目にしてきたものなのに、認識までたどり着かないように目を反らしてきたもの。
僕にとってキキは血の通わない人形だ。
これはどこかで見聞きした言葉なんだけど、「まるで神様がこしらえたかのような」精巧で美しい人形だ。
けれども、きめの細かい冷えた肌の下は、温かく湿っているから、僕は大いに混乱してしまうのだ。
今朝のこと。
突き放されてパニックになった僕は、林の中で倒れこんだキキを欲望のまま押し倒してしまった。
僕にされるがままのぐったりとしたキキを所謂、犯してしまった。
そして、身動きしなくなってしまったキキに対して、僕は罪悪感に苛まれる間もなく、Sおじさんの助けを借りて林を抜けた。
処理場のステンレスの台の上で死体のように横たわるキキを、医者に診せることもしないSおじさんに僕は焦れた。
Sおじさんはキキのことを知っていた。
キキとの関係性を問うたら、「ギブアンドテイクの間柄だ」と言っていた。
彼の口から語られた内容に僕は驚嘆した一方で、「やっぱり」と納得していたのだ。
どうりでおかしいと思ったんだ。
予感が的中、「なるほどそういうことなんだ」って。
キキのことを不気味だと感じる以前に、答えが得られて満足していた。
確実なのは、キキの正体を知ったからといって、彼女から離れたい意志が僕には全然生じなかったということ。
おかしいだろう?
その後、彼がキキに施した「処理」を目の当たりにして、僕は血の気がひき、吐き気をもよおした。
昨日からほとんど何も口にしていないせいで、何度えづいても吐き出されたのは胃液のみだった。
キキの側にいるには、これらを受け入れなくてはならないんだと、口の中を苦みでいっぱいにしながら最後まで見届けた。
Sおじさんの車で、僕ら2人は廃工場まで送ってもらった。
ふらふらだが歩けるようになったキキを先に下ろし、車のドアを閉めた僕にSおじさんは言った。
「俺にはチャンミンに何もしてやれない。
チャンミンには気の毒だし、残念だ。
彼女に魅入られてしまったら、遠くへ離れるか、行きつくところまで行くしかない。
お前に酷いことをする女じゃないが...。
ただし、命を大事にしろ。
お前にはばあちゃんがいるんだからな」
今の今まで、ばあちゃんのことが頭からすっぽりと抜けていた。
「命を大事にしろ」というSおじさんの言葉は、後々の僕に突きつけられる時が訪れることになるなんて、その時の僕は聞き流していた。
僕は今、マットレスに腰掛けて、汚れた衣服を脱いで着がえているキキの後ろ姿を見守っている。
キキの動きは敏捷で、数時間前まで死体のようにくたりとしていたのが、嘘のようだ。
「チャンミンには心配かけてしまった」
ロング丈のTシャツワンピースに着がえたキキが、僕の方へ歩み寄った。
キキが差し出した手を握ると、僕の方に引き寄せた。
「私のこと...気持ち悪いでしょう?」
キキは肩に回された僕の腕の下から抜け出してしまった。
「離れていいのよ。
あなたは明日、街に戻る。
それっきり、離れて行ってしまって構わないのよ」
「離れるもんか」
僕は再びキキの肩に腕をまわす。
「こんな言い方じゃ、チャンミンの意志に任せるみたいで卑怯だから、言い直すわ。
私から離れて欲しい」
「嫌だ。
帰るのは止めにした。
学校なんてもう、どうでもいいんだ」
「駄目よ。
私はそんなことを望んでいない」
「僕は覚悟を決めたんだ。
確かにキキは不気味な存在かもしれない」
薄墨色のキキの瞳が、僕の瞳から感情を読み取ろうとしているかのようだった。
見る度に目まぐるしく色を変えるキキの瞳の色に、僕は惹かれていた。
瞳の色の法則も何となく、読めてきた。
「確かに、とても驚いた。
驚いたっていうレベルじゃないな、ははっ」
キキの頬を包み込むように、片手を添えた。
僕の熱い手の平が、キキの肌で冷やされていく。
「『怖くなかった』は嘘になるから、正直に言うけど、
ぞっとした」
でも、僕の深層心理では、とっくに気付いてた。
だから、本当のことをSおじさんに教えてもらって、腑に落ちた。
「信じられないだろうけど、
本当のことを知って、これで真正面からキキを好きになれる、って安心したんだ」
「......」
「駄目かな?」
キキは長い黒髪の間からのぞく小さな耳をすまして、僕の言葉を考え深げに聞いているようだ。
「僕の身体だけが好きならば、それで僕は十分だ。
僕のことを少しでも気に入ってくれているのなら、離れろなんて言わないで欲しい。
僕の身体が好きだって言ってたよね?
