<11月某日>
【旦那さん手帖】
6:00起床。
いつもより1時間以上早い起床。
私の隣は空っぽ。
書斎を覗くと、背中を丸めたチャンミンが、一心不乱にPCに向かっていた。
(私の奥さんは〆切迫る作家さんだ。
売れっ子かどうかはノーコメント)
〆切まで丸三日しかない。
私は全力でチャンミンをサポートするつもりだ。
・
チャンミンが書き上げる作品の、読者第一号は担当編集さんではなく、私である。
彼はしばしば(しょっちゅう?)、私に作品作りについてアドバイスを求める。
アドバイスにもならない話を、彼は熱心に聞いてくれる。
ところが、私が考えたネタをそのまま採用している時は稀で、まるで逆を突いてくる時がほとんどだ。
私と会話しながら、頭の片隅でストーリーを練っているんだろうな。
・
【6:15】
・洗濯機を回す
・お湯を沸かす
・
【6:30】
①インスタントコーヒーを淹れる。
②目玉焼きを焼く。
(黄味が破れずにうまく出来た。よし!)
③食パンを焼く
(干物を焼く網にのせて、ガス火で炙る。
中はふっくら、外はかりッと焼けるのだ)
④食パンに目玉焼きを挟む。
(※チャンミンが執筆で缶詰になることは、過去に何度もある。よって、家事能力はまあまあある)
トレーにのせて、チャンミンのところまで持っていく。
「ちぃっ」と舌打ち。
これは私に向けたものではない。
行き詰っている自分に苛立っているのだ(と、思いたい)
・
<弁当>
①タッパー(大)に詰めたご飯
②レトルトカレー
③タッパー(小)にミニトマトと大根の漬物を詰める
チャンミンの分も用意する。
(同じメニューだが、レンジで温められるばかりにしておく)
おやつも用意しておく。
(ひと口バウムクーヘン)
・
【7:00】
・洗濯物を干す。
・身支度する。
書斎を覗くと、皿もカップも空っぽになっている。
回収した食器を洗う。
・
【7:15】
「行ってきます」と、チャンミンの耳元で囁き、頬にキスをする。
チャンミン、ぼそっと「行ってらっしゃい」
チャンミン、PCのディスプレイから目を離さない。
起きてから一度も、目を合わせていない。
私はチャンミンの後頭部を、眼力こめて見つめる。
チャンミン、大きなため息。
チャンミン、立ち上がり私に近づくと、雑なハグ。
ムスっとした表情。
すぐにデスクに戻ってしまう。
家にいるとチャンミンの邪魔になるので、いつもの出社時間より早いが家を出る。
・
殺気立っている時は、そっとしておくのが一番だ。
そっとしておく、とは、「無視する」のとは違う。
遠くから君を見守っているよ、の徴はちゃんと伝わるようにしないといけない。
・
【19:30】
帰宅。
シンクに空になったカレー皿。
テーブルに用意したおやつも無くなっている。
レンジで温めた弁当を書斎に届ける。
風呂に入る。
湯上りにアイスクリームを食べる。
ニュース番組をチェックする。
ひとりきりもたまにはいい。
完全なひとりではないのが、いい。
ひとつ屋根の下、もう一人いる。
・
【22:00】
書斎をのぞき、「先に寝るよ」と声をかける。
弁当箱、空になっている。
チャンミンが振り向くまで、眼力こめて背中を見つめる。
はあ、とチャンミンのため息。
無精無精立ち上がり、私に近づくと雑なハグ。
すぐにデスクに戻ってしまう。
「無理するなよ」
チャンミン、こくん、と頷く。
・
細かいところまで記録してしまうところは、チャンミンに似てしまったのか?
【奥さま追記】
YES
<11月某日>
~〆切まであと3日の続き~
【旦那さん手帖】
夜中の2時に、執筆中のチャンミンの様子を見る。
腹が減っているようなら、夜食にラーメンでも作ってやろうと思った。
ところが、がっつり居眠りしている。
原稿を進行具合を確認すると、ページ数からして3分の1辺りか。
叩き起こさなくても大丈夫そうだ。
(新婚当時、寝かしておいたら〆切に間に合わなくなって、「なぜ起こしてくれなかったんだ!」と、度叱られたことがあったのだ)
『恥辱の学生服』を最初から書き直すと話していた。
ざっと読んでみて、唸ってしまう。
なるほど、そうきたか。
設定変更でエロさが増している。
よしよし、頑張ってるな。
よだれを拭いてやる。
<11月某日>
~〆切まであと2日~
6:30。
目覚めたら、背中にチャンミンがひっついていた。
(結局ベッドで寝ることにしたらしい)
私たちは30代、徹夜は1日が限界だ。
チャンミンの寝顔をじっくり観察してみる。
(無精ひげの生えた口周りは手で隠す)
うちの奥さんは寝顔が可愛らしいのだ。
30半ばのおっさんが、ぎりぎり17歳の少年に見えてしまうのは、惚れた欲目であると重々承知している。
・
【朝食】
・雑炊
(卵3個入り)
・ホットココア
起き出してきたチャンミン、朝ご飯を食べ出す。
・
【チャンミンからの質問】
C「高校生にエネマグラは早いだろうか?」
ーー早いに決まってる。
C「17歳と59歳の恋はどう思う?」
ーー孫と祖父だな。
C「昼休みと放課後とどちらがエロい?」
ーー放課後
C「英語と世界史とどちらがエロい?」
ーー意味が分からない。
・
家事を全て済ませ、「行ってきます」と声をかける。
ハグを待っていたが、
今朝のチャンミンは、深い深い思索の沼に沈んでしまっている。
そのままそっとしておく。
・
【20:30】
帰りが遅くなってしまった。
前もって知らせておこうと電話をしたが、電源を落としているようだった。
・
「ただいま」と玄関ドアを開けるなり、剛速球の奥さんが飛んできた。
チャンミンは無言で私にしがみついている。
チャンミンをそのまま引きずって、台所まで行く。
執筆が順調だとも、行き詰っているともどちらでも取れる。
こういう時は余計なことは言わないのが賢明。
夕飯の間中、チャンミン、私の背中にひっついている。
コンビニ弁当はお気に召さなかったらしい。
「おでんもあるぞ。
卵と餅巾着とどっちがいい?
大根か?厚揚げか?」
そのどれもがお気に召さないらしい。
(〆切前のチャンミンはとても気難しい)
「頭を使う仕事なんだから、脳みそにエネルギーをあげないといけないぞ?」と言ったら、「チャーハンが食べたい」と言う。
チャンミンほど上手くないが、卵チャーハンを作ってやる。
チャンミン、調理中の私の姿を後ろから眺めている。
緊張する。
床に中身をこぼさないよう慎重に、フライパンをゆする。
チャーハンが完成した時、おでんが無くなっていた。
腹が減っていたらしい。
・
「風呂へ入るか?」と尋ねたら、「入らない」と返答。
昨夜も入っていないが、別に構わない。
昨日から同じジャージ姿だったから、着替えさせる。
チャンミン、窒息しそうな馬鹿力でハグしたのち、ぷいっと書斎へと消えてしまった。
洗濯物を干し、ニュース番組を見て、この日記を書いている。
寝る前に書斎をのぞいて、バックハグをしてやろう。
頑張れチャンミン。
おやすみ。