義弟(76)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

義兄さんは僕の心を揺さぶる天才だ。

 

思ってもみないタイミングで現れて、僕の安心を強化してくれた。

 

6時限かけて頭に詰め込んだ単語や年号なんて、どこかへ行ってしまった。

 

帰宅途中の僕は、義兄さんにさらわれた。

 

下校途中の高校生たちは、通り過ぎる僕を乗せた高級車に羨望の眼差しを注いでいる。

 

僕は鼻高々だった。

 

恋人は年上過ぎて、常に爪先立ちで背伸びをしていないといけなくて、苦しいことも多いけれど、僕はこの恋に支えられているのだ。

 

初めてのデート、ドライブの約束は延び延びになっていたけれど、僕は平気だった。

 

楽しみがすぐに消化されてしまったら勿体ない。

 

わくわくと待つ時間が楽しいから。

 

僕はこちらを振り向いてくれるまで、運転中の兄さんを見つめた。

 

前方を向いたままの義兄さんの唇の端がぴくぴく震えていて、笑いだすのを堪えているんだ。

 

ハンドルを握る義兄さんの手を目にするだけで、下腹にうずきがこもる。

 

会話を交わしたいことよりも、会うなり義兄さんとセックスをしたい欲求の方が圧倒的に上回ってしまった。

 

「身体だけの関係ですか?」と義兄さんを責めてしまった僕の方が、彼のものが欲しい。

 

湧き上がるいやらしい欲が止められないのだ。

 

手の平を重ねる代わりに、義兄さんの手の甲に浮かんだ血管をやさしく押しつぶした。

 

義兄さんは僕を連れてどこに行くのかなぁ。

 

カフェにでも行くのかな...当然、X氏の店はパスだ。

 

街中をぐるぐる走りまわるだけなのかな...それとも...?

 

膨らんだ期待でこみ上げる笑みを、深呼吸を繰り返して抑え、余裕の顔を作った。

 

来週から始まるテストに備えて勉強をしないといけないけど...明日頑張ればいいや。

 

「体育の授業では何やってるの?

サッカー、とか?」

 

「いいえ、バスケです」

 

「チャンミンは背が高いから有利だろ?」

 

「どうでしょう...僕は運動が得意だとは言えないので」

 

「意外だね」

 

僕のレベルに合った話題を探す義兄さんが、可笑しかった。

 

「昼飯は?

弁当を作ってもらってるの?」

 

「そうです」と、空の弁当箱の入ったディパックを撫ぜた。

 

昼食は独りで取る。

 

噂話を聞きつけた同級生たちが、「お前、またフッたんだってな?」「ヤルことだけはヤッたんだろ?」と群がってくる。

 

うっとうしくて、「相手は大学生だよ」と適当に答えると、ひゅーっと冷やかしの声が大きくて、教室内の注目を浴びてしまう。

 

「どんなだった?」と僕の肩をぐらぐらと揺らし、そのうっとうしさにその腕を跳ねのけたいのを耐えて、されるがままでいた。

 

彼らに嫌われたり嫉妬されたら、独り気ままな学校生活を送りにくくなる。

 

こういうところに、僕の気の小ささが現れた。

 

嘘八百な見栄は、1年前に豪華版な事実となった。

 

新入生が入学してくる時期になると、彼女たちに呼び出される機会が増え、出来る限り丁重にお断りしている。

 

「年上の彼女がいるらしい」噂が広がれば、恋心を寄せられるわずらわさから解放されると思ったんだ。

 

実際は、34歳の男の人と...姉さんの夫と付き合っている。

 

「今も部活には入っていないのか?」

 

「興味あるものがないので...帰宅部です」

 

「はははっ、チャンミンらしいね」と、義兄さんはシフトレバーから離した手で僕の頭を撫ぜた。

 

「子供扱いしないでください」といつもの僕だったら拗ねていただろう。

 

イベントから戻って以来、ずっとご機嫌な僕は義兄さんの言葉に突っかかることなく、素直に返答できるのだ。

 

