僕らは週に1度は、居酒屋に行くかどちらかの部屋で飲んでいた。
男友達には見栄が邪魔して告白できないような内容も、ナナが相手なら暴露できた。
僕の部屋から出るナナと、付き合ってた彼女が鉢合わせになることが何度かあって、別れ話の原因になったのも当然か。
「ベッドの下に、女のパンツが転がっていそうで怖いんですけど」
ベッドの下を覗き込むナナ。
「パンツ履かずに帰る子がいるわけないだろ」
「それもそうだね」
僕らは、焼酎を100%グレープフルーツジュースで割ったものを飲んでいた。
「で、ビックニュースってなんだよ?」
「来週ね、S君と...デートすることになったのです!」
「......」
一瞬の間があいてしまった。
ナナは両手を握り締め、目をキラキラさせて僕の反応を待っている。
「やったじゃん」
濃い目に割った焼酎を飲み込んでから、ようやく言った。
「あーもー、どうしよう!」
ベッドに後ろ向きに倒れこんで、ナナは足をバタバタさせる。
「おい、パンツが見えた」
スカートがめくれあがった時、ナナの白い太ももの奥が見えてしまって、即座に目をそらす。
女の子の裸を見慣れているはずの僕の胸がカッと熱くなった。
「これは失礼」
ナナは起き上がると、スカートをひざの裏に押し込んだ。
ナナの脚が隠れてほっとした僕は、どぎまぎしている気持ちを誤魔化そうと、ナナのグラスに焼酎を追加してやる。
「何着ていこうかなぁ。
ねえ、チャンミン。
どんなファッションがいいかなぁ?」
酔いが回っているせいもあるだろうけど、紅潮したナナの頬はつやつやしていて、思わずつねってやりたくなる。
「うーん...」
僕は、ナナの全身を上から下へ一往復見る。
「いつもと同じでいいんじゃないかな」
「そう?
ありのままの私でいいってことね」
「ポジティブに捉えすぎるなよ、ナナ。
気持ちは半分くらいに抑えるんだ。
Sがドン引きするからな」
「分かってまーす」
僕は頬杖をついて、全身で喜びを溢れさせるナナを無言で観察していた。
笑顔がピカピカに光っていた。
そして、ナナが可愛い、と思った。
「S君が、私の初彼氏になるのね」
「気が早い奴だなぁ」
「S君と付き合うようになったら、チャンミンと遊ぶ時間が減っちゃうかも」
「お前といない分、僕も彼女といる時間が増える」
ふんと鼻で笑いながらも、僕の胸はきしんだ。
「そうなるね。
お互いよかったね」
「...全くだ」
嘘だ。
これまで僕は、ナナの恋路を本気で応援していた。
白衣の彼の時も、その次のコンパで知り合った年下の他大学生の時も。
応援できたのはここまでだ。
その次のパソコン教室の講師のあたりから、僕はおかしくなった。
ナナの恋が実らなければいい、と願う気持ちが湧いてきた。
恋焦がれる眼差しで、ナナに見つめられたいと望むようになった。
ナナに熱烈に想われたかった。
ナナとSとを橋渡しをしたのが僕。
Sと僕は科が違ったが、バイト先が一緒だったこともあって、わりと親しくしていたからだ。
テーブルに伏せた携帯電話が、震えた。
「チャンミン...出た方がいいんじゃない?」
夕方から30分おきに着信があった。
「はぁ」
僕はボタンを長押しして電源を切った。
「チャンミン?」
「このまま放っておけばいい」
「ひっどいな~、チャンミン。
T短大の子だっけ?2年生の子だっけ?」
「T短大の子が前カノ。
で、2年生の子が今カノ」
「同時進行じゃないよね?」
「僕は二股はかけない主義なんだ」
「チャンミン、前カノと未だ連絡とってるの?」
「まさか!
一度別れた相手とは、連絡はとらないよ」
しつこく電話をかけてくるのは前カノだった。
「あんたって、女にだらしない男に見えるのに、妙なところでケジメをつけてるんだから」
「だらしがないとは、聞き捨てならないね」
「ごめんごめん、そうだった。
あんたの場合、長続きしないだけだったよね。
あー、飲み過ぎたかも」
ナナは、またベッドに仰向けになってしまった。
僕ら二人で、既に焼酎1本を空けていた。
僕もナナも酒に強かった。
ナナは黙ってしまい、僕も無言でグラスを口に運んでいた。
ナナといるときは、何時間だって沈黙は怖くない。
交際中の彼女と一緒の時は、そういう訳にもいかないから気を遣って疲れることもある。
でも、恋愛ってそういうものだろう?
