「キキ...ごめん」
キキの背中を力いっぱい抱きしめながら、彼女の耳元で謝罪の言葉を口にした。
「ごめん...こんな風にするつもりじゃなかったんだ」
キキの同意を得ぬまま、一方的に、後ろから、半ば犯すようにやってしまった。
「...これ、どうしたの?」
キキの指が、僕の腕に巻かれた包帯に触れた。
「ああ、これは...」
昼間、トタン板にひっかけて傷を負った件を話すと、キキは
「包帯を外して見せて」
と、耳を疑うようなことを言った。
「チャンミンの怪我をしたところが見たい」
(やっぱりキキは頭がおかしい人なのかもしれない。
傷口が見たいだって?)
「見せて」
腰をひいて僕のものを引き抜いたキキは、片足にぶら下がっていたショーツを蹴とばすように脱いだ。
僕も膝まで落ちた下着とデニムパンツを履く。
場内は真っ暗で、かろうじて互いのシルエットが判別できる程度だ。
キキに片手を引かれて、マットレスに腰を下ろした。
僕は懐中電灯で自分の腕を照らしながら、包帯をゆっくりと解いていくキキの指の動きをくいいるように見た。
「眩しいよ。
照らさないで」
キキが苛立ったような声を出したから、僕は慌てて懐中電灯の向きを脇にずらした。
テープを剥がすため、皮膚に爪が立てられる感触に鳥肌がたった。
僕の傷に触れないように ひと巻きひと巻き包帯を解いていく行為を官能的だと思った。
キキのまつ毛が震え、瞳がキラキラと光っていた。
キキの温かい息が僕の腕にかかり、さらに鳥肌がたった。
傷を覆っていたガーゼが取り除かれた時、キキの瞳の色が濃くなったような気がした。
あさってを向いた懐中電灯の乏しい灯りのもとだったから、なんとなくだけれど。
まだじくじくと血がにじむ傷口が、キキの食い入るような視線にさらされて、僕は猛烈に興奮した。
キキの白い喉が、ごくんと波打った。
キキとぴたりと視線が交錯した。
吸い寄せられるように、キキに顔を近づけたけれど、すんでのところで思いとどまった。
先刻キキを犯すような真似をした自分を、下半身に支配された自分を恥じていたからだ。
キスなんてしたら、止められなくなる。
「キキは...、
ここに住むの?
電気も通っているみたいだし」
その代わりに、僕はキキに対して抱いている疑問をひとつひとつ解消させることにした。
「そうね。
別荘代わりにするつもりだよ。
来週には工事が入る。
こんな状態じゃ...」
キキはぐるりと見渡して、首をすくめると、
「あまりにも、酷すぎるでしょ?
シャワー・ルームもトイレもない。
それじゃあ、チャンミンも困るだろうし。
いろいろと...出しちゃうでしょ?」
暗いから、カッと顔が熱くなった顔をキキに見られなくて助かった。
「ま、いざとなれば下で水浴びすればいいよね?」
キキは裏手の方を立てた親指で指した。
「川。
子どもみたいに川遊びできるんだよ。
楽しそうでしょ?」
「う、うん」
「キキは...どこに住んでたの?」
「世界中、あちこち」
「結婚は?」
「独身」
「いくつ?」
「女性に年齢を訊くものじゃないよ、失礼ね」
「仕事は?」
僕とそんなに年齢が変わらなさそうなのに、あんな高級車と、この建物を買ったか借りるかした資金力について気になっていた。
「投資」
「トーシ?」
「株とか、為替とかいろいろ。
あそこのスーツケースを持っておいで」
僕は立ち上がって、壁際に置かれた白いスーツケースを引きずってきた。
相当な重さで、傷を負った腕がひきつれるように痛んだ。
「開けてみて」
パチンパチンとロックを外して開けた中身を見て、絶句した。
「なんだよ、これ...」
隙間なく紙幣が詰められていた。
「当座の生活資金。
生きていくには、何かとお金がかかるでしょう?」
「それにしたって...」
「欲しければ、いくらでも持っていっていいわよ」
「馬鹿にするな!」
そりゃあ、僕が呑気に学生をやっていられているのも、両親の事故によって支払われた賠償金のおかげだ。
年をとっていくばあちゃんの面倒も、あちこちガタがきている家もいずれ何とかしなくちゃならない。
女だろうと、男だろうと、恵んでもらうなんて嫌だ。
僕を弄ぶ代わりの代償か?
