視点を合わせないうつろな眼に、車窓を猛スピードで流れ去る景色が映っている。
傍らに置いた紙袋の中には、米やら漬物が入っている。
「まったく、どこをほっつき歩いていたんだい」と、ぷりぷりしながらばあちゃんが持たせてくれたものだ。
耳朶に指先を伸ばして、小さなかさぶたに触れた。
次いで手首をさする。
そして、昨晩から先ほどまでのことを反芻する。
「セックスしようか?」
ユノに誘われた。
1枚1枚相手の服を脱がし合い、焦らすように肌をさらしていった。
ユノのものが斜め上を向いて、そそり立っていた。
僕の方と言えば、股間の奥がじんじんと疼き、挿入されたユノの指にかきまわされて、喉の奥から低い呻きが漏れた。
初めての日のように、僕の乳首が執拗にいたぶられた。
右が済んだら、次は左。
最後は左右両方。
1センチにも満たない1点から強い快感が全身を駆け巡る。
きつく吸われながら、後ろ手で僕の亀頭をしごかれた時には、はしたないほどの嬌声をあげていた。
「あっ...あ...」
辺りに響くのはやっぱり、途切れることのない僕の喘ぎ声だけだった。
「気持ちいいか?」
ユノに問われて、僕は答える。
「すごく...気持ちがいい...んあっ...あぁっ」
すぐに達してしまっては勿体なくて、根元を握って抑えた。
「縛ってやろうか?」
「いい、握っているから...っは...」
僕はゆっくりと出し入れされながら、ユノと言葉を交わす。
「Sさんとは、どういう関係?」
衰弱したユノを助ける処置で精いっぱいだった僕が、Sさんに聞けずじまいだった疑問をユノに投げかけた。
「古い知り合い」
「古くから...」
不安げな僕のつぶやきに、ユノは僕の頬を軽く叩いて言った。
「昔の恋人だ、とかじゃないから」
Sさんがユノのことをよく知っていたから、過去に関係を持っていたのでは、と嫌な思いが浮かんでしまったんだ。
「本当にそういうのじゃない」
僕は荒々しく四つん這いにされて、突き出された割れ目にユノのものが深くうずめられた。
ユノが僕の背にぴったりと覆いかぶさる。
片腕を僕の腰に巻き付け、もう片方で僕の乳首を弄んだ。
ふわりと甘い香りが、僕の鼻孔をくすぐる。
そう、この香りなんだ。
僕を愉楽の蜜の壺に沈めるのは。
下腹部の奥がせり上がり、視界が狭くなってきた。
「チャンミンっ...イクよ?...イクよ?」
これ以上はないほどのスピードで、かつ奥の奥を小刻みに叩かれる。
僕の最奥に勢いよく放たれた。
僕は男。
決して子種にはならないその白濁は、僕の中を充たし、力を緩めるととろりと漏れ出た。
小一時間も経たずに硬さを取り戻したユノのものは、再び僕の穴に突き立てる。
「チャンミンは、若いなぁ」
ユノはクスクスと笑った。
「そうだよ。
僕は若い」
「でももう、小学生じゃない」
「その通り」
角度を変えて、中の上辺を強めにこすり上げた。
直後に白い喉を反らしたユノに、僕は満足する。
「明日になったら、帰るんだ」
ユノは僕を横抱きにして挿入する。
「僕を...置いて行かないで」
「置いて行かない。
ここにいる」
力強いユノの腕によって、再び僕はひっくり返されて彼の上にまたがる。
膝を立ててしゃがんだ僕は、腰を上下に振る。
「絶対だね?」
「ああ。
俺も覚悟を決めた」
ついた両手の間で、ユノの紺碧色の瞳が僕をまっすぐ見上げていた。
その場限りの言葉じゃないことが、伝わってきた。
「あっ!」
身体が反転し、うつ伏せになった僕の腰が高々と引き上げられた。
頬も肩もマットレスにくっ付けて、身体をくの字に折りたたまれた。
「チャンミンは、ここをいじられるのが好きなんだよな」
僕の入り口がちょうど真上を向いている。
とてもとても恥ずかしい場所が、ユノの目前にさらされている。
2本の人差し指で左右に押し開かれた。
「手を離しても...。
ぽっかり開いたまま。
チャンミンのいやらしい穴が開いてるぞ?
