~ユノ34歳~
「俺とこんな関係になってしまって...不安か?」
チャンミンはぶんぶんと首を横に振った。
「逆の立場だったら、俺だったら、不安で不安で苦しくて仕方がないだろうなぁ。
だから、少しでもチャンミンに安心してもらいたくて、ね」
「...僕は...平気です」
普段、飄々とした風のチャンミンだけど、強がっているだけだ。
「不安で苦しい訳はね、先が見えないからなんだ。
俺は結婚しているし、チャンミンはまだ高校生だ。
それから...俺たちは、ちょっとばかし...いやかなり、年が離れすぎている」
「......」
「だから、俺はね。
チャンミンが誕生日を迎える度、ホッとするんだ。
チャンミンが少しずつ、大人に近づくと安心する」
「僕が年をとろうと、年の差は変わらないままですよ?」
「ははっ、そうだけどね。
...やっぱり、俺はチャンミンに対して悪いことをしているみたいな気持ちになってしまう」
「...っそんな、義兄さんは悪いこと何もしていません」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。
悪いことしているなぁ、ってのは、俺が勝手に思っていること。
チャンミンは気にしなくてもいいんだよ」
「気にしてしまいますよ」
俺はチャンミンの肩を抱く。
俺の腕の中で、びくりと震えて固くなっていたのが、ほどけていった。
「誕生日おめでとう」
そう口にした直後、俺の肩に預けられていたチャンミンの頭が、勢いよくこちらに向けられた。
「...僕の誕生日は、とっくに過ぎましたよ?
...っいた!」
嫌味を言うチャンミンの鼻をつまんだ。
チャンミンの誕生日が着々と近づいてきても、俺は敢えてこのことを持ち出さなかったし、彼の方も平常モードで、この日を匂わすようなことは言わなかった。
「去年は誕生日なんて、全然頭になかったからなぁ」
そんな俺に、チャンミンは不貞腐れた顔をしていたんだったっけ。
1年前が遠い。
「...そうでしたね」
「今年は忘れなかったぞ?」
「いばってますね」
「そうさ。
今のイベントがなければ、当日に祝ってあげたかったんだ」
「そんな...気を遣わなくてもいいです...」
チャンミンは日にちにこだわる人間じゃない...祝おうとする気持ちがあるかないかに重きをおく子だと思っている...これは俺の勝手なイメージだけど。
俺の肩から頭を起こして、チャンミンは鼻のてっぺんをいじっている。
緊張したり、言葉を探している時のチャンミンの癖だ。
「俺たちはいわゆる、『不倫』をしている。
世間的に、全く褒められたことをしていない。
こそこそとしか会えなくて、申し訳ないと思っている。
本当に、申し訳ない。
ごめん。
不倫男がよく言いそうなセリフだけど...俺はね」
チャンミンの肩に手をかけ、彼の顔を覗き込んだ。
チャンミンは、彼を幼く見せている丸い眼で、俺を見上げている。
黒目と白目の境がくっきりとした、にごりのない新品な眼は1年前と変わっていない。
俺と内緒の逢瀬を重ね、みだらな行為にふけってきたのに、チャンミンの心の窓は純粋そのままだった。
じんと感動してしまって、まぶたの裏が熱くなってきた。
俺はまばたきを繰り返して、それを誤魔化した。
「チャンミンが大事だよ。
チャンミンは男で、17歳で、面倒くさいことに、俺の奥さんの弟だ。
それでも、俺はチャンミンが大事だ。
...だから。
堂々と会えるような立場になれるように、俺は準備をしているから。
安心して欲しい」
クッションの裏に忍ばせていたものを、チャンミンに差し出した。
「...これ...?」
「俺からの誕生日プレゼント」
「...え...?」
チャンミンは手渡された封筒にきょとん、としていたが、何度も頷く俺に促されて封を開ける。
「...飛行機の?」
「これで旅行したらどうかな、と思って?」
それは、外国行きのオープン航空チケットだった。
「僕ひとりで行ってこい、っていう意味ですか?」
じとっと睨みつけるチャンミンの三白眼は、久しぶりだった。
でも、口角が震えている...嬉しがってる。
「まさか!」
さも心外そうに、俺は思いきり眉を吊り上げてみせた。
「俺の分もちゃんとあるよ。
一緒に行こうか?」
「...パスポートを持っていません」
「じゃあ、取ればいい」
チャンミンの頬が緩んだのを確かめて、チャンミンの肩に回していた腕に力を込める。
チャンミンの頭を胸で受け止め、彼の後頭部を撫ぜた。
飛び跳ねて喜ぶとか、俺の首にかじりついて礼を言うとか、そういうダイナミックな言動は見せない子だ。
チャンミンの心にひたひたと喜びが満ちていって、それに浸りながら静かに喜びを噛みしめる...そんな感じだった。
昨年あげたマフラーについては、贈った時には既に季節外れだったため、身につけているのを目にする機会がなかった。
ところが今日、それを巻いている姿と初めて対面して、よく似合うと思った。
今年は何を贈ろうか?