僕は、キキの側から離れないと決めたんだ」
僕の顔を穴が開くほどじぃっと見つめていたキキは、小さくため息をついて「そっか...」とつぶやいた。
「さて。
セックスでもしようか?」
「え?」
キキに胸を押された僕は、マットレスの上に仰向けになった。
キキの唐突な誘いに僕はポカンとしたが、僕らは会えば必ず交わる関係性だ。
キキの「セックスしようか」の台詞は、僕の言葉に対する肯定の返事だと捉えた。
キキの肩を引き寄せて、僕は彼女に深く口づけた。
1枚1枚相手の服を脱がし合い、焦らすように肌をさらしていった。
僕のものは痛いくらいにそそり勃っていて、キキの温かい口内に包まれた時には、喉の奥から低い呻きが漏れた。
初めての日のように、僕の乳首が執拗にいたぶられた。
右が済んだら、次は左。
左右両方。
1センチにも満たない1点から強い快感が全身を駆け巡る。
きつく吸われながら、後ろ手で僕の亀頭をしごかれた時には、はしたないほどの嬌声をあげていた。
「あっ...あ...」
辺りに響くのはやっぱり、途切れることのない僕の喘ぎ声だけだった。
「気持ちいいか?」
キキに問われて、僕は答える。
「すごく...気持ちがいい」
すぐに達してしまっては勿体なくて、激しい腰の振りを弱めた。
ゆっくりと出し入れしながら、キキと言葉を交わす。
「Sおじさんとは、どういう関係?」
衰弱したキキを助ける処置で精いっぱいだった僕が、Sおじさんに聞けずじまいだった疑問をキキに投げかけた。
「古い知り合い」
「古くから...」
不安げな僕のつぶやきに、キキは僕の頬を軽く叩いて言った。
「昔の恋人だ、とかじゃないから」
Sおじさんがキキのことをよく知っていたから、過去に関係を持っていたのでは、と嫌な思いが浮かんでしまったんだ。
「本当にそういうのじゃない」
キキを荒々しく四つん這いにさせて、突き出された割れ目に僕のものを深くうずめた。
キキの背中にぴったりと覆いかぶさる。
片腕をキキの腰に巻き付け、もう片方でキキの乳首を弄んだ。
ふわりと甘い香りが、僕の鼻孔をくすぐる。
そう、この香りなんだ。
僕を愉楽の蜜の壺に沈めるのは。
下腹部の奥がせり上がり、視界が狭くなってきた。
「キキっ...イクよ?...イクよ?」
これ以上はないほどのスピードで、かつ奥の奥を小刻みに叩く。
僕はキキの最奥に勢いよく放った。
決して子種にはならないその白濁は、キキの膣の中を充たし、したたり落ちて内腿を濡らした。
小一時間も経たずに硬さを取り戻した僕のものは、再びキキの穴に突き立てる。
「チャンミンは、若いわね」
キキはクスクスと笑った。
「そうだよ。
僕は若い」
「でももう、小学生じゃない」
「その通り」
僕のものの角度を変えて、中の上辺を強めにこすり上げた。
直後に白い喉を反らしたキキに、僕は満足する。
「明日になったら、帰るのよ」
僕はキキを横抱きにして挿入する。
「僕を...置いて行かないで」
「置いて行かない。
ここにいる」
力強いキキの腕によって、僕はキキを組み敷く格好になった。
「絶対だね?」
「ええ。
私も覚悟を決めた」
ついた両手の間で、キキの紺碧色の瞳が僕をまっすぐ見上げていた。
その場限りの言葉じゃないことが、伝わってきた。
身体の重なりを反転させ、僕の上にキキをまたがらせる。
キキの腰骨を両手でつかんで、上下に揺する。
同時に僕の腰も高く突き上げた。
1度目より時間はかかったけど、やがて僕は射精を果たした。
放心する僕の隣で、キキは半身を起こした。
キキの背中に見惚れた。
キキの背骨をひとつひとつ指でなぞり、手の甲で背中を撫で上げた。
美しい身体だった。
それなのに、血が通っていないなんて。
そうか。
温かみがないからこその美貌なのか。
キキのウエストをさらって、キキを包み込むようにきつく抱きしめた。
じっとしているだけでじわじわと汗がにじむ中、谷川の水のように冷たいキキの肌が気持ちよい。
割れた窓ガラスから、オレンジ色の夕日の光が差し込んでる。
太ももに当たるものに気付いたキキが、呆れた顔をした。
「まだヤルの?」
「そうだよ。
あと...18時間しかない。
時間が勿体ないんだ」
いつまでも、いくらでも、僕はキキと繋がっていたい。
性器の接触だけが、キキを身近に繋ぎとめられる唯一の行為だ。
それでいいじゃないか。
僕の心がキキの心には届くことは、最後まで訪れないかもしれない。
「僕は...何人目?」
気になって仕方がないことを、僕はとうとう口に出す。
「過去の恋愛にについて尋ねるなんて、無粋な子ね」
「5人目?
10人目?
それとも...もっと?」
「今はチャンミンなんだから、それでいいでしょう?」
「うーん...」
はぐらかされて、僕は不機嫌になる。
「誘惑してごめんなさいね」
「そうだよ。
最後まで責任をとって欲しい」
「純粋過ぎるあなたが怖くなる」
「だから、僕から離れたくなったの?」
「そんなところね」
「僕は死ぬまでキキの側にいる、何があっても」
「勇ましいわね」
「そうだよ。
僕は勇ましいんだ。
キキのことが、全然怖くないんだ」
乱れた前髪をかき分けて、僕はキキの額に唇を押し当てた。
暗闇の中、倒してしまった水筒からこぼれ落ち、コンクリートの床に作った染み。
懐中電灯の灯りに照らされて、赤く光った瞳。
「狂ってるわね」
「そうだよ。
僕は狂っているんだ」
(つづく)
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