義弟(30)

 

 

~チャンミン16歳~

 

 

目に映る何もかもが、色鮮やかに息づいている。

 

研ぎ澄まされた僕の五感は、義兄さんの全てを吸収する。

 

あの日から、僕の目には義兄さんしか映っていなかった。

 

「好き...」

 

つぶやいた僕は、人差し指で義兄さんの身体の窪みを、ひとつひとつ確かめた。

 

ほっそりとしているのに、デッサン彫刻のように逞しく美しい義兄さんの身体。

 

「くすぐったいよ、チャンミン...」

 

くくっと笑って、義兄さんは僕の首筋を甘噛みする。

 

僕の心は幸福で満たされて、溢れたそばから「好きです」と言葉に紡ぐ。

 

義兄さんのお腹に、胸の谷間に、耳朶に、そして唇にキスをした。

 

脱ぎ捨てたズボンから、義兄さんを呼ぶ着信音。

 

「義兄さん...電話...?」

 

出て欲しくないと祈りながら、どうってことない風を装った。

 

義兄さんの腕の中から身を乗り出して、ソファ下のズボンに手を伸ばすふりをした。

 

「出なくていい。

後からかけ直すから出なくていい」

 

蛇みたいに僕の身体に手足をからみつけた義兄さん。

 

義兄さんの爪先が僕の網ストッキングに引っかかり、その個所を確かめたら、案の定、引きつれた筋が出来ていた。

 

「また買ってあげるから」

 

僕の脇腹に鼻づらを埋めて、義兄さんはそう言った。

 

 

週に一度のモデルの日が待ち遠しかった。

 

あらぬ方向を見据えた義兄さんの意識は、おそらく作品世界にどっぷりと浸っているんだ。

 

キャンバスに棲みついたあの少年に会いにいっているの?

 

描かれている自分の姿にすら嫉妬してしまう。

 

作品制作も、細部の描き込みに差し掛かっていた。

 

2時間たっぷり、義兄さんの前でポーズをとる。

 

そして、筆を洗う義兄さんの背後に忍び寄り、背中から抱きすくめる。

 

「ごめん、今日は時間がないんだ」と断られることもある。

 

腕の中でくるりと向きを変え、僕の唇を乱暴に吸いながら、オフィスのソファに押し倒すこともある。

 

本当はもっと会いたかったけれど、聞き分けのない子供みたいな真似はしたくなかった。

 

一度だけ「明日もここに来て、いいですか?」と尋ねた時の、義兄さんの困った顔。

 

がっかりした顔を見せたくなかったから、「冗談です」と誤魔化した。

 

きっと明日も、明後日も、僕じゃない子を描かないといけないんだろう。

 

待って...もしかしたら、再び姉さんを描き始めたのかもしれない。

 

 

 

不安であっぷあっぷしかけた僕は、Mの部屋を訪ねた。

 

僕を見るなり、服を脱ぎ出したMの手を押さえた。

 

「よかった。

チャンミンのはけ口にされるのも、キツくなってきたのよね。

私ってこんな見た目だけど、結構傷つきやすいのよ?」

 

「...ごめん」

 

Mの言う通りだった。

 

「ホントにゴメン...」

 

「ちゃんと謝ってくれたから、許す。

私って見た目通り、根にもたないタイプなの」

 

Mは肩をひょいとすくめて、解いた髪を束ねながら僕に尋ねた。

 

「Xさんと...どうだった?」

 

「あー、それは...」

 

「教えてもらった?」

 

「...うん」

 

「それで...ユノさんと...した?」

 

「......」

 

「したんだ...そっか...」

 

平静を保っていたつもりだったのに、あっさりとバレてしまって、喜怒哀楽が分かりやすい人間にだけはなりたくなかった自分自身に心外だった。

 

「先越されちゃったなぁ...」

 

ぽつりとつぶやいて、Mは両手で顔を覆って俯いてしまった。

 

泣いてる...?

 

「M...ちゃん?」

 

自分の思い煩いに気をとられていて、Mのことなんて全然頭になかった。

 

恋は当事者以外にはとことん、無神経に振舞えるものらしい。

 

持ち上げた腕の行方に迷った後、ひくひくと震えるMの肩を抱いた。

 

義兄さんの固く分厚い肩とは全く違う...小さく華奢な肩だった。

 

「やだな...もう...。

チャンミン相手じゃ、かないっこないよ...もう」

 

「Mちゃんだって頑張れば...」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

「!」

 

「ユノさんを落とせるように、私も頑張れって言ってるの!?

本気で言ってるの?

嫉妬しないの?

私の絵も完成してしまうのよ?

