(5)僕らが一緒にいる理由

 

「......」

 

外階段を上ってゆく夫の姿を、僕は茫然と眺めていた。

 

僕の脳内で、『浮気確定!』の黄色いランプが回転始めていた。

 

素早くアパートメントを観察した。

 

そのアパートメントが新しくもなく古くもなく、中流の学生や独身者が住んでいそうな佇まいだったら、リアル過ぎて落ち込んでしまっただろう。

 

その真逆のカントリー感とメルヘン感が凄い、絵本に登場しそうな建物だった。

 

いかにも小人が住んでいそうな...住んでいた!

 

丸石を敷き詰めたアプローチ沿いに、陶器製の小人が1体、2体、3体...6体で終わりかと残念に思って、外階段のステップ上に7体目がいた。

 

パステルカラー(暗くて分かりにくいけれど、多分ピンク色)の羽目板張りの壁に、格子窓、各部屋のドアもパステルカラー(多分、ミントグリーン)

 

外階段と外廊下の手すりには蔦植物のつるが巻き付いていて、真冬の今は枝だけだが 真夏の頃は旺盛に葉が茂るのだろう。

 

見上げると、暗さに目が慣れたおかげで三角屋根をしていることが分かった。

 

ここに煙突があれば完ぺきだった。

 

門扉の陰に潜む僕にこれっぽちも気付いていない夫は、ずんずん外廊下を進み、ど真ん中の部屋の前で立ち止まった。

 

両隣の各2部屋の住人は帰宅していないのか就寝後なのか、窓の向こうは真っ暗だった(つまり、夫が目指した部屋だけ灯りが点いていた、ということ)

 

両手が塞がっている為、夫は右手の紙カップを外廊下の手すりに置いた(当然、僕は頭を引っ込めた)

 

そして空いた右手でインターフォンを押す。

 

僕の体内の温度はぐんぐん上昇して頭へと駆け上がり、ついには沸騰したヤカンのごとくつむじからぴゅーっと蒸気が吹きあがった(あくまでもイメージ)

 

プツン、と切れた僕は気づけば階段を駆け上がっていた。

 

そして、外廊下をダッシュし、閉まりかけたドアの下に足を突っ込んだ。

 

「待て!」

 

僕は叫び、ドアの隙間から肩をねじ込んだ。

 

「!?」

 

僕のすぐ間近に見慣れたコートの後ろ姿があった。

 

夫は振り向いた先に居る突然の乱入者に、虚を突かれた表情をしていた。

 

そいつは鬼の形相をしているのだ。

 

例えば、いつもより早い時間帯に帰宅してみたら、行為の真っ最中だった夫と間男を目撃してしまった、まさにその時の表情だ。

 

「...チャンミン」

 

僕は内心で狂犬のように「う~」と唸っていた。

 

「......」

 

夫は言葉が出てこないらしく、口をポカンと開けて僕を見つめるばかりだった。

 

「何してるんだ、ユノ?」

 

僕は質問しながら、夫と対面する人物に視線を向けた。

 

ちょうど紙カップを手渡す瞬間だったらしい。

 

夫とその人物の手は、ひとつの紙コップを手にしている。

 

若い男だった。

 

彼もあっけにとられている。

 

年の頃10代後半。

 

オーバーサイズの細身で背は高い方だが僕と夫よりは低いようだ。

 

色彩感覚が乙女なアパートメントに反して、彼の服装はモノトーンにまとめられている。

 

BL作家の端くれであっても、その表情は浮気を押さえられた者たちにしては、危機感が足りないと見抜くことができた。

 

何て説明すればいいのかな。

 

「あちゃ~、しまった~」と苦笑している表情っていうのかな。

 

どこかでバレるだろうと見込んでいたのか、どこかでカミングアウトするつもりだったのか。

 

もっと深掘りしてみれば、いつか僕に探られるのを待っていた可能性も捨てきれない。

 

いずれにせよ、『浮気(不倫)』の可能性は消えた。

 

夫からの説明を聞く前に、僕の直感と観察力、BL作家の経験値から読み取れたのだ。

 

でも、僕に内緒で逢瀬を重ねていたのは事実だ。

 

この点については、こってりとお説教する必要がある!

 

「チャンミン、まさか尾けてきたのか?」

 

「そうだよ、その通りだよ。

じゃなきゃ、僕はここに居ないよ」

 

「だよな」

 

「で...誰?」

 

可能な限りの低音で、凄みをたっぷり込めた目で睨みつけた。

 

「え~っと...」

 

夫は僕の方に向き直ると、後ろ髪をかいた。

 

「最初に断言するが...浮気じゃない」

 

「分かってるよ。

若いツバメを持つにはユノはまだまだ若すぎる」

 

「!」

 

「冗談だよ。

で、誰?」

 

僕はあごをツンと上げ、腕を組んだ。

 

「彼は...」

 

夫は許可を得るように、背後を振り返った。

 

若い男は「いいよ」と頷いた。

 

「アオ君っていうんだ」

 

「アオ君...ね」

 

僕は夫の肩ごしに、アオ君とやらを見た。

 

「いくつ?

大学生?」

 

玄関のすぐ側に台所シンクがあることから、ぱっと見る限りこのアパートは単身者用の間取りのようだからだ。

 

「高校生」

 

「一人暮らししてるんだ、凄いね」

 

「ええ...まぁ...そうですね」

 

困り顔になったアオくんは、ぽりぽりと首筋をかいた。

 

片耳に光るものはピアスだ(今どきの高校生はおマセさんだ。校則で許されているのかな?)

 

「アオ君が高校生ってことは分かった。

どういう関係なの?」

 

アラサーの夫が高校生男子と接触する機会は、一体どこで生まれたのだろう?

 

(つづく)

 

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