義弟(15)

 

 

~ユノ33歳~

 

 

チャンミンとMちゃんが付き合っていることは、確かなようだ。

 

チャンミンのモデルの終了時間に合わせて、Mちゃんが迎えにくることも、その逆の場合も度々あった。

 

大人の女に憧れる年ごろだから、5歳の歳の差も魅力的に映っているのだろう。

 

性格面も、陰と陽の組み合わせなのがかえっていいのかもしれない。

 

「チャンミンと何を話すの?

無口な子だろう?」

 

雑談の合間に、さりげなくMちゃんに質問する。

 

「付き合っているのか?」とチャンミンにきけない代わりに、Mちゃんに同じ質問をする。

 

「そうなんですか?

チャンミン、けっこうお喋りですよ」

 

色気を出して俺を誘ったあの日以降、チャンミンはいつも通りの必要最低限のことしか口にしない子に戻っていた。

 

あの時は、押し倒すか押し倒さないか、俺の中で理性と肉欲の攻防戦が繰り広げられていた。

 

あらためて淫らな欲望を抱いている、と思い知らされた時だった。

 

「温めて下さい」発言自体が、夢だったのでは、と疑いたくなるほどの、素っ気ないチャンミン。

 

彼が何を考えているのか、俺には理解できない。

 

 

 

 

チャンミンの場合、年が近く相手が女の子だと、口数は多くなるのかもしれない。

 

10代の頃の俺はどうだったけ?と、思い出してみたりして。

 

「そっか」と俺は、その話題を打ち切り、絵筆を動かすことに集中した。

 

チャンミンの呼び名も、君付けじゃなくなっていた。

 

Mちゃんの絵も8割方といったところで、描き込みの段階にさしかかっていた。

 

「チャンミン...キスがうまいんですよ」

 

「えっ...?」

 

絵筆が滑って、鎖骨の窪みのグラデーションを台無しにしてしまった。

 

「やだな、ユノさん。

固まっちゃって。

高校生になれば、やることやっちゃうのは早いんですよ。

ユノさんもそうだったでしょう?」

 

2人を目撃したカフェの時のように、胸が圧迫されてうまく呼吸ができない。

 

「どうだったかな...昔過ぎて、思い出せないな...はははっ」

 

16、17歳頃の恋愛は、俺の場合はどうだったっけ?と思い出そうとして、はっとした。

 

俺が17歳の時に...チャンミンは生まれたのか...。

 

ぞっとした。

 

俺の歳はチャンミンの2倍以上、彼から見れば、俺はおじさんだ。

 

そうだよな。

 

ぎりりと胸が痛くなって、もっと呼吸がしづらくなった。

 

「ユノさん?」

 

手を止めて黙り込んでしまった俺の様子に、Mちゃんが訝し気に声をかけた。

 

「いや、ごめん。

意外だったから。

そっか...チャンミンと、そうなんだ」

 

「あの」チャンミンが、髪をピンクに染めたMちゃんみたいな子となんて、ミスマッチな組み合わせだ。

 

いや...お似合いなのかもしれない。

 

「ユノさん。

手が止まっていますよ」

 

Mちゃんも綺麗な子だが、チャンミンはその10倍を上回る。

 

一般人にしておくのが勿体ないほどの美貌を持つチャンミンが...17も上の俺が扱いかねるキャラクターの彼が...一般的男子みたいに女の子に興味を持つことに、がっかりしてしまった。

 

見た目はああでも、中身はごく普通の16歳男子なんだ、と。

 

残念がる理由は何なんだ?

 

ごく普通に、女の子に興味を持つチャンミンに、か?

 

Bの弟がどうしようと、俺が胸を痛める必要がない。

 

だけど。

 

つんと顎をあげ、脚をクロスさせて立つ21歳の女の子に、俺は真剣に嫉妬していた。

 

作品の完成度を上げるためだと言い訳をして、真珠のネックレスでチャンミンの胸元を飾った。

 

誕生日を知らずにいた俺に、拗ねたと勘違いしたこととして、チャンミンに似合いそうなものを用意した。

 

ところが、もう渡せそうにない。

 

先を越された。

 

「ご苦労様」

 

帰り支度をするMちゃんが、すっと俺に近づいたかと思うと、

 

「!」

 

