだったらさ、チャンミンみたいに性格がひねくれた人間にしないだろ?
口は悪いし、人付き合いも下手だし。
頭痛がするとかさ、ぶっ倒れる時もあるとかさ。
問題ありまくりじゃん」
「...ユノ」
チャンミンはじとりと俺を睨みつけた。
「...それって、悪口だろ?」
「嘘うそ!
チャンミンは優しいよ、とっても」
「ホントに?」
俺の言葉に、たちまち機嫌を直して笑顔になるチャンミンが可愛いと思った。
長い脚を窮屈そうに折って、大きな背中を丸めて俺の肩におでこをつけてすがるくせに。
よしよし、といった風に頭を撫ぜたら、「子供扱いするな」って俺の手を払いのける。
やれやれ、面倒くさい男だ。
「あの女の人みたいに、昔の僕を知っている人が次々と現れたらどうしよう。
頭の中がぐちゃぐちゃになる」
「あり得るね」と心の中で答える。
「もし、僕の家族と会う時があったとしても、僕は分からないんだ」
「......」
「でもね、僕が怖いのはもっと別なことなんだ」
真顔のチャンミンが、俺と真っ直ぐ目を合わせてくる。
綺麗な顔をしている、とあらためて見惚れた。
「ユノだけだ。
僕の中ではっきりしている存在は、ユノだけなんだよ」
「チャンミン...」
「もし、今この瞬間も1秒ずつ記憶が消えていってしまっているとしたら、ユノのことも忘れていくってことだろ?
僕の裸を覗き見したユノとか、僕を見舞ってくれたとか、不法侵入の犯罪を犯したとか」
「おい!」
「閉じ込められたことや...それから、えっと...恥ずかしくて言えないこととかも...」
最後の部分は消え入るように言って、チャンミンは俺の手を握る力をこめた。
いつもの俺だったら、「恥ずかしくて言えないことって、なあに?」とからかうところだけど、出来るはずがない。
チャンミンは真剣だった。
チャンミンは俺に伝えたいことがあって一生懸命なんだ。
自身の心情を、誰かに告白できるようになったんだから。
「忘れないよ、大丈夫。
チャンミンは賢いから、俺とのことはしっかりインプットされたままだ。
おいおい、チャンミ~ン。
泣くなよ。
泣き虫だなぁ」
チャンミンの頭をくしゃくしゃと、撫ぜてやる。
「うんっ...。
ユノといると僕は感情的になるんだ」
潤んだ目を半月型にさせた、笑顔の泣きっ面。
乱れて前髪が立ち上がり、濃い眉毛が下がっている。
スウェットパンツの裾からのぞく、くるぶしと大きな裸足。
「あんたのお世話は俺がしてやるから、心配しなくてよろし。
さささ、酒の続きを飲もうではないか。
今夜はあんたんちに泊まるんだから、夜通し酒盛りができるぞ」
ロマンティックな雰囲気になるのがちょっと怖くて、誤魔化すように新しいワインを開封した。
「どわっ!?」
とび掛かったチャンミンによって、気付けば俺は仰向けに押し倒されていた。
手にしていたワインボトルをごとんと倒してしまい、とくとくと床に中身がこぼれていく。
待て待て待て待て!
いきなり押し倒すのかよ。
甘いムードとか、全部すっ飛ばすのかよ?
チャンミン、あんたの動きは予測がつかない。
顔の両脇に両手をついて、チャンミンは俺を見下ろしていた。
ゆ、床ドン...。
「...チャンミン」
チャンミンの眼がマジだ。
男の眼になっている。
「床でか!?」
心の準備、ってのが必要なんだ。
俺の上で四つん這いになったチャンミンの下の方に、そっと視線を移動させた。
たるんだスウェット生地で、分からない。
こら!
何を確認しようとしてるんだ?
「んぐっ」
チャンミンに唇を塞がれて、予感はしていたけど強引な動きに、一瞬身体が強張った。
Sの言葉を思い出した。
『真実を知っても揺るがないくらいの関係を、今のうちに築きなさい』みたいな内容だったっけ?
腹を決めるしかないな。
...とは言え...床の上はなぁ。
チャンミンは顔の角度を変えて、俺の唇をこじあけにかかる。
「っん...んー」
相変わらずキスがうまくて、頭の芯がくらくらする。
俺の両頬を挟んだチャンミンの力が強い。
「布団の上に移動...しよう」
「......」
駄目だ、聞こえていない。
「で、きれば、風呂に...入ってからにしたい...」
「......」
「チャン...ミン...!」
俺はチャンミンの顎を突っ張った。
「タンマだ、タンマ!!」
チャンミンは尻もちついて、茫然といった表情だ。
「あのなー。
俺にだって理想の流れってのがあるんだ。
ヤリたい盛りかもしれんが、ちょっと我慢しろ」
「...ごめん、思わず」
濡れた唇を手の甲で拭った。
相手が俺じゃなきゃ、ドン引きされるガッつき方だった。
「あんたの意気込みは十分伝わってるよ。
いちお、俺にも準備ってのがあるから、風呂に入らせてくれ」
「......」
浴室にいきかけた俺は、ニヤニヤ顔でくるりと振り向いた。
「覗くなよ」
「!」
「風呂場で『初めて』はなぁ...。
やっぱベッドの上がいいからなぁ」
「なっ!?」
かーっとチャンミンの顔が真っ赤になった。
頭のてっぺんから湯気が出そうなくらいに。
「1点確認なんだが、あんたも風呂に入ったほうがいいんじゃないか?
ほら、いろいろとさ?」
「え...?
シャワーはもう浴びたけど?」
なるほど。
チャンミンは知識ゼロかもしれない。
「裸になって、ベッドで待ってろよ、な?」
「......」
・
洗面所の鍵をかけて、着ているものを脱いだ。
「はぁ...」
あの様子じゃ...激しいのかな?
大丈夫かな、俺。
(つづく)
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