【後編】7月8日のプロポーズ

 

<16年前の7月6日>

 

夕飯は、ユノが茹でた素麺と僕が下ごしらえしておいた豚しゃぶサラダ。

ベランダに出て夜空を見上げてみたが、一面雲に覆われていて星は見えなかった。

土曜ロードショーをTVで流しながら、織姫と彦星について調べたネタや今日のイベント中に遭遇した面白エピソードを披露し合う。

「スーパーボールをおまけしまくってたけど、怒られなかった?」

「怒られたよ~」

ベッドに入る時まで、短冊に書いたお願いごとについて、何も触れられないままだった。

ユノからのリアクションをひそかに期待していたので、拍子抜けしてしまった。

ユノが書いたお願いごとを見せろ、とは言わないけれど、僕が書いたお願いごとを見て、何か言って欲しいなぁ、って思ったりして。

僕らは1枚のタオルケットをお腹にかけ、シングルベッドにぎゅうぎゅうになって寝ている。

2人分の体温で寝苦しくなり、エアコンの設定温度をうんと下げた。

大きなベッドが欲しいなぁ。

ユノに背を向けて寝ていたら、後ろから抱きしめられた。

寝返りをうったついでに、僕を抱き枕にしたのだ。

暑いし重いから、僕に体重を預けるユノを押しのけようとした。

 

ユノ

「...嬉しかった」

眠っていると思ったユノは、実は目を覚ましていたのだ。

「...何を?」

ユノ

「俺のやつは恥ずかしくて、見せられなかったんだ。

だから、隠すみたいなことしちゃってゴメン」

「そんなこと...別に気にしていないよ。

願い事は個人的なものだから、内緒にするものじゃないかな」

ユノ

「...チャンミンの短冊を見て、嬉しかった」

「『一生』ってとこが嬉しかった?」

ユノ

「そこもだし、俺の健康を祈ってくれたし」

自分のことよりも俺のことを優先してくれたところに、感動した。

チャンミンは人間ができてるね~」

「本心を書いただけ。

ユノが健康でいてくれたら、イコール僕も健康になるから、結局は僕の為なんだよ。

短冊には物質的な物...お金が欲しいとか、車が欲しいとかを要求したらいけないんだって。

要求じゃなくて、祈り。

そうだ...祈りだね、祈り。

七夕飾りなんて小学校以来だったから新鮮だった」

ユノ

「チャンミンの願い事を見たら、ますます俺のものを見せられなくなった。

変なこと書いちゃったから」

「変なこと?

え~、なんだろ」

ユノ

「見てもいいよ。

もし見つけられたらの話だけど」

「閉店したら、笹を片付けてしまうんだってよ。

飾りも短冊もひとつひとつ外すんだ。

その時に、ユノのを探そうっと」

ユノ

「どうか見つかりませんように!」

「ホントにそう思ってる?」

ユノ

「見つけて欲しい...かも」

「じゃあ、必死になって探すよ」

 


 

<16年前の7月7日>

 

ポツポツと小雨が降っている。

ユノとシフトが同じ日、一緒に出勤する。

ユノが着ているのは、僕が洗濯をしたTシャツだ。

まるで同棲しているみたいだ。

 

 

昨日よりもイベント会場は大盛況。

僕は願いがしたためられた短冊を手に、脚立を登ったり下りたりをし続けた。

見上げた枝のあの辺りに、ユノの短冊が揺れているはずだ。

 

 

お昼休憩は午後2時過ぎにずれこんでしまい、空腹を通り越して、食欲がなくなっていた。

サンドイッチと野菜ジュースだけの食事を済ませ、テーブルにつっぷして、仮眠をとった。

慣れない接客業と寝不足で、クタクタでフラフラだった。

寝不足なのはユノのせい。

今はお互い学生で、時間の融通がつくから予定を合わせやすく、どちらかの部屋を行ったり来たりできる。

1分1秒がもったいなくて、味わいつくそうとしてしまう。

不安なのかな?

楽しいけれど、片時も彼のことを視界の隅に収めていないといけない気がして、常にON状態だ。

ユノの気配がするものを片付けたり整える作業が大好きだから、同棲って憧れるなぁ。

気が早いかなぁ。

社員食堂に低い音量で、インストゥルメンタル音楽が流されている。

聞き覚えがあるメロディに、CCの曲だと遅れて気付いた。

 

 

21時閉店。

待ちに待った片付け作業。

点呼と担当の割り振りがあった後、それぞれが持ち場に散った。

鈴なりの短冊で装飾された笹を床に横たえ、せっせとそれらを外していくのだ。

その中からユノの短冊を見つけ出そう、色は赤と黄色だ。

土台ごと前方に倒していく際、脚立にのって笹の頂を最初に受け止めるのが僕の役目。

背が高いからという理由で選ばれた。

幹に縛り付けたロープを綱引きして、笹が一気に倒れないように支えるスタッフが2人。

(彼らが頑張ってくれないと、僕は笹の下敷きになってしまう)