ところで...僕とキキとの関係は何だ?
行きずりに出会った『セフレ』か?
僕らは、ただヤるだけの関係なんだろうか...。
複雑にこんがらかった気持ちの処理に困って僕は、キキの肩に腕をまわした。
僕の我慢も小一時間が限界だった。
「ちょっと待って」
寄せた僕の唇を押しのけて、キキは立ち上がるとケーブルドラムの上に置いた白い水筒の中身を飲んだ。
「水筒を買ってくれてありがとう。
便利ね、蓋が閉められるからこぼれないし。
冷たいものがいつでも飲めるし」
マットレスに腰を下ろした僕の元まで戻ってくると、点けっぱなしだった懐中電灯のスイッチを切った。
僕らは暗闇に包み込まれた。
僕の耳にふぅっと息が吹きかけられた。
「は...ぁ...」
僕の耳たぶが軽く咥えられ、耳の穴に舌が差し込まれた。
「あ...」
ぞわっと鳥肌がたった。
キキの頬を両手で挟んで、唇を重ねた。
キキの顎まで覆ってしまうほど大口を開けてできた空間で、互いの舌を絡めた。
唇を離して、キキの舌を頬張り吸う。
僕の唇の間から舌を抜いたキキは、
「チャンミン...どこでそんないやらしいキスを覚えたの」
と言って、今度は僕の舌を咥えこんだ。
「ん...ふ...」
キキを押し倒そうとしたら、「待って」と僕を制した。
衣擦れの音から、キキは着ているものを脱いだようだった。
僕も慌てて服を脱ぐ。
あまりに暗すぎて、互いの身体は見えないはずだ。
横たわった彼女の上に、僕は覆いかぶさる。
片肘で上半身を支えながら、彼女の身体の凹凸を把握しながら、手の平で撫ぜた。
初めて女性の生肌に直接触れた。
体毛もなく、滑らかで、柔らかさに感動した。
手のひらを優しく押し返す柔らかな弾力と、なだらかなラインに、僕の体内が沸騰してきた。
見えないからこそ、感覚が研ぎ澄まされる。
彼女の両腕は僕の脇から背中へまわされ、さわさわと指先で僕の背筋のくぼみを行ったり来たりしていて、ぞくぞくと気持ちがいい。
彼女の首筋に唇をつけ、軽く吸い付いた。
彼女の乳房をすくいあげるようにして揉んだり、指を離してふるっと拡がる感触を楽しんだ。
唇を付けたまま、鎖骨をたどって彼女の胸先を口に含む。
これも初めてだ。
舌触りで、その形と硬さを感じた。
前歯で軽く、ほんの軽く噛んでみたら、ピクリとキキの身体が震えて、それが嬉しくて、興奮を誘った。
彼女の太ももに僕のものが擦れて、あふれ出る先走りが潤滑剤となって、ますます気持ちがいい。
「あっ...」
僕のものが彼女の手で柔く握られ、ゆるゆるとしごかれた。
「あ...ぁ...」
恥ずかしげもなく漏らす自分の喘ぎ声にすら、興奮した。
彼女を愛撫する余裕が、全くなくなってしまった僕。
もう、待てない。
彼女の両膝を押し開いて、自分でも驚くほど硬く硬く成長したものを突っ込んだ。
「んん...」
快感の電流が背筋を駆けのぼる。
低い唸り声が喉の奥から発せられた。
彼女の腰を引き寄せて、根元まで沈めた。
「ふぅっ...」
両手の平を彼女の太ももに添えて、腰を前後に揺らし始めた。
滑らかに絡みつく彼女の膣内を味わい尽くそうと、感触に集中する。
僕の両膝がマットレスに食い込む。
マットレスのスプリングの弾みを利用して、リズミカルに腰を振る。
「はぁ...はぁ...」
彼女が放つ甘ったるい香りを胸いっぱいに吸い込んだら、快感は増して頭の中が真っ白になった。
気持ちがいい。