ふわっと柔らかなものが唇に押し当てられ、わずか1秒ののち、すっとMちゃんの顔が離れた。

 

俺から唇を離して、Mちゃんは「どう?」と言った表情で俺を見上げる。

 

不意打ちの行動に、おれはMちゃんを見返すのがやっとだった、無様にも。

 

直後チャイムが鳴り、我に返った。

 

来訪者を確かめもせず、玄関ドアを開けた。

 

「!」

 

チャンミンが立っていた。

 

チャンミンはMちゃんを迎えに来たのだ。

 

この日もチャンミンらしい...暗色の、ロゴひとつ入っていなシンプルな...身なりで立っていた。

 

「Mちゃんなら、今終わったところだよ」と、中へ入るよう目線で促した。

 

玄関口でチャンミンとすれ違う際、彼の目の高さが俺の鼻の辺りにあることに気付いた。

 

背が伸びたのか...。

 

チャンミンは成長期なのだ...子供らしく。

 

おかしくなっている俺の目はつい、事務所へ進むチャンミンの、平らな小さな尻に視線がいってしまうのだ。

 

 

 

 

キスひとつで、俺の心はいちいちかき乱されたりしない。

 

この程度で動揺するほど初心ではないのだ。

 

Mちゃんがどういうつもりでキスをしたかなんて、興味がないのだ、あいにく。

 

事務所のソファに座って会話を交わす二人を眺め、もやもやとしたものが渦巻いていた。

 

俺には入り込めない若者の世界。

 

Mちゃんからの唇が触れるだけのキスが、俺を苦しめた。

 

負けた。

 

あんな初々しく、爽やかなキスをされたら、16歳のチャンミンは参ってしまうだろう。

 

チャンミンにとって、5歳年上のMちゃんは魅力的に映っているだろう。

 

自身の10代後半から20歳頃の恋に思いを馳せると、当時のことは全て眩しく美しく記憶されている。

 

相手のことしか見えず、共に経験することのどれもが初めてなのだ。

 

チャンミンは今、その真っ只中にいる。

 

俺がもう戻れない場所に、チャンミンはいる。

 

妻がいる身である立場を忘れて、俺はその事実に胸を痛めた。

 

俺もせめて、10年若ければ...なんて。

 

だが、若ければいいっていうものじゃない。

 

10年若い俺じゃあ、チャンミンの魅力に気付けずにいただろう。

「来週は午前中ですね」

 

「ああ、時間変更して悪かったね」

 

つい15分前のキスなんてなかったかのように、Mちゃんはけろっとしている。

 

年上の男を余裕ぶって、からかっただけだったらしい。

 

Mちゃんは立ちあがり、遅れてチャンミンもそれに続く。

 

玄関に向かうMちゃんを追いかけるチャンミンは...俺の前を通り過ぎる瞬間...俺の方をちらりと見た。

 

意味ありげな眼差しだった。

 

「義兄さん、どうします?」と俺に問うているかのような挑戦的な目だ。

 

俺をじとりと睨みつけたり、欲情の光を浮かべてとろんとさせたり、チャンミンの目は、つくづく表情豊かだ。

 

無口で無表情なだけに、目は口程に物を言うとはチャンミンのそれを言うのだろうな。

 

チャンミンを無視できそうにない理由が、そこにあるのかもしれない。

 

「夕飯...食べにいかないか?」

 

若い二人が揃って振り向いた。

 

「もし、予定がなければ、だけど。

2人にご馳走するよ。

どう?」

 

チャンミンとMちゃん、2人で帰してたまるか...止めないと、と頭が考える前に言葉が出ていた。

 

Mちゃんは俺とチャンミンを交互に見ていたが、

 

「私は、友達と約束があるんです」

 

と、申し訳なさそうに言った。

 

やっぱりこの後、チャンミンとでかけるところがあるんだ...。

 

ところが、

 

「チャンミンはユノさんとご飯に行っておいでよ」

 

チャンミンが「え?」といった感じで、Mちゃんを見る。

 

「高級なところに連れて行ってもらえば?

せっかくなんだし、ね?

ユノさん、また来週。

チャンミン、また電話するね」

 

Mちゃんは手を振ると、さっさと出ていってしまった。

 

「......」

 

俺はチャンミンと2人、アトリエに残された。

 

 

(つづく)

 

 

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