縁日コーナーのスタッフたちも、向こうの作業が終わり次第、こちらと合流する手はずになっていた。

声をかけながら慎重に、ゆっくりと笹はこちら側に傾斜をつけてくる。

ここでハプニングが起きた。

笹を支えていたスタッフたちが、ロープの手を離してしまったのだ。

七夕飾りと短冊をたわわに実らせた笹が想像以上に重く、ロープ係が2人程度じゃ力が足りなかった。

「危ない!」「わあ!!」と、周囲から叫び声が上がった。

笹の頂が僕の顔面に直撃するまでの一瞬間が、ゴムのように引き延ばされた。

スローモーションだ。

短冊の1枚1枚が鮮明で、文字の1つ1つまで読み取れるほどだった。

直後から5分間、僕の記憶は飛んでしまった。

 

 

後になってきいたところによると、脚立ごとひっくり返った僕は、山積みにされたトイレットペーパーコーナーに背中から突っ込んだらしい。

そのおかげで、固い床に後頭部を強打せずに済んだ。

笹の下から引きずり出され、ぺちぺち頬を叩かれて、飛んでいた意識が戻ってきた。

「チャンミン!」

僕を覗き込むユノの顔がすぐそこにあったせいで、自分がどこにいるのかすぐには分からなかった。

えーっと、僕は何をしていたんだっけ?

すぐ後に、ここはバイト先で七夕の片付け中だったことを思い出した。

ユノの首にかじりつきそうだったから危なかった。

(縁日コーナーの片付けが終了し、七夕飾りの助っ人に向かっていた時に、笹に呑み込まれようとする僕を目撃したんだとか)

ユノの両膝を枕にした僕を、心配顔のスタッフたちが取り囲んでいた。

 

「ここがどこか分かるか?」

「店」

「お前の名前は?」

「...チャンミン」

「俺のことは分かるか?」

「...ユノ」

「指は何本ある?」

「3本」

「頭を打ってないか?」

「痛くない」

身を起こそうとしたら、「起きたら駄目だ!」と怒られた。

この場で僕のことを心配し介抱する権利を持っているのは、副店長でもフロアリーダーでもなく俺だけだ、と言わんばかりだった。

 

 

「大丈夫ですから」を連呼しても、万が一のことがあるからと、帰宅を許してもらえなかった。

僕はフロアリーダーの車に乗せられ、夜間救急にかかることになってしまった。

もちろんユノも一緒だ。

 


 

<16年前の7月8日>

 

病院内は薄暗く、避難口誘導灯がとても明るく感じられる。

すぐ傍にフロアリーダーが居たせいで、僕らは手を繋げずにいた。

一通りの検査を終え、現状問題無しと診断が出た頃には、日付が変わっていた。

フロアリーダーにアパートまで送ってもらい、僕らは彼の車が走り去るのを見送った。

やっと2人きりになれた。

 

「何事もなくてよかったな」

「お恥ずかしい限りで」

 

昼間のうちに雨が止んでいたようで、道路が乾きかけていた。

空まではすっきり、とまではいかず、雲と雲の隙間から星が少し見える程度だった。

満点の星空や天の川が見られなくて、残念がる気持ちはちょっとだけだ。

子供の頃、7月7日とはとても神聖な日で、夜空に織姫と彦星を探していたのに。

バイト先の七夕イベントがなければ、七夕飾り係にならなければ、「お願いごとって何かな?」と考えもしなかっただろう。

大人になってピュアじゃなくなった僕は、七夕のお願いごとにかこつけたところがあったかな。

でも...1枚の短冊にしたためる行為を通して、僕と大切な人の幸福を祈る...素敵だよね。

 

 

午前3時。

いつものように、一緒にシャワーを浴びた。

打ち身はないか、ユノは僕の身体をすみずみまで見るんだから。

おふざけが過ぎて、僕の大事なものを裏返して見るんだから。

「だから怪我はないんだって!

あとはひとりで平気だから!」

ユノを風呂場から追い出した。

風呂上がりに洗濯の下準備をした(僕にはこういう細かいところがある)

洗濯機からいったん、汚れ物を出して、丸まったままのTシャツを直したり、ズボンのポケットをあらためる。

ポケットに何か入れたまま洗濯機をまわした結果、泣きたくないからだ。

僕のズボンポケットの中から、油性ペンのキャップ、客から引き取った書き損じの短冊が出てきた。

ユノの横ポケットからスーパーボール、後ろポケットからはガムの包紙などが出てきた。

 

 

「チャンミン」

扇風機で髪を乾かしがてら涼んでいると、あらたまった風に声をかけられた。

 

「短冊に書いた願い事についてだけど...?」

「ずっこけちゃって...ユノのを回収できなかったよ。

すごい残念」

「うん。

だから今、教えてあげる」

 

濡れ髪のユノは僕の隣にあぐらをかいた。

全くもって、いい男だ。

 

「ホントに?

