~チャンミン16歳~
玄関ドアの向こうから、切羽詰まった風の義兄さんが現れた。
慌てるような事が起こったのでは、と身構えた。
「...義兄さん?
どうかしたんですか?」
メールのやりとりが主だった義兄さからの突然の電話、モデルの日じゃないのに僕を呼び出した義兄さん。
姉さんに僕たちの関係がバレた、とか?
僕と義兄さんが会うのは週に1度、昼間の数時間のみだ。
僕は男で高校生だ、自分の夫の浮気相手がまさか「弟」だなんて想像つかないだろう。
義兄さんの強張った表情に、「浮気がバレた」としか発想できない僕は幼稚だ。
でも、僕の姿を認めて直ぐに、義兄さんの表情がふっと和らいで、嫌な予感は消えた。
「待ってた」
義兄さんに二の腕を掴まれ、部屋に引きずり込まれた。
その乱暴な動作に、ドキドキは抑えられない。
この後の展開に期待を膨らませていたところ、
「やり直しだ」
アトリエまで僕を引っ張ってきた手を放すと、義兄さんはイーゼル上のキャンバスを親指で指した。
「...嘘...!」
キャンバスは真っ白だった。
意味が分からず、固い表情に戻ってしまっていた義兄さんを見上げた。
「あの絵は...駄目なんだ」
女の人しか描かなかった義兄さん。
初めて男を描き始めたけれど、出来が悪くて中断することにしたんだ。
絶句する僕に、義兄さんは優しく微笑み、僕の肩をポンポンと叩いた。
「出来が良すぎた...怖いくらいにね。
それに、誰にも見せたくないんだ」
「誰にも...?」
「大切な人の写真を肌身離さず持ち続ける...たまにそっと取り出して見る。
あの絵は、そういう類のものなんだ」
大切な人...って、僕のことですか?
義兄さんの言葉を、そのままの意味で受け取っていいのかな。
「分かるだろ?
つまり...そういうことだ」
遠回しだったけれど、義兄さんからの好意の気持ちを耳にするのは初めてだった。
耳もうなじも熱くなってきて、嬉しい気持ちをストレートに顔に出せなくて...慣れていないんだ...僕は俯くしかなかった。
「描き直す」
「今から!?」
義兄さんの絵は写実的で緻密なものだ。
男娼の絵も、数か月かかっても未だ完成に至っていないくらいなのに。
「間に合うのですか?」
「アクリルで描く。
油彩より早く仕上がるんだ」
心配そうな僕を安心させようと、華やかで美しい、あの花開く笑顔を見せた。
「やっつけ仕事じゃない。
新しい画材に挑戦する意味でも、いいことなんだ」
「凄いなぁ」と感心していたら、義兄さんの腕に抱かれていた。
「その前に...」
こじ開けられた口に、義兄さんの舌がぬるりと侵入してきた。
・
チャイムの音。
義兄さんは舌打ちすると、パステルをワゴンに乱暴に投げ捨てた。
「チャンミン、これ羽織って」
義兄さんが放ったガウンに腕を通した。
衿をかき合わせ立てた膝を引き寄せて、突然の来訪者が去るのを待った。
義兄さんに執拗になぶられた胸の先端が熱をもっている。
玄関口で、義兄さんと来訪者が押し問答している。
「今はちょっと...モデルさんがいるんです...困ります」
「私だって芸術が分かる人間だ」
X氏だ!
その野太く低い声に、僕の鼓動が早くなった。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]