「義兄さんの方は?」

 

「忙しくしてるよ。

仕事があるのはありがたいことだけどね」

 

僕らには共通の話題はない。

 

身を寄せ合って、見つめ合っているだけで十分で、敢えて言葉を交わす必要がないのだから。

 

ところが、見慣れた景色に気付いて失望する。

 

「え...?」

 

義兄さんの車は僕の自宅前に停車した。

 

閑静な住宅街で、義兄さんの車の低いエンジン音と、エンジンの微細な震えがシートを通して伝わってくる。

 

「もう?」

 

抗議の意をこめて義兄さんを睨みつけた。

 

「どうしているかなって、心配だったし、チャンミンの顔を見たかったから」

 

「もう終わりですか?」

 

「ごめん、これから得意先に会う予定があるんだ」

 

「嫌です。

降りません」

 

「...チャンミン」

 

絶対に降りるものかと、義兄さんの太ももの上に身を伏せた。

 

駄目だって分かってやっているんだ。

 

義兄さんを困らせたい。

 

「...うちに来て下さい。

今の時間なら、家族は留守にしてます」

 

「......」

 

「ちょっとの間でいいですから」

 

「駄目だ」

 

ああ、やっぱり。

 

「その代わり...」と言ってくれるのを待った。

 

「チャンミンの家だなんて...。

それだけは、絶対に駄目だ」

 

僕の部屋の隣は姉さんの部屋があり、今は物置と化している。

 

「こういうことは言いたくないが、チャンミン。

俺の立場を考えてくれ。

チャンミンも、自分の立場を考えて欲しい。

チャンミンの家だけは、絶対に駄目だ」

 

義兄さんの立場なんて理解したくない。

 

「義兄さんは狡いです。

僕は、僕の立場じゃ、何もできません。

義兄さんはなんだって出来る。

狡いです」

 

義兄さんはため息をついた。

 

そのため息は、僕は哀しくさせた。

 

義兄さんを困らせ、彼を責めることで、自身のフラストレーションをなだめようとしていたんだ。

 

僕が何にイライラしているのか、義兄さんほどの人なら分かっていたと思う。

 

「そうだね。

俺は狡いね。

チャンミンには謝るしかできない」

 

あまりに困らせるあまり、義兄さんが僕と居ることに疲れてしまうかもしれない...この時の僕はそこまで考えが及ばなかった。

 

「今の俺には、『辛抱してくれ』としか言えない。

心から謝る」

 

義兄さんの謝罪に、僕ははじかれたように伏せた半身を起こした。

 

眉をひそめた義兄さんの両目は、涙で潤んでいた。

 

「......」

 

「申し訳ない」

 

義兄さんは頭を下げた。

 

「そんな...義兄さん。

謝らないで」

 

僕は義兄さんの肩を揺さぶった。

 

「ごめんなさい」

 

肩に乗った僕の手を落とすと、義兄さんは両手で包み込むように握った。

 

「ごめんなさいの会になってるな」

 

「ホントですね...ふふっ」

 

「チャンミンが欲しいよ。

でもね、制服姿のチャンミンを襲うのは、さすがにね。

悪いことをしているみたいだ」

 

「1度あったじゃないですか」と口をとがらせた。

「あの時は...やんちゃだったんだよ」

 

義兄さんは尖らせた僕の唇をつまむんだから、僕はもっと笑うしかない。

 

後方でクラクションが鳴った。

 

義兄さんの大きな車が道を塞いでいたのだ。

 

「行かないと」

 

義兄さんはサイドウィンドウを開け、後方の車に手をあげた。

 

僕はディパックを抱え素早く降りた。

 

「次の週末に」

 

「ああ。

楽しみにしてる」

 

ドアを閉めかけた時、義兄さんの長く逞しい腕にうなじを捕らえられた。

 

義兄さんの乾いた唇を受け止めた。

 

あっという間の出来事だった。

 

「バイバイ」

 

僕はもっともっと笑顔になって、義兄さんの車が見えなくなるまで見送った。

 

 

(つづく)

 

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