僕は彼女がいる時は、その子としかヤらない。
他の子がよくなったら、その子と別れる。
彼女がいないときは、誘われれば成り行きに任せてヤッた。
ことの後、相手が彼氏もちだとわかった時は、一気に醒めた。
ナナの存在が大きいくせに、軽々しく彼女たちと関係を持つ自分を軽蔑していた。
「もしチャンミンが彼氏だったら、嫌だな」
寝てしまったと思ったナナが、ぼそりとつぶやいた。
「え?」
僕は、仰向けになったナナの方をふり返った。
「もし、私がチャンミンの彼女だったら、
自分以外の女子が、あんたの部屋を出入りしてたら嫌だな」
「......」
「チャンミンにとって、私は男友達みたいな感覚なんだろうけどさ、
チャンミンの彼女にしてみたら、私は女子でしょ、一応?
嫌だろうなぁ...」
「急にどうしたんだよ?」
「S君の彼女になった時のことを想像してみたのよ。
S君のアパートに行くようになるじゃない。
で、S君の女友達とやらがしょちゅう出入りしてたら、
めちゃめちゃ嫌だなぁ、って」
「...確かに」
交際していた彼女たちがヤキモチを妬くたび、僕は「あいつは男みたいな奴だから」となだめたっけ。
「せっかくチャンミンのことを好きになってくれた子たちだよ。
大事にしなくっちゃ。
私も、チャンミンちに来るのを控えるからさ」
仰向けだったナナが寝返りを打って僕の方を見た。
とろんとしたまぶたの下で、ナナの瞳が鋭く光っていた。
「チャンミンって...
『来るもの拒まず、去る者追わず」主義でしょ?」
「......」
「それって...寂しいなぁ」
すると、ナナが手を伸ばして、僕の耳を引っ張った。
「シム・チャンミン。
絶対に手放したくない子がいたことある?」
「え...」
「チャンミンこそ、自分をもっと大事にしなよ。
あんたはかっこいいからさ、女子たちが寄ってくるのは当たり前だ。
そんな子らに、いちいちチャンミンをあげてたらきりがないって」
「......」
「今言った『チャンミン』って、あんたのムスコのことだよ。
通じた?
アハハハ」
ナナは、僕の耳を引っ張っていた手を放した。
「恋愛経験のない私に、こんなこと言う資格ないんだけどね」
ナナはそこまで言うとまぶたを閉じ、しばらくすると寝息が聞こえた。
僕の右耳がジンジンと熱かった。
ナナの言葉は、僕のウィークポイントを正確に捉えていた。
僕に好意を抱いてくれる彼女たちは、僕の自尊心と性欲を満たしてくれるだけの存在だ。
僕の周りでひらひらと舞い、僕という蜜を吸いに集まる蝶のようだ。
僕のことが好きだと甘い言葉を吐き、数度むさぼれば、他の花へと飛び去ってしまう。
僕も飛び去る蝶は追いかけない。
そして、次の蝶がとまるのを待つだけだ。
ナナが指摘する通り、むさぼられていたのは、僕の方だったかもしれない。
彼女たちは、僕というアクセサリーが欲しかっただけだ。
だから、あっさりと僕から離れていってしまうんだ。
軽くいびきをかいて眠るナナの肩に、タオルケットをかけてやった。
ナナの寝顔を見ながら、僕は思う。
片想いばかりのナナ。
ナナが好きになるやつは、振り向いてくれない。
僕も片想いだ。
ふりかえればすぐそばに僕がいるのに、ナナは気づかない。
「好き」の一言が、ナナに伝えられない僕は臆病者だ。
僕は、恋愛ごっこに興じているだけの醒めた男。
軽々しく自分の身体を、彼女たちに差し出す軽い男。
全力で恋をするナナに、こんな僕はふさわしくない。
恋愛に慣れていないのは僕の方だ。
「おい!」
ナナの肩を揺さぶった。
「ナナ!起きろ」
飲んだ後、ナナが僕の部屋で寝てしまうことは、しょっちゅうだった。
「う...ん」
「ナナ、帰ってくれ。
もうすぐ彼女が来るんだ!」
「えぇぇっ!」
がばっと、ナナは飛び起きた。
「ナナ、ごめんな」
「気にしないで!」
ナナは、自分が使ったグラスを手早く洗うと、髪を直す間もなく、
「じゃあね」
と、僕とお揃いのバッグパックを背負って部屋を出て行った。
ナナが帰った15分後に年下の彼女がやってきた。
小柄で目の大きい、可愛い子だ。
ナナの太ももの記憶がちらついて、僕はムラムラしていた。
観始めた映画の終わりまで待てずに、僕は彼女のうなじを押えて唇を奪う。
ブラウスをまくしあげ、彼女の胸を揉みしだく。
「いやいや」と言いながらも、彼女もその気満々だ。
ところが、熱っぽく僕を見上げる彼女の眼を見た瞬間、僕はスカートの中に差し込んだ手を、引き抜いた。
沈黙。
熱い雰囲気が一気に冷えたことに、あっけにとられる彼女から僕は顔をそむけた。
萎えてしまっていた。
僕は一体、何をしてる?
(つづく)