(6)僕らが一緒にいる理由

 

「あなたがチャンミンさんですか」

 

「へ?」

 

アオ君...とかいう少年が発したこの言葉に、ビックリ仰天だった。

 

「僕のことを知っているんですか!?」

 

「今さっき、ユノさんがあなたを『チャンミン』って呼んでいましたよ」

 

 

「あ...そうだったね」

 

 

アオ君のごもっともな指摘に、僕は赤面するしかない。

 

(状況把握に躍起になっている僕は、新たなデータ...夫がアオ君から『ユノさん』と呼ばれている...を入手した)

 

アオ君は人見知りしないキャラクターなのだろう。

 

僕の乱入に驚いていたのもわずかな間だったらしく、今じゃニコニコ顔になっていた。

 

その悪びれた感じが全くないところも、浮気説を否定していた。

 

次に僕がやるべきことは、抱えた疑問をひとつ残らず解消してゆくことだ。

 

僕は夫に「どういうこと?」と目で問いただすと、彼は「今から説明するから、落ち着けよ」と口をパクパクさせた

 

浮気の可能性が消えたとしても、『僕に内緒』で『若い男』と会っていた事実にむしゃくしゃしていた。

 

夫は僕のご機嫌取りのエキスパートであるはずなのに、動揺から抜け出せないせいで、何から説明したらよいか言葉を探しているようだった(夫は嘘も下手だが、言い訳も下手だったことを思い出した)

 

この場で最も落ち着いていたのが、高校生のアオ君だった。

 

目と表情で会話をする僕らに、アオ君は「こんな所じゃなんですから」と上がり框から身をひいた。

 

「部屋に上がってください」

 

「でも...」

 

「自己紹介も途中ですから...ね」

 

夫を尾行していた間、僕の中で立てていたプランはこうだ...現場を押さえ泣きわめき、夫にビンタをし、浮気相手に罵詈雑言を吐いたのち、自宅まで連れ帰る。

 

...つまり、夫が会っていた件の人物の自宅に上がる予定など、全くなかったのだ。

 

ついさっき夫は浮気などしていなかったことが判明した(彼僕の直感が保証する)

 

でも、件の人物がアオ君という男子高校生だと分かった今、夫が彼の存在を内緒にしていた理由が知りたい。

 

「上がらせてもらおうか?」と、夫は僕の背を押した。

 

僕はとにかく不機嫌極まりない顔をしているけれど、真相が分かったおかげで張りつめた気持ちがほどけたのは確かだ。

 

ほっとしたことで、寒空の下夫を尾行してきた身体が、とても冷え切っていたことにようやく気付けた(興奮と緊張は寒暖の差を分からなくさせるらしい)

 

アオ君の背後に見える電気ストーブで暖を取りながら、「温かいものを飲みたいなぁ」なんて思ってみたりして。

 

 

「それじゃあ...」

 

僕と夫は靴を脱ぎ、アオ君に次いで室内へ上がった。

 

 

極端に物が少なく、がらんと寒々しい部屋だった。

 

アオ君は「引っ越したばかりなんです」と言った。

 

「引っ越したばかり?」

 

「はい。

学校の寮に居たんですが人間関係でいろいろあって...寮を出ることにしたんです」

 

「そうだったんだ」

 

「引っ越し作業やいろんなことを、ユノさんに手伝ってもらっていたんです」

 

「へぇ...」

 

アオ君は夫から買い物袋を受け取ると、「立ちっぱなしもなんですから、座ってください」と言って、カーペット敷の床にあぐらをかいた。

 

僕と夫は上着を脱ぐと、アオ君に倣ってその場に座った。

 

夫のコートはぞんざいに丸めただけだったため、僕は内心で舌打ちをしながら、彼のコートを裏返した。

 

「えーっと。

ユノとアオ君はどういったご関係で?」

 

せっかちな僕は、彼らのどちらかが紹介を始めるのが待てなかったのだ。

 

「行きつけの店のバイト生だったのかな?」と予想してみた。

 

夫の交友関係に口を出すような夫にはなりたくないけれど、今の僕は口を出さずにはいられずにいる。

 

それほど長い間、新たな人間関係を築く機会が夫にはなかった、というわけだ。

 

だから知り合いに10代の男の子がいると分かった今、僕は興味津々、謎を解きたいワクワクと、隠し事をしていた夫への苛立ちで感情的になっていた。

 

ユノばっかりズルい!...これが本音だ。

 

「ユノさんと僕は親戚です」

 

「!」

 

すとんと納得できる回答だった。

 

「そう!

そうなんだよ。

俺の...従兄弟の子どもだ」

 

何度も頷いてみせる夫が、若干嘘くさく見えた。

 

「へぇ...。

こんなに大きな子供がいる従兄弟がいるんだ」

 

「ああ。

チャンミンは会ったことないと思う」

 

「...なるほど」

 

すとんと納得できる回答だった。

 

僕らの結婚は親戚縁者から祝福を得たものではないため、親戚付き合いそのものがほとんどない。

 

もし、僕らをよく思わない彼らの中に、アオ君の両親が含まれているとしたら...。

 

こういった複雑な心境を前提にすれば、夫の消極的な態度も納得がいった。

 

「コーヒー...冷めてしまいましたね」

 

アオ君は紙カップの蓋をあけ、目を閉じてコーヒーの香りを嗅いだ。

 

カップを持つ細くて長い指は、すべすべしていた。

 

 

「おやすみなさい!」

 

アオ君はドアの外まで出て、帰宅する僕らを見送ってくれた。

 

アパートメントの門柱の辺りで振り向くと、アオ君は僕らの姿が見えなくなるまで見送るつもりらしく、彼のシルエットが手を振り続けていた(外灯の光量が貧弱で、階段の隅に居る小人を蹴っ飛ばしそうになってしまった)

 

僕は僕のマフラーを、夫は夫のマフラーをそれぞれ首に巻き、僕ら夫夫は帰路についた。

 

アオ君のアパートメントが完全に見えなくなった時、ダウンジャケットのポケットに、夫の手が忍び込んできた。

 

「やだね」と、少しだけ抵抗してみせた後、僕の片手は夫によってポケットから引き出された。

 

手を繋いでぽくぽくと、コンビニエンスストアの明かりに向かって坂道を下っていった。

 

「......」

 

夫の不自然な外出の行き先は判明したけれど、もうひとつ解けていない疑問がある。

 

「親戚の子なら、どうして僕に内緒にする必要があるんだ?」

 

アオ君の前では訊ねにくかった質問をしてみたら、夫はこう答えた。

 

「それは...恥ずかしいから言いにくいなぁ」

 

「そりゃあ、ますます僕に説明しないとね」

 

僕は握った指に爪を立てた。

 

(つづく)

 

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