(あれ?)
僕の視線の動きに、お店のお姉さんもアオ君の耳たぶに注目しかけた。
それに気づいたアオ君は耳たぶを手で隠してしまった。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。
痒いな、って思って」
「あ、そう」
気になってしまった微かな何かよりも重要な、夫の為の贈り物選びに意識を戻した。
お姉さんがおススメしたピアスは、カジュアルな服装でも合いそうな、気障になり過ぎないデザインだった。
「これは何の石ですか?」
やや太めのカフス型で、正面からは見えない位置...耳たぶの裏側辺りに漆黒の石がはめ込まれている。
「水晶です」
「へぇ。
水晶に黒いものがあるんですね」
夫の瞳の色と一緒だと思った。
ちょうど今朝、仕上がったばかりの新作作品であるのもいい。
オリジナルでオーダーしようにも、僕じゃあセンスに自信がない。
「シンプルでカッコいい。
耳元に近寄ってはじめて、石に気付く...」
「ユノさんなら似合いそう」
「ただ、こちらのポストは太めなので、細いタイプにお直しすることもできますよ」
お姉さんは、キャッチを外して、ポストの部分を見せてくれた。
「いえ、このままで大丈夫です」
若かりし頃、様々なタイプのピアスを楽しんでいた夫のピアスホールは大きい方だったし、できる限り早く手に入れたかったのだ。
「裏側にイニシャルを彫ることもできますよ。
お待ちいただければ、15分ほどで出来ます」
僕とアオ君は「是非」と頷いた。
・
帰り道、アオ君の耳たぶはすっぴんになっていた。
「あれ?
外しちゃったの?」
「ああ、うん。
膿んでたみたいだ。
ピアスってそういう時あるよね」
「分かるよ」
夫に無理やり開けられたピアスホールは、後日じゅくじゅくと膿んで困ったのだ。
僕のトートバッグの中には、ラッピングされた小箱が入っている。
予算を少しオーバーした買い物だったが、夫の驚く顔を想像すると顔が緩んでしまう。
最寄り駅に到着した時、僕はアオ君を商店街内にある喫茶店へ誘った。
レトロな内装のそこは僕と夫の行きつけの店で、美味しい珈琲を出してくれる。
バッグから紙袋を出して、青いリボンが結ばれた箱をそっとテーブルに置いた。
「いつ渡すの?」
「いつがいいかなぁ。
時期的に中途半端でしょ?」
これまでの10年間、プレゼントなんて何度も経験しているけれど、今は世間のイベントごとは過ぎてしまった時期にあった。
「...そうだ。
次の休みにみんなでどっかに行こうか?
遊びにいって、いいとこでご飯食べて...その時に渡すってのはどうかな?」
「みんな?
えっ!?
俺も側にいていいの?」
心底驚いた顔をしたアオ君に、僕は「いいに決まってるじゃん」と答えた。
「せっかくの夫夫水入らずのところに。
ラブホに行きたくても、俺がいたら邪魔っしょ?」
「...おい」
いつものごとくアオ君のエロがらみの軽口に、僕はきっと睨みつけてやった。
「どこがいいかな」
3人でゲームセンターやスーパーマーケットへ出かけることはあった。
「どこにしようか?」
僕らはカップが空になってしまった後もしばらく、あれやこれや候補地を挙げてみたりと雑談を楽しんだ。
・
行為を終え息が整うと、僕らは後始末にとりかかる。
夫は散らばったティッシュを集めてゴミ箱へ、シーツの上に敷いたバスタオルを丸めて洗濯機へ。
僕はマットレスの高さに目線を合わせ、シーツに汚れがないかチェックする。
2人まとめてシャワーを浴びて時間節約する(性的に満腹しているので、互いの身体にちょっかいを出すことはない...というより、ちょっかいを出してくる夫の手を払いのけているのは僕の方だ。
この間の僕らは口もきかず、やるべきことを速やかに済ませる。
色気もへったくれもない話だけれど、長年連れ添っているカップルはこんなものだと思う。
パジャマに着替えた僕らは映画の続きに戻ることにした(僕らの趣味のひとつにB級映画の批評会がある)
アオ君と喫茶店で別れた僕は、レンタルDVDショップでエロティックホラー映画をレンタルした(たまには僕セレクトも面白いんじゃないかと思ったのだ)
想像以上にどエロい作品だったせいで、僕らは序盤の辺りでエロい気分になってしまい、寝室へなだれこんだ...という流れだ。
ラストまで夫の手を握ってあげた(夫はコタツにもぐり込んでしまい、肝心のクライマックスを見逃している)
照明を点け、「ふう~」と恐怖から逃れた安堵のため息を深々とついた。
「ユノの従兄弟って何人いる?」
「従兄弟?
急にどうしたの?」
僕は唐突に質問を始めた。
(つづく)
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