義弟(31-2)

 

 

~チャンミン16歳~

 

玄関ドアの向こうから、切羽詰まった風の義兄さんが現れた。

 

慌てるような事が起こったのでは、と身構えた。

 

「...義兄さん?

どうかしたんですか?」

 

メールのやりとりが主だった義兄さからの突然の電話、モデルの日じゃないのに僕を呼び出した義兄さん。

 

姉さんに僕たちの関係がバレた、とか?

 

僕と義兄さんが会うのは週に1度、昼間の数時間のみだ。

 

僕は男で高校生だ、自分の夫の浮気相手がまさか「弟」だなんて想像つかないだろう。

 

義兄さんの強張った表情に、「浮気がバレた」としか発想できない僕は幼稚だ。

 

でも、僕の姿を認めて直ぐに、義兄さんの表情がふっと和らいで、嫌な予感は消えた。

 

「待ってた」

 

義兄さんに二の腕を掴まれ、部屋に引きずり込まれた。

 

その乱暴な動作に、ドキドキは抑えられない。

 

この後の展開に期待を膨らませていたところ、

 

「やり直しだ」

 

アトリエまで僕を引っ張ってきた手を放すと、義兄さんはイーゼル上のキャンバスを親指で指した。

 

「...嘘...!」

 

キャンバスは真っ白だった。

 

意味が分からず、固い表情に戻ってしまっていた義兄さんを見上げた。

 

「あの絵は...駄目なんだ」

 

女の人しか描かなかった義兄さん。

 

初めて男を描き始めたけれど、出来が悪くて中断することにしたんだ。

 

絶句する僕に、義兄さんは優しく微笑み、僕の肩をポンポンと叩いた。

 

「出来が良すぎた...怖いくらいにね。

それに、誰にも見せたくないんだ」

 

「誰にも...?」

 

「大切な人の写真を肌身離さず持ち続ける...たまにそっと取り出して見る。

あの絵は、そういう類のものなんだ」

 

大切な人...って、僕のことですか?

 

義兄さんの言葉を、そのままの意味で受け取っていいのかな。

 

「分かるだろ?

つまり...そういうことだ」

 

遠回しだったけれど、義兄さんからの好意の気持ちを耳にするのは初めてだった。

 

耳もうなじも熱くなってきて、嬉しい気持ちをストレートに顔に出せなくて...慣れていないんだ...僕は俯くしかなかった。

 

「描き直す」

 

「今から!?」

 

義兄さんの絵は写実的で緻密なものだ。

 

男娼の絵も、数か月かかっても未だ完成に至っていないくらいなのに。

 

「間に合うのですか?」

 

「アクリルで描く。

油彩より早く仕上がるんだ」

 

心配そうな僕を安心させようと、華やかで美しい、あの花開く笑顔を見せた。

 

「やっつけ仕事じゃない。

新しい画材に挑戦する意味でも、いいことなんだ」

 

「凄いなぁ」と感心していたら、義兄さんの腕に抱かれていた。

 

「その前に...」

 

こじ開けられた口に、義兄さんの舌がぬるりと侵入してきた。

 

 

チャイムの音。

 

義兄さんは舌打ちすると、パステルをワゴンに乱暴に投げ捨てた。

 

「チャンミン、これ羽織って」

 

義兄さんが放ったガウンに腕を通した。

 

衿をかき合わせ立てた膝を引き寄せて、突然の来訪者が去るのを待った。

 

義兄さんに執拗になぶられた胸の先端が熱をもっている。

 

玄関口で、義兄さんと来訪者が押し問答している。

 

「今はちょっと...モデルさんがいるんです...困ります」

 

「私だって芸術が分かる人間だ」

 

X氏だ!

 

その野太く低い声に、僕の鼓動が早くなった。

 

 

(つづく)

 

 

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