(76)時の糸

 

 

~ユノ~

 

「どうしてそう言い切れるのさ?」

 

チャンミンは眉間にシワを寄せ、疑わしげに訊ねた。

 

「もしクローンだったらさ、チャンミンみたいに性格がひねくれた人間にしないだろ?

口は悪いし、人付き合いも下手だし。

頭痛がするとかさ、ぶっ倒れる時もあるとかさ。

問題ありまくりじゃん」

 

「...ユノ」

 

チャンミンはじとりと俺を睨みつけた。

 

「...それって、悪口だろ?」

 

「嘘うそ!

チャンミンは優しいよ、とっても」

 

「ホントに?」

 

俺の言葉に、たちまち機嫌を直して笑顔になるチャンミンが可愛いと思った。

 

長い脚を窮屈そうに折って、大きな背中を丸めて俺の肩におでこをつけてすがるくせに。

 

よしよし、といった風に頭を撫ぜたら、「子供扱いするな」って俺の手を払いのける。

 

やれやれ、面倒くさい男だ。

 

「あの女の人みたいに、昔の僕を知っている人が次々と現れたらどうしよう。

頭の中がぐちゃぐちゃになる」

 

「あり得るね」と心の中で答える。

 

「もし、僕の家族と会う時があったとしても、僕は分からないんだ」

 

「......」

 

「でもね、僕が怖いのはもっと別なことなんだ」

 

真顔のチャンミンが、俺と真っ直ぐ目を合わせてくる。

 

綺麗な顔をしている、とあらためて見惚れた。

 

「ユノだけだ。

僕の中ではっきりしている存在は、ユノだけなんだよ」

 

「チャンミン...」

 

「もし、今この瞬間も1秒ずつ記憶が消えていってしまっているとしたら、ユノのことも忘れていくってことだろ?

僕の裸を覗き見したユノとか、僕を見舞ってくれたとか、不法侵入の犯罪を犯したとか」

 

「おい!」

 

「閉じ込められたことや...それから、えっと...恥ずかしくて言えないこととかも...」

 

最後の部分は消え入るように言って、チャンミンは俺の手を握る力をこめた。

 

いつもの俺だったら、「恥ずかしくて言えないことって、なあに?」とからかうところだけど、出来るはずがない。

 

チャンミンは真剣だった。

 

チャンミンは俺に伝えたいことがあって一生懸命なんだ。

 

自身の心情を、誰かに告白できるようになったんだから。

 

「忘れないよ、大丈夫。

チャンミンは賢いから、俺とのことはしっかりインプットされたままだ。

おいおい、チャンミ~ン。

泣くなよ。

泣き虫だなぁ」

 

チャンミンの頭をくしゃくしゃと、撫ぜてやる。

 

「うんっ...。

ユノといると僕は感情的になるんだ」

 

潤んだ目を半月型にさせた、笑顔の泣きっ面。

 

乱れて前髪が立ち上がり、濃い眉毛が下がっている。

 

スウェットパンツの裾からのぞく、くるぶしと大きな裸足。

 

「あんたのお世話は俺がしてやるから、心配しなくてよろし。

さささ、酒の続きを飲もうではないか。

今夜はあんたんちに泊まるんだから、夜通し酒盛りができるぞ」

 

ロマンティックな雰囲気になるのがちょっと怖くて、誤魔化すように新しいワインを開封した。

 

「どわっ!?」

 

とび掛かったチャンミンによって、気付けば俺は仰向けに押し倒されていた。

 

手にしていたワインボトルをごとんと倒してしまい、とくとくと床に中身がこぼれていく。

 

待て待て待て待て!

 

いきなり押し倒すのかよ。

 

甘いムードとか、全部すっ飛ばすのかよ?

 

チャンミン、あんたの動きは予測がつかない。

 

顔の両脇に両手をついて、チャンミンは俺を見下ろしていた。

 

ゆ、床ドン...。

 

「...チャンミン」

 

チャンミンの眼がマジだ。

 

男の眼になっている。

 

「床でか!?」

 

心の準備、ってのが必要なんだ。

 

俺の上で四つん這いになったチャンミンの下の方に、そっと視線を移動させた。

 

たるんだスウェット生地で、分からない。

 

こら!

 

何を確認しようとしてるんだ?

 

「んぐっ」

 

チャンミンに唇を塞がれて、予感はしていたけど強引な動きに、一瞬身体が強張った。

 

Sの言葉を思い出した。

 

『真実を知っても揺るがないくらいの関係を、今のうちに築きなさい』みたいな内容だったっけ?

 

腹を決めるしかないな。

 

...とは言え...床の上はなぁ。

 

チャンミンは顔の角度を変えて、俺の唇をこじあけにかかる。

 

「っん...んー」

 

相変わらずキスがうまくて、頭の芯がくらくらする。

 

俺の両頬を挟んだチャンミンの力が強い。

 

「布団の上に移動...しよう」

 

「......」

 

駄目だ、聞こえていない。

 

「で、きれば、風呂に...入ってからにしたい...」

 

「......」

 

「チャン...ミン...!」

 

俺はチャンミンの顎を突っ張った。

 

「タンマだ、タンマ!!」

 

チャンミンは尻もちついて、茫然といった表情だ。

 

「あのなー。

俺にだって理想の流れってのがあるんだ。

ヤリたい盛りかもしれんが、ちょっと我慢しろ」

 

「...ごめん、思わず」

 

濡れた唇を手の甲で拭った。

 

相手が俺じゃなきゃ、ドン引きされるガッつき方だった。

 

「あんたの意気込みは十分伝わってるよ。

いちお、俺にも準備ってのがあるから、風呂に入らせてくれ」

 

「......」

 

浴室にいきかけた俺は、ニヤニヤ顔でくるりと振り向いた。

 

「覗くなよ」

 

「!」

 

「風呂場で『初めて』はなぁ...。

やっぱベッドの上がいいからなぁ」

 

「なっ!?」

 

かーっとチャンミンの顔が真っ赤になった。

 

頭のてっぺんから湯気が出そうなくらいに。

 

「1点確認なんだが、あんたも風呂に入ったほうがいいんじゃないか?

ほら、いろいろとさ?」

 

「え...?

シャワーはもう浴びたけど?」

 

なるほど。

 

チャンミンは知識ゼロかもしれない。

 

「裸になって、ベッドで待ってろよ、な?」

 

「......」

 

 

 

 

洗面所の鍵をかけて、着ているものを脱いだ。

 

「はぁ...」

 

あの様子じゃ...激しいのかな?

 

大丈夫かな、俺。

 

 

(つづく)

 

 

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