(25)僕らが一緒にいる理由

 

 

~夫の夫~

 

俺の夫は突拍子もないことを口にすることが多々あり、俺を面食らわせ、時に大笑いさせてくれる。

(考えることが仕事なだけあって、夫がどういう思考回路でそこ至ったのか、凡人の俺じゃあ理解に苦しむ時もある)

 

そこが夫の魅力のひとつである...ひとつでもあるが...。

 

「チャンミン、落ち着こうか」

 

こちらに身を乗り出してきた夫の表情は真剣そのものだ。

 

「マジで疑ってるの?」

 

(締め切り近くだったっけ?)

 

執筆が佳境に入った頃こそ、夫の言動がおかしくなりがちだからだ。

 

被害妄想が酷くなったり、幼子になったり、逆に冷酷無情な男になったりもする。

 

その時々の作品設定に影響される。

 

「アオ君は17歳だぞ?

俺が中学に入ったばっかりにデキた子ってことか?

まあ...そういう人もいるけどさ」

 

夫は表情を緩めると「何言ってるの?」と、呆れた風に言った。

 

「本気で疑うわけないじゃん。

ただカマをかけただけだよ」

 

「あ~、びっくりした」

 

「でも、マジで疑ってしまった瞬間はあったよ。

浮気疑惑が最近あったばかりでしょ?

内緒ごとを現在進行形で抱えられる人だとは思っていなかったから、あの時は凄く苦しかった...」

 

夫は、胸を撫ぜ下ろす俺を睨みつけた。

 

「これで確信したよ。

アオ君は訳ありっ子ってことをね。

赤の他人の僕が突っつきまわしたらいけない事なんだろうけどね」

 

「そんな風に思わなくていいさ。

...でも」

 

「ユノが悪い」

 

夫が投げ付けたミカンを、頭にぶつかる前に無事キャッチした。

 

「前にも言ったでしょ?

嘘が苦手なんだから、その場しのぎの適当なこと言ってるから、後になってボロが出て、僕に追及されるんだよ?

最初からホントのことを言ってくれればいいのに...」

 

「その通りだけど、説明が難しいんだよ。

俺の言葉足らずで、上手く伝わらない可能性が大だと思ったんだ」

 

もどかしさのあまり頭をガシガシと掻く俺の姿は、夫の好奇心をより刺激してしまっただろう。

 

「もったいぶらないでよ」

 

今夜の夫も、思考を巡らすあまり飛躍してしまった仮説をたて、真剣な眼差しで俺に問うてきた。

 

それが出来てしまう夫だから、常識的にあり得ない事柄でも何の抵抗もなく受け入れてくれると思われる。

 

アオ君の素性について、なぜ隠していたのか?

 

当分の間黙っていた方がいいと、アオ君に口止めをしたのは俺の方だった。

 

相手が夫となると、情報は少しずつ明かしていった方がよいと思ったのだ。

 

その為、夫が疑う隙の無い設定を、あらかじめアオ君と綿密に打ち合わせたりしなかった。

 

『いとこのコ』と当たり障りのない設定をしていたのも、例え巧妙な嘘をついたとしても、世界で最も俺に詳しい夫の目と鼻、耳はごまかせない。

 

俺たちの方から知らせなくても、夫の方からわずかな矛盾や違和感を感じとって追求して欲しかったのだと思う(感情的になり過ぎた夫が、事実とはかけ離れた答えを導き出す場合もある)

 

するっと俺たち夫夫生活に入り込んできた17歳との暮らしを、夫は日々楽しんでいるようだ。

 

俺も楽しんでいる。

 

最初からすべてを知らせてしまった方がよかったのかもしれない、と後悔していた。

 

でも、感情移入しやすくのめり込む質の夫の傾向を考慮すると、先入観を与えない今までのやり方が一番だったのだと、考え直すのだった。

 

先週末の朝、冬物を全部出すようにと夫から命じられた。

 

一度に洗濯できないため天気を見計らいながら、今日はニット類、今日は(夫はダウンコートまでを自宅で洗ってしまう。

 

部屋干し中のマフラーを見て、季節の移り変わりを感じ、そろそろ全部を打ち明ける頃合いだなと思った。

 

「ますます訳分かんないし、興味が湧いてきたんだけど?」

 

