ナナが浴室から出てくるまでの間、僕はカーテンを閉め、シーツを伸ばし、くずかごの中身を空けと、そわそわしていた。
なに緊張してるんだ。
こんな展開、慣れているはずだろ?
待ちきれなくて、シャワー中の女の子がいる浴室へ乱入する僕なのに。
だめだ、アルコールの力が必要だ。
落ち着かない気持ちを鎮めるため、買ってきたばかりのワインを開ける。
ふわっと温かい湿気とシャンプーの香りが漂ってきて、僕は振り向いた。
「チャンミン、お先」
「ナナ...」
浴室から出たナナを見て、僕はまた息が詰まる。
「服を着てきてどうするんだよ?」
「駄目だった?」
「駄目じゃないけど」
これまでナナは、僕んちでシャワーを浴びていくことも、泊まっていくことも何度もあったから、湯上りのナナを見るのは初めてではない。
意識し出すと、どうしてこうもナナが色っぽく見えるんだろう。
濡れた髪から、タイツを脱いだ素足まで、僕は上から下まで舐めるようにナナを見てしまった。
「バスタオルを巻いてくればいいの?
それとも、あんたのTシャツだけ着ればいいの?
それってやり過ぎじゃない?」
「いいよ、それで。
僕もシャワー浴びてくるから、待ってて」
狭いユニットバスで壁に手足をぶつけながら、手早く服を脱ぎ、勢いよく出したシャワーの下に立った。
床に転がり落ちた歯ブラシを拾い上げようと、身をかがめた時、洗面台の下に落ちているものに気付いた。
ナナの奴...。
余計な装飾のない、つるりと機能的な黒のブラジャーだった。
きっちりニットまで着込んでたくせに...小技を使うなよ。
僕も迷った末、着てきた服をそのまま身に着けて浴室を出た。
ナナはベッドにもたれて床に座っている。
僕も、ナナの横に、ナナにぎりぎり触れるか触れないかの距離に腰を下ろす。
「......」
参ったな...。
めちゃくちゃ緊張するじゃないか。
シム・チャンミン!
いつものペースを思い出せ。
僕はナナの耳の下からうなじへと手を差し込んで、ナナの顔をこちらに向かせた。
口紅を塗り直したナナの唇が赤く、僕を誘う。
「ホントにいいのか?」
コクリとナナが頷いたのを合図に、僕は頬を傾けてナナの唇にそっとキスした。
ヤバい...。
まだ、キスの段階で...。
ナナはじっとしている。
ナナも緊張しているんだろうか。
唇を合わせながら薄目を開けると、ナナの閉じたまぶたとまつ毛が間近で見えた。
僕の心臓はもう、爆発しそうだった。
ナナのニットを脱がせると、ベッドに横たえた。
怖がらせないように、ゆっくりと優しく。
「ん?」
抵抗もせず、僕にされるがままのナナ。
ナナの胸に手を這わせても、反応がない。
「ナナ?」
うっとりと半分閉じられた目は、うつろだ。
テーブルの下に空のボトルが転がっていた。
「ナナ、これ全部飲んだのか?」
コクリと頷くナナ。
いくら酒に強いナナでも、この量は多すぎだ。
「ナナ、やめようか?
酒の力を借りないとできないんだろ?」
そう言いながらも、僕の高ぶりは引き返せないくらいレベルに達していた。
「怖くないよ」
ナナの答えを聞く間もなく、僕はTシャツを脱いでベッドの向こうに投げ捨てた。
顔を向きを何度も変えながら、さっきより荒く口づけ、その唇を徐々に首筋から鎖骨へと滑らす。
首の付け根に強く吸い付いた。
ナナの反応はない。
ナナの口から、強いアルコールの香りが漂う。
横たわったナナの上に四つん這いにまたがった僕。
枕元についた僕の両手の間の、ナナの寝顔を見下ろしていた。
あごや頬に伸びた口紅の跡、意外に華奢な鎖骨や肩、僕が強く吸い付いてできた赤い痕から、僕は目をそらす。
「......」
僕は、ナナの上からひきはがすように降りた。
このまま進めてしまってもよかった。
でも、酔いつぶれた子とヤる趣味は、僕にはない。
もしナナが素面だったとしても、僕はできなかったと思う。
めくれあがったスカートの裾を直してやり、下ろしたファスナーを上げる。
エアコンの温度を上げ、眠るナナを毛布でくるんでやる。
ナナにお願いされたからヤるなんて、そんなの嫌だと思った。
僕はいいさ。
僕は好きなコとヤれるんだから。
ナナはどうなんだよ?
僕のことを信用できるからだって?
ナナの恋人は、僕じゃないだろう?
今みたいに簡単に、自分を差し出すなよ。
未経験なことでドン引きするSだったら、そんな奴やめてしまえ。
僕は毛布にくるまるナナに沿うように、隣に寝そべった。
夢をみているのか、かすかに震えるナナのまぶたに、僕は唇をそっと落とす。
ナナを守ってあげたかのような、妙な達成感に満たされていた。
何やってんだか、僕は...。
この夜、ナナを抱いてあげればよかった。
ナナと相思相愛になってからなんて、軽い男がこの期に及んで、綺麗ごとをならべたてるなんて。
僕ならうんと、うんと優しくナナを扱ったのに。
僕は、後悔している。