洋服は好みが分かれるし、アクセサリーはチャンミン相手だとピンとこないし、まさか現金を渡すわけにいかない。
最終的に、飛行機のチケットを贈ることを思いついた。
俺たちにはちゃんと、「未来」が待っているんだよ、って、チャンミンに示してあげたかった。
面と向かって口にしなくても、チャンミンは不安でいるはずだ。
チャンミンを安心させてあげるのと同時に、俺自身も安心したかった。
不安だったのは、俺の方だったんだ。
「...僕も、義兄さんにプレゼントがあります」
俺の胸に頬をくっ付けたまま、チャンミンはぽつり、と口を開いた。
「え?
俺に!?」
思いがけない言葉に素っ頓狂な声を出してしまい、チャンミンに睨みつけられてしまった。
「義兄さんも誕生日だったでしょう?
...誕生月、一緒でしょう?」
その通り、俺とチャンミンは同じ月に誕生日を迎える。
「こんな凄いもの貰ったばかりに、渡すのはちょっと恥ずかしい」
俺の為に用意してくれた気持ちが嬉しかった。
「気になるなぁ。
何?」
「大したものじゃないですよ」
チャンミンは俺の胸から顔を上げ、ベッドに置いたリュックサックの方を振り返った。
そうか、あの中に詰めて持って来てくれたのか。
「...でも」
「ちょうだい?」
チャンミンの首にタックルした俺は、ふざけて「ちょうだい」を連呼した。
「...義兄さん!
うるさいです!」
こんな俺を初めて見て、チャンミンは面食らっている。
俺の方こそ、はしゃいでいる。
時間の心配なく、心置きなく過ごせる今夜。
「ちょうだいちょうだい」
頬に耳にと、大きな音を立ててキスをする。
「義兄さん!」
俺の腕から逃れようと、身をよじった隙を狙って、チャンミンの膝をさらって高く抱き上げた。
「...っあ!」
そして、そのままベッドへ移動して、チャンミンを下ろすなり彼の上に身を伏せた。
チャンミンの頭をマットレスについた両肘で、囲い込んだ。
長いまつ毛に縁どられたまぶたが微かに震えていた。
その下の瞳は潤って 絞った照明のせいでそこに俺が映っているかどうかは分からない。
常に一文字に引き結ばれていた口が、うっすらと開いた。
「...後で。
この後で、いいですか?」
困った...そんな風に言われたら、「もちろん」と答えるしかないだろう?
「同じこと考えてた」
Tシャツの下で、固い胸が呼吸に合わせて上下している。
チャンミンによって俺の頭は引き落とされ、着地したそこで唾液の交換。
チャンミンのスウェットパンツに片手を滑り込ませると、俺の指を迎い受けようと腰を浮かす。
そして、両脚を高く持ち上げて、俺の腰を抱え込んだ。
夕方は気の急いたものだったから、これからのものは時間をかけて攻めようと思う。
(つづく)
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