「ちゃんと話すって」

 

俺はミカンを半分に割ると、一方を夫に渡した。

 

コタツの天板にメモ用紙と何かの粗品で貰ったボールペンがある(映画鑑賞の際、主人公たちが隙あらばキスばかりしているものだから、面白がった俺たちはカウントしてはメモしていた)

 

所帯じみた光景。

 

10年間積み重ねてきた日常。

 

そこに現れた珍客。

 

「デリケートな話だから、アオ君から直接聞いた方がいいよ。

彼のことだから喜んで話してくれるよ」

 

真実を共有するのを引き延ばしてきたのは、夫のため、アオ君のため、自分のため。

 

「それならば、ちょうどよかった」

 

ニコニコ顔の夫はこう提案した。

 

「週末に僕ら、遊びにいかない?」

 

俺たちとアオ君とで、遊園地に遊びに出掛けることにした。

 

遊園地計画を知らされた翌日、俺は帰宅途中アオ君のアパートメントを訪ねていった。

 

「全部話してしまおうか?」と、提案してみた。

 

「分かりました。

でも、どのタイミングで話しましょうか?」

 

「出掛けた日の夕食の時はどうかな?」と提案してみたら、アオ君は「夕食ですか...」 とア言い渋った。

 

「あらたまり過ぎてマズイかな?」

 

「チャンミンさん的に、今回のお出かけは自分で仕切りたいそうですよ」

 

夫のことだから張り切っていそうだな、と思った。

 

そこで、次回アオ君が我が家に泊りに来た時にしよう、ということになった。

 

「外出先よりも自宅の方がいいと思います」

 

 

いい天気だった。

 

遊園地はわが家から電車で2時間の場所にある。

 

夫は弁当の仕込みの為、早朝5時から台所に立っていたそうだ。

 

俺が起床した7時には、御馳走が詰まった三段お重弁当がダイニングテーブルに置かれていた。

 

ピクニックシートとブランケット、水筒を入れたバッグを俺が、弁当を夫が担当し、待ち合わせの駅でアオ君と合流した。

 

チケットを買い遊園地へ入場するなり、アオ君は走り出した。

 

どの順で巡れば、効率よくアトラクションを巡ることができるかを、遊園地までの道中、夫とアオ君は意見を交わし合っていた。

 

俺はと言うと、前夜は残業で帰りが遅くやや寝不足気味だったため、彼らの会話を聞きながらうとうとしていた。

 

とても満ち足りた気分だった。

 

夫も走り出し、俺は子供のようにはしゃぐ2人の後を追った。

 

序盤からメインアトラクションを攻めるのが、2人が練りに練ったプランだった。

 

週末は混雑するからと、有休を取って正解だった。

 

平日の園内は空いていた。

 

俺は2人に引きずられる格好で、ジェットコースターだ、廃病院を模した恐怖の館だと、さくさくとアトラクションを制覇していった。

 

その結果、午前中のノルマをこなし終えた時点で、昼食まで1時間以上あった。

 

「たのむ...ちょっと休ませてくれ」

 

会場入りしてから初めて、俺たちは休憩を取ることにした。

 

外周に沿ってベンチが並んでおり、俺たちはそのひとつに腰掛けた。

 

夫は水筒を出すと、プラカップに注いだお茶を俺とアオ君に配った。

 

アオ君は自分のバッグから取り出したミカンを配った。

 

「アオ君も気がきくようになったね」

 

「チャンミンさんの近くにいると、自然とかいがいしくなっちゃいますよ」

 

「ミカンばっかり」

 

「箱で買っちゃったんですよ。

駅でミカン農家のおじさんが売ってたんです。

箱は山積みになってるし、おじさんが可哀想になってしまって...」

 

丘陵地にあるここは見晴らしがよく、眼下には果樹園が広がり、視界を遠くに転ずると俺たちの住む街の遠景が霞んで見えた。

 

日差しは温かいが風は冷たい。

 

嗄れた喉に、甘酸っぱいミカンの水気が美味しい(恐怖の館で大声を出したせいだ)

 

例の件は今度自宅で話そうと、アオ君と打ち合わせていたのに。

 

おもむろにアオ君はこう話し出した。

 

「俺の両親は男同士なんだ」

 

 

(つづく)

 

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