どスケベだなぁ」
恥ずかしい。
でも、嬉しい。
「...んんっ...」
「欲しいか?」
「うんっ...」
「どうされたい?」
「挿れて...早く!
早く挿れてよ!」
「やだね」
「挿れてよ!」
僕は突き出したお尻を振って、ユノのものにこすりつけた。
僕の唾液がマットレスを濡らしている。
僕は狂っているんだ。
「そんなに欲しいんだ?」
「欲しいよ!
ユノが欲しい...欲しいから。
早く!」
「可哀想に...」
ユノが僕の腰骨をつかんだ直後。
「んはっ...!!」
高く突き上げられた。
弱いところばかり、ユノの亀頭で刺激される。
「ダメダメダメっ...そこ、だめぇ...だめぇ」
深く突き刺したまま、僕の腰を上下左右に回転させる。
「やっやっ、やぁ...やっ...そこ、そこっ...やあぁ!」
玩具みたいにゆさゆさと揺さぶられて、僕のお腹の中で小さな爆発が何度も繰り返される。
全身の力が抜けてしまった僕は、何も見えていない。
1度目より時間はかかったけど、やがて僕は射精を果たした。
「はあはあはあはあ...」
僕の穴という穴から、ありとあらゆる液体が漏れ出ている。
どれくらい放心していたのだろうか。
もしかしたら、しばらく気を失っていたのかもしれない。
僕の隣で、ユノは半身を起こした。
ユノの背中に見惚れた。
ユノの背骨をひとつひとつ指でなぞり、手の甲で背中を撫で上げた。
美しい身体だった。
それなのに、血が通っていないなんて。
そうか。
温かみがないからこその美貌なのか。
ユノのウエストをさらって、ユノを包み込むようにきつく抱きしめた。
じっとしているだけでじわじわと汗がにじむ中、谷川の水のように冷たいユノの肌が気持ちよい。
割れた窓ガラスから、オレンジ色の夕日の光が差し込んでる。
太ももに当たるものに気付いたユノが、呆れた顔をした。
「まだヤルの?」
「そうだよ。
あと...18時間しかない。
時間が勿体ないんだ」
いつまでも、いくらでも、僕はユノと繋がっていたい。
性器の接触だけが、ユノを身近に繋ぎとめられる唯一の行為だ。
それでいいじゃないか。
僕の心がユノの心には届くことは、最後まで訪れないかもしれない。
「僕は...何人目?」
気になって仕方がないことを、僕はとうとう口に出す。
「ノーコメント」
「5人目?
10人目?
それとも...もっと?」
僕は構わず、粘った。
「今はチャンミンなんだから、それでいいだろう?」
「うーん...」
はぐらかされて、僕は不機嫌になる。
「誘惑して悪かった」
「そうだよ。
最後まで責任をとって欲しい」
「純粋過ぎるお前が怖くなる」
「だから、僕から離れたくなったの?」
「そんなところ」
「僕は死ぬまでユノの側にいる、何があっても」
「勇ましいね」
「そうだよ。
僕は勇ましいんだ。
ユノのことが、全然怖くないんだ」
乱れた前髪をかき分けて、ユノの額に唇を押し当てた。
暗闇の中、倒してしまった水筒からこぼれ落ち、コンクリートの床に作った赤い染み。
懐中電灯の灯りに照らされて、赤く光った瞳。
「狂ってるね」
「そうだよ。
僕は狂っているんだ」
(つづく)