せいぜい、チャンミンの彼女のフリをしてアトリエに行こうかと考えてたのに。

ユノさんとくっついちゃったチャンミンに、『彼女』がいたら変でしょ?」

 

「僕と義兄さんは、付き合ってるとか、そういうんじゃないんだ。

ただ会っているだけ...それだけだよ」

 

義兄さんとの関係性をMに説明しながら、あらためて思い知らされる。

 

僕らの繋がりはなんて曖昧で、頼りないものなんだろう。

 

欲しくて仕方がない。

 

求められたくて仕方がない。

 

抱きあう関係になれたけど、それだけだ。

 

義兄さんの恋人にはなれない。

 

「苦しそうな関係ね。

でも...ユノさんを好きになるって、そういうことだもんね」

 

「......」

 

義兄さんとこの先、どうなりたいかなんて、具体的なビジョンはなかった。

 

考えたって仕方がないのだから。

 

美しい義兄さんの瞳に、一糸まとわぬ僕の姿が映る。

 

それだけで十分、幸せなんだ...多分。

 

「ねえ、チャンミン。

私、心配」

 

「心配って、何が?」

 

「チャンミンって、思い詰めるタイプに見えるから」

 

「思い詰めるって...何のことだよ?」

 

「私はチャンミンが心配。

必死過ぎるチャンミンが心配」

 

Mの心配は見当違いだ。

 

したいようにしているだけだし、僕はいたって冷静なんだ...多分。

 

 


 

 

~ユノ33歳~

 

 

数人の業者が立ち働く様子を、キッチンカウンターにもたれて眺めていた。

 

夏を迎えて、気分転換をしたいと言うBのお願いに応えて、家じゅうのブラインドを縦クロスのものに交換することにしたのだ。

 

インテリアには興味がない俺は、Bの好きなようにさせていた。

 

前日抱いたチャンミンの感触を、ぼんやりと思い出していた。

 

チャンミンは10代男子らしく、旺盛な精力でもって何度でも求めてくる。

 

初めてチャンミンを抱いた時に浮かんだ疑問点について、彼に問いただすタイミングを失っていた。

 

チャンミンを前にすると、そんな嫉妬混じりの質問など後回しになってしまうのだ。

 

そして、知ってしまうのが恐ろしかった。

 

「ユノ」

 

Bの呼び声に顔を上げた。

 

この頃じゃ、薄着のBを見てもチャンミンの姿とかぶることはなくなった。

 

Bとチャンミンは、全くの別物だ。

 

「ねえ」と、俺のボトムスのベルト通しにひっかけられたBの指。

 

Bの誘いを察して、彼女の手首をつかんでそっと落とした。

 

「昼間だぞ?」

 

ブラインドを取り付ける作業員たちの方へ、顎をしゃくって見せた。

 

「ベッドルームはもう済んだわ。

こちらはまだ時間がかかりそうだし、作業が終わったら勝手に帰ってもらえばいいでしょ?」

 

「そういうわけにはいかないだろう?

家じゅう他人がうろうろしているんだ。

...落ち着かない」

 

チャンミンとそういう関係になって2か月が経っていた。

 

ぽっと湧いた疑問をチャンミンにぶつけられずいた2か月間だった。

 

この間、あれこれと言い訳をして、Bからの誘いをかわしていた。

 

しかも2人は...姉弟だ。

 

「...最近のユノは変よ」

 

「俺は変わってないよ」

 

「だって、もう1か月も...ううん、2か月!

どうして?」

 

Bの声の大きさに慌てて、彼女の肩を抱いてキッチン奥へ誘導した。

 

「仕事が忙しくて、疲れてるの?

最近はアトリエに行きっぱなし」

 

「デザインの仕事がね、立て込んできて...ほら、Xさんの新店のやつ。

それから...絵の方も佳境に入ってて...」

 

「絵って、チャンミンを描いてるものだっけ?」

 

「ああ」

 

「熱心ね。

男の人を描くのって、初めてでしょう?

あの子のどこにインスピレーションを感じたのかしら?」

 

「興味深い顔をしてるからね。

稀に見る綺麗な顔をしているから、男を描いている気はしないよ。

そうだ!

夕飯は外で食べよう!

改装オープンしたあそこはどうかな?」

 

チャンミンを話題にし続けるのが辛くて、俺は話を反らした。

 

「見せて?」

 

「えっ!?」

 

「弟がモデルをしてる絵。

見てみたい」

 

「まだ完成してないよ」

 

「そういうこと、ユノは気にしないでしょ?」

 

「...そうだけど...」

 

脇の下と手の平にじわりと汗がにじむ。

 

妻には見せられない、と思った。

 

 

 

(つづく)

 

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