義弟(61)

 

~ユノ34歳~

 

唇を離した。

 

互いの息は乱れているのは、このキスが呼吸を忘れるくらい荒々しく激しいものだったからだ。

 

チャンミンの昂ぶりに触れていた手も放した。

 

もっとキスを、キスだけじゃ足らない、下でも繋がりたいと俺に身体を摺り寄せてくるチャンミンだった。

 

できるだけ優しく、かつ「今は無理だ」と意をこめてチャンミンから身を離した。

 

ベッドに広げ置いたスーツの方に目線をやって、イベント会場にそろそろ向かわなければならないことを匂わせた。

 

「そろそろ着替えて行かないとね」

 

チャンミンの不安を解消してやりたい。

 

でも、俺には仕事があり、常にチャンミンのことにかまけていられないのだ。

 

チャンミンにしてみたら、ずっとひた隠しにしていたX氏とのことが暴露され、俺に幻滅される恐怖は大きかっただろう。

 

チャンミンの不安がどれほどのものか、俺なりに分かっていたから、言葉を尽くした。

 

どれだけチャンミンを大事に想っているかを伝えながら、俺の中にふと、迷いのようなものが生じたのは確かだ。

 

17歳のチャンミンにとって俺とX氏は年上過ぎて、本来なら俺とX氏は17歳のチャンミンに手を出すことは許されない。

 

X氏がチャンミンにしてきたことは、同時に俺にも当てはまる。

 

これまで何度も同じ考えが俺の頭をかすめてきたが、X氏の一件をきっかけに、その考えが強まったのだ。

 

俺は何をやってるんだろう、と。

 

重大なミスを見つけた瞬間、かぁっと身体の芯が熱くなったりするが、チャンミンに腕枕してやりながらそんな感覚に襲われたのだ。

 

その時、うとうととまぶたが落ちかけていたチャンミン。

 

途中まで口にしかけた言葉を飲み込んだ。

 

自分の行いは褒められたものじゃないからといって、今すぐチャンミンから身を引くべきだと、言葉にしてしまうところだった。

 

チャンミンはもっと自由な恋愛をすべきだ。

 

とは言え、今しばらくは、X氏から受けた心の傷を癒してやることに全力を注ごうと思ったのだ。

 

俺が身を引いてしまったら、残されたチャンミンは辛い思いをする。

 

俺はチャンミンを守るべき立場にあるのだから、彼の側にいてやりたい。

 

でも...これまで通り会い続けたとしても、これまで通り欲に任せて下半身を繋げるだけだろう。

 

俺たちが会う度、服を脱ぐ間も惜しんで下半身を繋げてきたのは、不安定で不透明な関係性から目を反らすためなのか。

 

俺は立場的に、言葉でチャンミンを繋ぎとめきれない。

 

「これからもずっと一緒だ」と囁いてやりたいが、現段階では叶わない。

 

俺が伝えられたのは、「いずれ未来が訪れるから。俺たちには未来はあるはずだ」

 

チャンミンのことだから、いつまでも待ち続けるだろう。

 

かと言って、いつまでも待たせるわけにもいかない。

 

どれだけの時間がかかるかも不明だ。

 

チャンミンがしびれを切らすのが先か、共に過ごせる環境が整うのが先か。

 

チャンミンのことを大事に想うのなら、どちらが彼にとって幸せなんだろう。

 

感情任せに恋を進められる年じゃないのだ、俺は。

 

 

 

 

俺の表情から何かを感じとったチャンミンの手が、俺のスウェットパンツに指をかけた。

 

「今はダメだ...」

 

チャンミンが何をしたがっているかは明らかだ。

 

ベッドサイドの電話が鳴りだした。

 

俺はチャンミンから身を引き、「助かった」と安堵しつつ受話器をとった。

 

朝食はあきらめたとしても、着替えて髪をセットするなど身支度する時間に余裕がなくなっていた。

 

『電話をかけても通じないから』

 

「ごめん、風呂に入っていたんだ」

 

チャンミンに突進された時、スマホを落としてしまったのだ。

 

俺は声を出さず「Bだ」と伝えると、チャンミンは無表情になってしまった。

 

「どうした?

