(19)奥さま手帖

 

<12月某日>

 

早朝5時起床。

昨夜は緊張と期待でよく眠れなかった。

この宿で迎える5回目の朝。

午前7時にユノへ電話をかける。

 

「昼過ぎには着くよ」

 

「待ってるね。

こっちは寒いから、温かくしてきてね」

 

「むくむくに着ぶくれしていくよ」

「赤のダウンはクリーニング屋に預けてあるよ」

 

「昨日、取りに行ったよ」

 

「へぇ...偉いねぇ」

 

「子供かよ」

 

「すんごいあったかいインナーが押し入れの引き出しにあるから」

 

「洗面所にあるやつじゃなくて?」

 

「ほら、一昨年買ったやつ。

××山に登ろうって、登山グッズひととおり揃えたでしょう?

あの時のだよ」

 

「あー...黒いやつ?」

 

「グレーだよ。

引き出しを開けてみればわかるよ。

タイツも穿いておいで」

 

「わかった。

登山行けなかったよなぁ、そういえば」

 

「膀胱炎になっちゃったんだよねぇ」

 

「おしっこ我慢してるからだよ。

残尿感残尿感、って言ってたよなぁ。

おかしいなぁ、変なプレイはしていなかったハズなのに、って。

小説のネタ探しに、実体験しようとしてたんだと本気で疑ったからなぁ...はははっ」

 

「そりゃあさ、あの時は大人の玩具メーカー研究員の小説を書いてたよ。

だからってさ...そんなハードなこと自分でするわけないじゃん!」

 

「わかったわかった。

...あと、10分で家を出ないと間に合わないんだけど?」

 

「ですよね。

あ...チケット買うお金、ある?」

 

「子供かよ」

 

「ユノは永遠の10歳児なんだって」

 

ユノとなら延々と会話ができてしまうけど、列車の時間が迫っているようだから、半端に会話を打ち切った。

 

 

待合室にはベンチが2つあるきり。

座面のプラスチックにひびが入り、座るとガタガタした。

コンクリート製の床は冷え冷えとしていて、中央にヤカンをのせただるまストーブが置いてあった。

ここでお餅を焼いたり、缶入りの甘酒や缶コーヒーを温めたりして。

僕は靴を脱ぎ、ベンチの座面に膝を抱えるように座り直し、その上に日記帳を広げた。

これを書きながら、あと1時間で到着するユノを乗せた列車を待つことにした。

ユノとの会話の詳細をきっちり覚えている僕ってすごい。

 

 

昨日の分の日記を書く。

息を吹きかけるだけじゃ指の震えはおさまらない。

かじかむを熱々に火傷しそうになるまで温めた。

僕が放浪の旅にでかけた理由を考えてみた。

ユノとの暮らしに疲れて、彼から離れたかったから、とか

僕の存在のありがたみをユノに分からせるために、とか、

単調な毎日に憂いていたから、とか、

彼の地が僕を呼んでいるから、とか

ユノに追いかけてもらいたいから、とか、

それっぽい理由を挙げてみたけれど、どれもが不正解。

家を飛び出したかったら、そうしただけ。

強いて言えば、次回作のアイデアが浮かばず、1行も書けないスランプ状態に陥っていたから。

作品を1本仕上げたばかりで、脳ミソが空っぽになってしまったのなら、インプットすればいいじゃないかと、ふらふらしてみただけ。

今回が初めてのことじゃない。

ユノががケロッとしていられるのも、だからなんだ。

 

(ごめんね。

これは日記だから、ドラマティックなことは起こらない)

 

 

<12月某日>

 

7時半起床。

この宿で迎える6回目の朝。

2人分、布団をのべてもらったけれど、僕らはひとつの布団しか使っていない。

この宿の従業員の人とも仲良くなっていたから、恥ずかしい。

ユノの腕の下から抜け出して、隣の冷たい布団の中にもぐり込んだ。

何度も寝返りをうち、シーツにしわをつけて、使用感を出してみた。

腰がギシギシきしんで痛む。

昨夜は久しぶりだったこともあり、ちょっと無理をしてしまったかもしれない。

ハッとして、掛け布団を剥がし、大の字になって眠るユノを転がして横に除けた。

シーツ...セーフ。

 

ユノは目覚めない。

浴衣の胸がはだけていた。

暖房のせいで空気が乾燥しており、喉が痛い。

お尻も痛い。

窓の外は銀世界だった。

 

 

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