~ユノ32歳~
初めて顔を合わせたのは両家顔合わせの祝宴の席だった。
当時、チャンミンは未だ15歳で、子供らしからぬ陰気な眼の持ち主だった。
難しい年ごろだからと、つとめてにこやかに話しかけた。
「やあ、君がチャンミン君?」
ところがチャンミンは、じとりと俺を睨みつけると席を立ってしまった。
どうやら嫌われたようだ。
感じが悪いガキだと思った。
・
次に会ったのは結婚挙式会場だった。
制服姿のチャンミンは、うつむき加減の猫背の姿勢で所在無さげに、居心地悪そうに家族席についていた。
会場内をぐるりと見渡す視界に、あの湿った睨み目がかすめていく。
敢えて目を合わすと、あからさまに目を反らしてしまうのだから、いい気分はしない。
チャンミンの存在を無視しようと、意識を披露宴に戻した。
俺は美しく可憐な花嫁の腰を抱き、親戚友人たちの写真撮影に応じる。
キラキラと光の粒が煌めいて、花の香り漂う幸福空間。
チャンミンの姉をエスコートする間中、首の後ろがちりちりと焦げつく感覚から逃れられなかった。
くそ生意気そうな、15歳らしくない老成した眼差しの少年に見られている。
俺のことを嫌悪していながら、気になって仕方がないことはお見通しだった。
歳の離れた美人の姉をかっさわれて、シスコンの怒りを買ってしまったかな、と。
いつもの俺だったら、好きにさせておこうとそのまま放置する。
だが、チャンミンに限ってはなんとかして接近をはからないと、と思っていた。
なぜなら、俺を睨みつけるその顔が彫刻のように美しかったから。
少年らしいふっくらとした頬のラインと、伸び盛りの骨っぽい身体を持て余している感。
言葉で表現できない代わりに全てを目力に込める、なんと不器用なことよ。
未開の地。
衣服を全てはぎとって、全部目にしたい欲に取りつかれた。
チャンミンを描いてみたい。
チャンミンの尖った視線を浴びながら、絵筆を動かしたいと強く望んだ。
〜ユノ35歳〜
全身虚脱状態だが満ち足りた気分でソファに横たわっていた。
ぎしりとスプリングの音をきしませて、チャンミンは俺の身体をまたいで床に下り立つ。
慌ただしく、時間に追われるように抱きあって、俺は前を出しただけだったから上下とも着衣のままだ。
一方何かを身につけたままの行為を嫌うチャンミンは、一糸まとわぬ格好だ。
堂々とした後ろ姿。
俺が見惚れていることを知っているその背中。
自身の姿が美しいことを知っているのだ、この男は。
「何か飲みますか?
何がいいですか?」
「んー、水でいい」
勝手知ったる他人の家ごとく、チャンミンは遠慮なく冷蔵庫の中身を漁っている。
肩からウエストにかけての逆三角形を描くラインが美しかった。
屈んだ拍子に尻の谷間が露わになり、達したばかりなのに下腹が熱くなる。
あいにく今日はもう、時間がない。
あと15分もしたら、着がえて出掛けなければならない。
チャンミンは俺にミネラルウォーターを放り投げると、隣に腰掛けて自分用の缶ビールを一気にあおった。
唇についた泡を親指で拭ってやると、くすぐったそうに目を細める。
くしゃりと左右非対称に細められた目や、大きな口から覗く小さな前歯。
そのいずれもが、俺をとりこにしていた。
ここは事務所兼アトリエの一角。
4人はゆうに腰かけられる客用ソファで、つい5分前まで俺たちは抱きあっていた。
いつものごとく、不意打ちの来訪だった。
敢えてそこを狙ってきているのかと疑いたくなるくらい、バッドタイミングにふらりと現れる。
打ち合わせの資料と、タブレット端末をバッグに詰めていたところにチャイムが鳴った。
このクソ忙しい時に、と舌打ちした俺だったが、チャンミンに会えて嬉しがっている自分もいた。
「30分しかないんだ」
ドアを開けるや否や、唇を重ねてきたチャンミンの胸を押しやったところで、俺の方も彼が欲しくてたまらなくなっていた。
「...っふ...んっ...」
唇を重ねたままスニーカーを蹴飛ばし、シャツを脱ぎボトムスを下ろすチャンミン。
俺は玄関ドアに背中を押しつけられたまま、性急に素っ裸になっていくチャンミンに興奮度が高まっていった。
「待て...ここじゃなんだから...」
ぐりぐりと固くなったものを押しつけ、脚を絡めてくるチャンミンの腰をつかんで、ソファまで引きずっていく。
しわがつくのは困るな、とジャケットを脱いだところ、ぐいっとネクタイを引っ張られて窒息しそうになった。
「チャンミン...!
...っ待て...っ!」
先に横たわったチャンミンの手によりベルトとボタンを外され、ファスナーが下ろされた。
遠慮なく中のものを引きずり出すと、自身の後ろにあてがった。
チャンミンのペースにのせられた格好だったが、俺は彼が求める通りのものを与えてやる。
若さゆえのどん欲さに怯みそうになる時も多々ある。
チャンミンから逃げ出さずにいる理由は、圧倒的な美しさの罠にかかっているからか?
それは出逢ったばかりの話だ。
当時は恋愛感情によるものなのか、愛情抜きの肉欲によるものなのか...それとも単なる作品の被写体として、未だに制作意欲を沸き立たせてくれるからなのか、答えを導き出せていなかった。
今は違う。
全然違う。
ことの後、切羽詰まった表情がかき消え、代わりに晴れ晴れとすっきりとした表情になったチャンミン。
美味そうにビールを飲み干してしまうと、俺の肩にしなだれかかってきた。
「今日もお仕事ですか?」
「ああ」
「ふぅん」
絵画だけでは暮らしは成り立たないため、包材やノベルティのプロダクトデザインや商品ロゴやチラシ、Webサイトのアイコンボタンのデザインまで幅広く引き受けていた。
「俺はもう出かけるから。
合い鍵は持ってきてるだろ?」
ネクタイを締め直しジャケットを羽織り、乱れた前髪を手ぐしで整えた。
「忘れました」と、チャンミンはしれっと答える。
「チャンミン!
ったくなぁ!」
車のキーに付いていたものを外して、チャンミンに投げてやった。
「ごめんなさい。
夜に届けに行きますから」
「わざわざいいよ。
帰りにチャンミンの家に寄るよ」
「......」
返事がなく振り返ると、チャンミンは抱えた両膝の上に顎を乗せ、空を睨んでいた。
「“僕が”、“お兄さんの家に”、届けに行きます」
家にはBがいると言うのに...この頃のチャンミンは挑戦的だった。
今の俺には時間がない、折れるしかなかった。
「わかった。
なるべく早く帰ってくるよ。
帰宅したら電話する」
「はい。
義兄さんが帰ってきてから、鍵を届けにいきます」
ふくれっ面が笑顔になった。
いい年した男が、18歳の若造に夢中になっている。
チャンミンは義弟にあたる。
俺の妻、Bの実弟だ。
(つづく)
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