今日は早いね...」

 

俺とBとの会話をじとり、と湿度の高い三白眼で見守っている。

 

『今、フロントにいるのよ』

 

心臓がドキンと打ち、焦りで全身が熱く火照った。

 

「えっ、もう?

駅まで迎えに行ったのに...」

 

Bが既にホテルに到着していると知って、チャンミンの方を窺った。

 

『朝ごはんをまだ食べてないの。

一緒にどうかな、って思って。

ここのビュッフェ、美味しそうね』

 

「朝めしの時間はとれないっぽいなぁ。

今から会場に向かわないと...」

 

まさか午前中の、それもこんな早い時間帯に現地にやってくるなんて、予想していなかった。

 

『そう...。

じゃあ、部屋で休もうかなぁ。

着替えたいし』

 

Bの電話で、俺は現実に引き戻された。

 

そうだった...俺には妻がいる。

 

「悪い。

Bが来てるんだ」

 

「姉さんが?

ここに?」

 

「ああ。

チャンミンは部屋に戻れ」

 

Bは俺の妻。

 

この部屋にやってくることも、隣のベッドで眠ることも当然の話だ。

 

チャンミンは男で、同じ部屋にいてもおかしいところはない。

 

さらに、チャンミンは親戚にあたるから不自然じゃない。

 

仲の良い義兄と義弟同士に見える。

 

でも、ひとつ部屋でチャンミンとBが並んで立つのを前に、俺は平静でいられない。

 

妻と妻の弟。

 

俺はその『妻の弟』と恋愛関係...不倫関係にある。

 

眩暈がする。

 

Bからの電話を受けて、チャンミンを部屋に帰そうとした俺。

 

悪いことをしている認識があるからだ。

 

俺とチャンミンが...いや、チャンミンは悪くない...俺が犯し続けている罪。

 

「チャンミン、ごめんな。

その代わり今夜は...」

 

今夜の約束をしようとした時、Bの存在を思い出し、言いかけていた言葉をつぐんだ。

 

「3人で夕飯はどうだ?」だなんて、無神経過ぎるし、今日はパーティじみたものがあるから、夕飯は不要だ。

 

何時に終わるかも不明だ。

 

ここではたと気付いた。

 

今夜のチャンミンは独りだ。

 

「...今夜どうする?

パーティに出てこいよ、美味いものを食べられるぞ」

 

チャンミンは俯き、膝に置いた手をこぶしにしていた。

 

「...いえ。

服も持ってきていませんし。

いいです、適当に済ませます」

 

それとなく俺を責めるチャンミン、でも俺は「ごめんな」と謝るしかない。

 

遊びに来いよと、今回のイベントに誘ってはみたが、よく考えてみたら、チャンミンを1人にさせてしまう時間がほとんどなのだ。

 

人目を気にせず会えるのは、ホテルの部屋の中に限られるし、会えば必ずセックスに明け暮れてしまうのだ。

 

どこか観光にチャンミンを連れていってやりたくとも、あいにく俺には時間がない。

 

ベッドの上から動こうとしないチャンミンに手を差し伸ばした時。

 

「チャンミンっ!」

 

俺のスウェットパンツからそれをむき出しにすると頬張った。

 

「やめろっ...!」

 

チャンミンの巧みな舌づかいにより、彼の口内で硬度を増していく。

 

「ダメだっ」

 

チャンミンの両肩を押してみても、渾身の力で抵抗する。

 

俺の制止もきかず、チャンミンは頭を上下させている。

 

必死な姿。

 

やっぱり...と思った。

 

...チャンミンと別れるべきなのでは?

 

俺の胸にいっときかすめた、あくまでも可能性のひとつ。

 

チャンミンは敏感に感じとったんだ。

 

次々と襲う強烈な快感に、俺は抵抗を止めた。

 

チャンミンの頭を撫ぜた。

 

あと数分もしないうちに、Bがこの部屋にやってくる。

 

 

(つづく)

 

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