ナナの爆弾発言に、絶句した。
「ナナ...、とうとう頭がいかれたのか?」
息が詰まった後、僕はふざけた言葉を口に出すのがやっとだった。
「......」
ナナは本気だった。
なぜなら、ひそめた眉の下のナナの瞳が、怖いくらいに光っていたからだ。
「お前...自分が何を言ってるのかわかっているのか?」
「わかってる!」
「前にお前に言ったよな。
好きな奴としろって。
せっかく『その時』がきたんだろ?」
「だからだよ!」
「Sのこと、好きなんだろ?」
頷くナナ。
「じゃあ、どうして?」
「怖いのよ...」
「好きな相手なら、怖いことなんかあるもんか」
「S君が初めてだって知ったら、絶対に引く」
「経験が豊富な子よりは、全然マシじゃないか?」
「それじゃあ、チャンミンだったらどう?
本番前に、彼女が未経験だって知ったらどう?
ありがたる?
重いって思う?」
「...」
ナナの言う通りかもしれない。
初めて僕に身を任せてくれたんだと感激できたのは、まだ経験が浅い頃のことだ。
今じゃ、性急にコトを済ませたい僕にとって、処女とは邪魔な条件だった。
「ほら、そうでしょ?」
「うーん」
「チャンミンには、たいしたことないでしょ?
どんな子とでも出来るでしょ?
経験人数に私が加わっても構わないでしょ?」
「あのなぁ」
ナナの言葉に傷いた。
「あんたの見境のない下半身、なんとかしなさいよ」と、何度もナナにいさめられてきた僕なのに、今のナナの言葉は聞き流せなかった。
4年間ずっと、好きで好きで。
触れそうになる手を、何度握り締めたことか。
僕にモノにされてきた彼女たちには残酷だが、相手がナナの場合は「どうってことない」わけにはいかない。
「チャンミンは、私が相手じゃ嫌だろうけど」
「...嫌じゃないよ」
「私のこと、女として見られないだろうけど。
...一応、女だから」
「ナナのこと、男みたいだとは思ったことはないよ」
「ホントに?」
「ああ。
女として見てるよ」
「よかった」
固かったナナの表情が少し緩んだ。
微笑を浮かべたナナが、可愛かった。
僕らは、歩き出した。
「僕で、いいのか?」
「チャンミンだから、お願いしてるんだよ」
「どうして、僕なんだ?」
「チャンミンを...信用しているからだよ」
「やっぱり、Sとした方が...?」
「S君の名前をここで出さないでよ」
「相手が僕じゃ、変じゃないか?」
「チャンミンとがいいんだってば」
「好きな奴とした方がよくないか?」
「チャンミン、しつこいよ」
僕は、ナナの口から何を言わせようとしているんだろう。
「チャンミンのことが好きだから」の言葉が欲しいのか?
「好きだ」と言い出せない僕の代わりに、ナナに言わせようとしているのか?
「私...チャンミンのこと大好きだよ」
「え?」
踏み出そうとした脚が止まった。
立ち止まった僕に気付かないナナは歩き続ける。
「モテ男のチャンミンがさ、冴えない私の味方になってくれて」
「自分のことを、そんな風に言うのはよせよ」
隣に僕がいないことに気付いて、ナナはふり返った。
「ナナはいい女だよ。
もっと自信をもてったら」
「ホント?」
「うーん、強いて言えば、あと3㎏痩せたら...って!」
飛びついたナナに両耳をひっばられた。
背伸びをしたナナに、真正面から見上げられた。
「チャンミン...ありがと。
真剣に私を叱ってくれるあんたが、好きだよ」
「......」
僕は口がきけず、ナナを凝視するばかりだった。
口の中がカラカラだった。
その「好き」には、恋愛感情は混ざっているのか?
「...好きって...男としてか?」
ずっと聞きたくてたまらなかったことの、ほんの一片を口に出すのが精いっぱいだった。
ナナは、僕の両耳から手を放すと、数秒考えこんだのち、
「...どうだろうね...。
でも、好きなのは確かだよ」
と言って、肩をすくめた。
「よし!
さっさと、チャンミンちへ行こう!
私らにはこれからやることがある!」
ナナは、僕の手首をつかむとずんずんと歩き出した。
僕は何を期待していたんだ?
でも、完全に否定されなかったことが嬉しかった。
これまで僕は、ナナのちょっとズレたところに魅力を感じていた。
初彼との初夜のために、男友達に「初めて」を奪ってくれと頼むナナのズレっぷりに呆れた。
そんなナナのことが、僕はより好きになっていた。
「チャンミン、うんと優しくやってね」
「あ、ああ」
それにしても...。
参ったな。
この展開は、一体なんだよ。