突き刺す角度を変えたくて、仰向けのキキの上に身を伏せる。
彼女の両膝を僕の腕でひっかけて、両ひじをマットレスにつけて身体を支える。
そうすると、互いの身体が密着し、より深く彼女の中を突けることが分かった。
気持ちいい。
僕が腰を振るたび、彼女の乳房も揺れる。
彼女の乳首が僕の胸をかする感触も、欲を煽った。
彼女に口づける。
「あっ...」
彼女の指が、僕の乳首にのびて、僕の背がびくりと震えた。
2本の指でくにくにと摘まんだり、緩めたり、爪を立てたりしだした。
「はぅっ...」
股間の刺激に、両胸の先端の刺激が加わって、快感を逃すコントロールがきかなくなってきた。
彼女は唇から離すと、僕の乳首に吸い付いた。
「くっ...駄目、駄目だって!
イっちゃうから...離せっ!」
彼女の肩を掴んでマットレスに押しつけたが、彼女の力は凄まじい。
僕の首にタックルすると、歯を食いしばる僕の口をぴったりと覆った。
息継ぎが出来ず顎を緩めた隙に、彼女の舌が侵入してきた。
彼女の舌を追いかける余裕もなくて、なぶられるがままでいた。
ずるりと彼女の口内に舌が引きずり込まれたかと思うと、甘噛みされる。
(噛まれる!)と覚悟したら、案の定彼女の歯が瞬間的に食い込んで、パッと口の中いっぱいに血の味が広がった。
どちらが流した血か分からないくらい、口内を混ぜあう行為で、僕の下半身へ流れ込む血流が増したようだ。
ぐっと睾丸がせりあがってきたのが分かった。
「も...うっ、駄目...だ」
限界が近づいてきて、僕の手汗で滑りそうになっていた彼女の腰を掴みなおした。
射精まで、あと少し。
がくがくと腰を揺らした。
天井を仰ぎ、目をつぶる。
股間の筋肉が収縮した。
「イくっ...イくっ...くっ...はっ...!」
彼女の一番深いところに、溜めた精液を放った。
ふるふるっと腰が震えた。
そして、彼女の上に崩れ落ちた。
愛し合った、と言えたのだろうか。
慣れない僕はやっぱり余裕がなくて、自分だけの快楽に夢中になってしまった。
キキの喘ぐ声も聴けなかった。
するすると滑りがよかったから、多分、感じていてくれたとは思うけれど、喘ぎを堪えている風ではなかった気がする。
そうだとしても、
初めて、愛情をもってキキに触れた、と思った。
僕の手の平に吸い付くほどしっとりとした肌や、くびれたウエストやつかんだ腰の細さに、心震えた。
冷たい肌。
けれども、中は温かい。
不思議な肉体の持ち主だ。
この行為に愛が宿っているのかどうか、キキがどう考えているかは分からない。
ほんの少しだけであっても、キキの実体を把握できたことに安心した僕だった。
これまで出会った女性の中で(なんて言っても、わずか20数年間の人生では)、最も美しい人で、バックグラウンドがいまいち掴み切れない謎な部分に惹かれている。
惹かれてる...なんて言い方はささやか過ぎる。
僕は初めて会ったときから、キキに夢中だったんだ。
例え性愛からスタートしたものだったとしても、快楽に溺れた末のものだったとしても。
僕の肉体ならいくらでも、キキに捧げるよ。
雨降る山道で、キキに襲われた。
キキは僕の捕食者で、僕はキキの獲物だ。
僕は、キキの側にいたい。
僕をいくらでも食べていいから。
彼女といられるのは、あと2日。
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