でも、恥ずかしいんでしょ?」

「恥ずかしいけどさ。

チャンミンは伝えてくれたんだ。

俺ばっかり黙っていたらだめだな、って思った」

「へぇ...聞かせて」

僕もあぐらをかいて、ユノの方へ身体を回転させた。

ユノはオホンと、咳ばらいをした。

 

「俺が書いたのは...」

言いかけて、ユノは黙り込んでしまった。

「......」

 

脱水中の洗濯機の音が、脱衣所から響いてくる。

突然、弾かれたようにユノが立ちあがった。

 

「ヤバっ!」

ユノの長い脚なら、大股で数歩。

「ヤバっ、ヤバい!」

「えっ!?

どうしたの?」

 

僕も脱衣所までユノを追った。

 

「開かない!

ロックがかかってる!」

脱水中でゴトゴト震える洗濯機のボタンを連打している。

僕はユノの後ろから手を伸ばし、電源ボタンを押した。

洗濯槽が停止するなり、ユノは蓋を開け、大きな塊になった洗濯物を引っ張り出した。

ユノが慌てている理由が分かった。

 

「ねーねー、ユノ」

複雑に絡まりあった衣類を解きほぐそうとしているユノの背中を、つんつんつついた。

「どうしたの?」

「ポケットに入れてた物があって...」

「嘘!?

ヤバいじゃん!

何を入れたままだったの?」

「濡れたらヤバイやつ」

「ペンとか?」

「違う。

紙もの」

「...もしかして...これのこと?」

 

とぼけていられなくて、僕はハーフパンツのポケットから取り出したモノを、ユノの目の前に差し出した。

洗濯機を回す前、ユノのズボンのポケットから見つけた物だった。

 

「探してるモノって、これでしょ?」

ユノの目がみるみる、大きくまん丸になった。

「おいっ!」

ユノは素早く、僕の手からそれを取り上げた。

「ごめん...見つけちゃった」

「......」

「洗濯しようと思って。

ポケットに何か入っていたらいけないって、その時に見つけちゃった」

 

ユノは僕の顔を正視できないらしく、紅くなった顔を横に背けている。

 

ユノ

「...笑わないの?」

「笑えないよ」

ユノ

「まだ学生なんだぞ。

それに、チャンミンとそれっぽい関係になって、それほど経っていないのにさ」

チャンミン

「年齢とか時間は関係ないよ」

ユノ

「気が早いだろ?

笑ってもいいんだぞ?

でも、すぐに叶えられることじゃなくて、それをもっとグレードアップさせたお願いごとにしようと思ったんだ」

「お願いごとと言うより、宣言だね」

ユノ

「『何々しますように』と書くよりも、『何々します』と言い切った方がいいって、言ったじゃん」

「うん。

言ってたね」

 

ユノは僕から取り上げたモノ...赤色の短冊の皺を伸ばした。

 

「よく見つけたね」

 

この短冊は、脚立にてっぺんまで登り、長身のユノが背伸びをしないと届かない所に吊り下げられていたはず。

ユノはいつ、これを見つけたのだろう。

笹の撤去作業の時点では、ユノは縁日コーナーにいた。

笹を倒す途中、僕が騒ぎを起こしてしまい、その後ユノは僕に付きっきりだった。

 

ユノ

「チャンミンが握っていたんだんだよ」

「嘘!?」

ユノ

「嘘じゃないよ。

脚立から落ちた時、チャンミンが握りしめていたんだよ。

えっ!?

もしかして覚えてない?」

「うん...。

いつだろ」

 

僕だってユノの短冊を手にする機会はなかった...。

...なかったっけ?

あった!

 

「あの時だ!」

 

大量に短冊をぶら下げた笹が、僕の顔面を直撃する瞬間だ。

ぐんぐん迫ってくる色の洪水。

その中からたった1枚、「これだ」と直感した。

ユノの短冊はあれだ。

見つけた。

それだけが発光していたのか、スポットライトを浴びていたのか。

 

『チャンミンと結婚する』

 

僕は無意識に、本能的にそれをつかみ取っていた。

嘘みたいだけど、ホントウの話だ。

そして、握りしめていたその短冊を、僕を介抱したユノが回収したのだそうだ。

 

 

ユノ

「馬鹿みたいだろ?」

僕はぶんぶん、首を振った。

 

ユノは、大きな手で大切そうに、その小さな紙きれを何度も撫ぜていた。

 

ユノ

「俺って、何書いてんだろうね。

ぶっ飛んでるだろ?

馬鹿だよなぁ」

「馬鹿みたいに愛されて...すごい嬉しい」

ユノ

「願い事を突き詰めていったら、『結婚』しかないよな、と思ったんだ。

それにしても、七夕の願い事でプロポーズってさあ」

「僕の願い事も、突き詰めるとそこに行き着くよね」

ユノ

「俺と同じ気持ち?」

「一緒だよ」

ユノはぐずぐず言い出した僕の頭を、ぐしゃぐしゃと撫ぜた。

 

 

その後、時を待たずに、僕らは願い事を現実のものとした。

 

 

ユノが書いたもう1枚の短冊は、

『チャンミンが120歳まで健康に生きますように』だってさ。

 

 

(おしまい)

 

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