手のひらで湯面をなでる音だけが、狭い浴室に響く。
半日前の出来事は、夢みたいだったけれど、熱いお湯にしみる胸の先端が、あれは現実だったと教えてくれる。
透明なお湯の中で、赤く色づいたそこは自分のものなのに色っぽい。
腫れあがってひりひりする痛みすら、甘い余韻だ。
「あ」
疼きを覚えて股間に目をやると、ゆらめくお湯の中で僕のものが、軽く勃ちあがっていた。
あの時の余韻を思い出しただけで、これだもの。
強烈過ぎた。
我慢できずに、ゆるゆるとしごいていた。
彼女の手の感触を思い出そうとする。
僕のものを握った、ひんやりとした白い指を思い出す。
彼女は僕の背後から手を伸ばしていたから、姿は見えなかった。
巧みに指をうごめかせて、僕のものを前後させていたあの手を思い出す。
「はぁ...」
刺激が足りなくて、湯船から上がる。
大きく張り詰めたものを、ボディソープを広げた手の平で上下する。
滑りがよくなって、快感が増した。
「あ...」
あの時の刺激を再現しようとした。
目をつむって、思い出す。
身をよじって、はしたない声を漏らしていた僕を。
彼女の爪先が、僕の乳首にひっかけられて、きゅんと走った疼きを。
叩かれた尻の熱さを。
「可愛いよ」
「チャンミンは...いやらしい子」
耳元でささやかれた言葉。
ゾクゾクした。
往復するごとに、大きく硬く育ってきた。
「は...あ...」
ワンピースに覆われていた身体を想像する。
ワンピースを脱がせてあらわになった、彼女の裸を想像した。
僕の動きに合わせて揺れる胸と、つんと尖って固くなったその先端を僕は口に含む。
僕を舌なめずりするかのように見ていた目が、快楽に酔ってとろんとしたものに変化して。
彼女の両足を大きく割った箇所に、僕のものを深くうずめる...。
「んっ...」
往復する僕の手の加速が増した。
「ふっ!」
目をつむって天井を仰ぐ。
無音の浴室では、僕の股間からたてる、くちゅくちゅいう音だけが響いている。
しごく手の速度が、もっと増す。
「あっ...あぁっ...!」
絶頂の末、精液を吐き出した。
「はぁはぁ」
肩を揺らして、息を整えた後、シャワーで泡やら白濁した粘液やら洗い流していると、
突然、脱衣所から声をかけられた。
「チャンミン、着替えを置いとくよ」
一気に現実に引き戻された。
「あ、ありがとう」
「はあ」
前髪から汗混じりの水が、ぽたぽた落ちていた。
駄目だ。
まだまだ、足りない。
全然、足りない。
突然帰省してきた僕に、ばあちゃんは目を丸くした後、くしゃくしゃにした笑顔で僕を家に招き入れてくれた。
ばあちゃんの家は、すぐ側まで木々が迫る山すそにある。
褪せたトタン屋根と、ペンキの剥げた羽目板壁の古い建物だ。
ばあちゃんの家でもあるし、僕の家でもあるこの古い家が、子供の頃恥ずかしかった。
僕は、18歳でこの家を出るまでばあちゃんと2人暮らしだった。
僕が小学生だった時、両親を交通事故で亡くして以来、ばあちゃんが僕を育ててくれた。
ばあちゃんが唯一の家族だ。
「チャンミン、口をどうした?」
「あ...」
僕の唇を指さすばあちゃんの心配そうな表情を見て、ちょっとした罪悪感に襲われた。
「ぶつけたんだ。
大丈夫だよ」
まさか、女の人に噛まれたなんて言えないよ。
キキに噛まれた唇は、血は止まっているけれど、喋るたびピリッと痛みが走る。
「ごめんなさいね」
そう言って、帰り際、キキが唇に軟膏を塗ってくれたんだっけ。
僕の唇に触れる、彼女の薬指が色っぽくて、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
湿ったままの洋服を身に着ける間、キキはマットレスに腰かけ、じーっと僕を観察していた。
テーブル代わりのケーブルドラムの上に置いた、紙カップのストローを時おりくわえていた。
ごくごくと動く白い喉に目を離せなくて、僕の方もちらちらと彼女のことを観察していた。
いくつ位だろうか。
僕と同じくらいか、ちょっと上か。
身体が泳ぐくらいだぼっとしたワンピースを着ているけれど、裾から伸びる手首や足首の感じから、きゅっと引き締まった身体をしているに違いない。
僕に触れさせなかった身体。
僕と視線がぶつかると、キキはあでやかな笑顔を見せた。
「そんなに見つめられると溶けちゃうよ」
つい30分前まで、このマットレスの上で行われていたことが、夢みたいだった。
それくらい、彼女の表情は穏やかだった。
あの時の、獰猛なぎらついた目が信じられない。
今の瞳の色は、青みがかった墨色。
最中の時、もっと明るい青色だったような...気のせいだったか?
