義弟(15-2)

 

 

~ユノ33歳~

 

キスひとつで、俺の心はいちいちかき乱されたりしない。

 

この程度で動揺するほど初心ではないのだ。

 

Mちゃんがどういうつもりでキスをしたかなんて、興味がないのだ、あいにく。

 

事務所のソファに座って会話を交わす二人を眺め、もやもやとしたものが渦巻いていた。

 

俺には入り込めない若者の世界。

 

Mちゃんからの唇が触れるだけのキスが、俺を苦しめた。

 

負けた。

 

あんな初々しく、爽やかなキスをされたら、16歳のチャンミンは参ってしまうだろう。

 

チャンミンにとって、5歳年上のMちゃんは魅力的に映っているだろう。

 

自身の10代後半から20歳頃の恋に思いを馳せると、当時のことは全て眩しく美しく記憶されている。

 

相手のことしか見えず、共に経験することのどれもが初めてなのだ。

 

チャンミンは今、その真っ只中にいる。

 

俺がもう戻れない場所に、チャンミンはいる。

 

妻がいる身である立場を忘れて、俺はその事実に胸を痛めた。

 

俺もせめて、10年若ければ...なんて。

 

だが、若ければいいっていうものじゃない。

 

10年若い俺じゃあ、チャンミンの魅力に気付けずにいただろう。

 

 

「来週は午前中ですね」

 

「ああ、時間変更して悪かったね」

 

つい15分前のキスなんてなかったかのように、Mちゃんはけろっとしている。

 

年上の男を余裕ぶって、からかっただけだったらしい。

 

Mちゃんは立ちあがり、遅れてチャンミンもそれに続く。

 

玄関に向かうMちゃんを追いかけるチャンミンは...俺の前を通り過ぎる瞬間...俺の方をちらりと見た。

 

意味ありげな眼差しだった。

 

「義兄さん、どうします?」と俺に問うているかのような挑戦的な目だ。

 

俺をじとりと睨みつけたり、欲情の光を浮かべてとろんとさせたり、チャンミンの目は、つくづく表情豊かだ。

 

無口で無表情なだけに、目は口程に物を言うとはチャンミンのそれを言うのだろうな。

 

チャンミンを無視できそうにない理由が、そこにあるのかもしれない。

 

「夕飯...食べにいかないか?」

 

若い二人が揃って振り向いた。

 

「もし、予定がなければ、だけど。

2人にご馳走するよ。

どう?」

 

チャンミンとMちゃん、2人で帰してたまるか...止めないと、と頭が考える前に言葉が出ていた。

 

Mちゃんは俺とチャンミンを交互に見ていたが、

「私は、友達と約束があるんです」と、申し訳なさそうに言った。

 

やっぱりこの後、チャンミンとでかけるところがあるんだ...。

 

ところが、

「チャンミンはユノさんとご飯に行っておいでよ」

 

チャンミンが「え?」といった感じで、Mちゃんを見る。

「高級なところに連れて行ってもらえば?

せっかくなんだし、ね?

ユノさん、また来週。

チャンミン、また電話するね」

 

Mちゃんは手を振ると、さっさと出ていってしまった。

 

「......」

 

俺はチャンミンと2人、アトリエに残された。

 

 

(つづく)

 

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