彼女を見て、異常なまでの性欲に襲われて押し倒そうとして、
僕ひとりが裸で、大の字になって、四つん這いにされて、
僕ひとりが、嬌声をあげて、彼女に導かれるまま射精した。
あられもない姿を晒した。
めちゃくちゃ興奮した。
とにかく気持ちよかった。
「気をつけて帰りなさいね」
シャッター前まで見送りに出たキキは優しくそう言って、何度もふり返る僕に手を振ってくれた。
・
雨は上がっていた。
時刻はまだ夕方前だったから、廃工場にいたのはわずか3時間ほどか。
ばあちゃんの家への続く、下草はびこる小道を湿ったスニーカーで歩きながら、思いを巡らす。
廃工場の外に出て、そこが近所の見知った建物であったことを知った。
何年も前に廃業した鉄工所で、山道から繋がる砂利道が生い茂る雑草で覆われている。
彼女はここに住んでいるのか?
まさか。
電気も通っていないはず。
野宿するよりも、雨露しのげるここを一晩の宿代わりに?
わざわざここに?
クエスチョンが、次々と湧いてくる。
今になって、常識的な思考が戻ってきた。
キキって一体、何者なんだ?
彼女が言っていたように、
「美味しそう」だったから拉致して、
僕を弄ぶという形で「食べた」のか?
じゃあ、「育てる」って?
僕の中に潜むマゾっ気を育てるってことかな。
まさか!
なんだか、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
ひとつだけはっきり言えるのは、
このことを、僕が望んでいるってことだ。
もう一度、味わいたい。
キキに触られ、舐められて、僕は恍惚の世界を縁から覗きこんだ。
身を乗り出して、その世界に飛び込んで、底まで沈みたい。
そんな考えを悶々と巡らしているうちに、ばあちゃんちの前にたどり着いていた。
「急だったから、何もご馳走を用意してやれなくてごめんな」
「ばあちゃんが作ったカレーは好物だよ」
ばあちゃんの作ったカレーは、大きめに切った野菜がごろごろ入っていて、肉の代わりにツナ缶を入れた素朴な味だ。
大食いの僕のために、大きな鍋いっぱいにカレーを作ってくれた。
「明日、ビールでも買ってこようかね?」
「いいよ、わざわざ」
ばあちゃんも年をとった。
前回帰省した時から3か月も経っていないのに、また小さく縮んだように見える。
「明日、僕が買いに行ってくるよ.
車を貸して」
ばあちゃんが買い物に使う軽自動車のことだ。
この辺りは、車がないと生活が出来ない。
「ありがとね」
「あと4日間はいるからさ、僕にできることはやるよ。
何か、力作業はある?」
「そうだねぇ、
車庫の中を片付けているんだよ。
雨漏りがしてね、屋根が。
車庫ん中に置いてたものが濡れるから、家ん中に移してる途中なんだよ」
「わかった。
僕に任せてよ」
「そうだ。
Sさんから猪肉をもらったんだよ。
冷凍庫にあるから、明日の夜、鍋にしようか?」
「猪肉?
この季節に、鍋?」
「猟師の有志で、処理場を建てたんだとさ。
最近は、ジビなんとかが流行りだそうだよ」
「ジビエ?」
「そうそう、ジビエ料理。
観光客を呼ぼうと、町も必死なんだよ」
「そうなんだ」
ばあちゃんと会話を交わしながら、僕の頭の中はセックスのことでいっぱいだった。
僕くらいの年の男なんて、こんなものなんだろうけど、今夜は度が過ぎている。
やばい。
スウェットパンツを、僕のものがくっきりと押し上げてきた。
ばあちゃんに気付かれないよう、背を向けて席を立ち食器を片付けると、まっすぐ自室へ向かった。
自慰では、足りない。
全然足りなかった。
翌朝、そそくさと朝食を終えると、僕はあの廃工場へ向かっていた。
雨の山道で、突き倒された時の僕はまさしく獲物で、
廃工場で、指だけでイかされた僕も、やっぱり彼女の獲物だった。
恐怖におののくどころか、滅茶苦茶にされたいと望んでいた。
僕は、喜んで彼女に身体を差し出すよ。
貪られたかった
快楽に狂いかけていた。
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