両手を彼の枕元について、俺は寝顔を見下ろしていた。
彼は眠っていた。
閉じたまぶたが、震えている。
夢をみているのかもしれない。
わずかに開いた口元から、アルコールの強い匂いがする。
はだけたシャツからのぞいた薄い胸と、そこから繋がる長い首が艶めかしかった。
視線を下に移すと、太ももまで引き下ろされた細身のデニムパンツ。
俺は横たわっている彼の上に四つん這いになって、じっと見つめていた。
ああ、たまらない。
両脇についた手を、ぎゅっと固く握りしめた。
彼の首の付け根に付いた赤い痕。
さっき俺が付けてしまった、赤い痕。
俺はもう、制御不能に陥りそうだった。
「ユノ!
いい加減にしたらどうです?」
フライドポテトを咀嚼しながら、隣のチャンミンが俺の脇をつついた。
次の講義までの2時間を、カフェテリアで俺たちは時間を潰していた。
俺は恋人が出来ては別れるを短いスパンで繰り返している。
フリーの時はセックスにあけくれるような、「軽い男」だ。
それにひきかえチャンミンは、万年片想い。
あっという間に恋に落ち、思いつめ、真正面からぶつかって玉砕するを繰り返すのを、俺は4年間見てきた。
ちらっと、隣でフライドポテトをパクつくチャンミンを見やる。
チャンミンはよく見ると綺麗な顔をしているし、ひょろりと痩せすぎているが、手足が長いためシンプルなコーデでも見栄えがした。
なぜこうも恋が実らないのか、よく分からない。
相手を射るようなまっすぐ過ぎる眼差しに、相手が怖気つくのでは、と俺は分析しているけど。
彼氏いない歴21年。
そうだ。
チャンミンが好きになるのは、男限定。
そのことを、出会った時から隠さなかった。
むしろ、堂々としていた。
「いつかユノにバージンをあげますね。
誰ももらってくれなかったら」
「お断りする。
お前相手だと、勃たないかもしれない」
「ユノみたいな見境ない人に断られるなんて、男として終わりました」
膝に顔を伏せて泣く真似をするチャンミン。
「冗談だよ。
俺みたいな軽い男じゃなく、好きな奴のためにとっておくんだ」
「大事にしているうちに、骨董品になっちゃうよ」
「しょうがないな。
骨董品になりそうになったら、もらってあげるよ」
チャンミンの兄貴になったような気分で、彼の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「ユノは経験豊富だから、痛くないようにお願いします」
「プレッシャーだな。
男相手はしたことないだけどなぁ」
チャンミンといるのは楽しい。
チャンミンといると気が楽だ。
「ユノには何でも話せます」
ああ、俺も同感だ。
「モテない男とモテる男だなんて、正反対なのにね。
不思議ですね」
同感だ。
周囲が怪しむくらい、俺たちは常に一緒だった。
それでも。
俺とチャンミンは『そういう関係』にはならない。
・
カフェテリアを出た俺たちは、講義棟へ続く道を歩いていた。
「ユノは、カッコいいですね」
「俺の彼女になりたい子たちは、俺の顔が好きなんだよ」
「それは事実でしょうね」
チャンミンは俺の顔をまじまじと見つめる。
間近に迫ったチャンミンのツヤツヤとした瞳にドキリとする。
日光があたった瞳が薄茶色だった。
「顔よし、スタイルよし、頭よし。
三拍子揃ってますね」
俺を観察し終わったチャンミンは、歩調をゆるめて俺の背後にまわった。
「ユノ。
『俺のルックスだけじゃなくて、ハートも好きになってくれ』って女の子たちに求めるばかりじゃないですか?
ユノの方も、彼女たちの見た目に惹かれたんじゃないですか?
お互い様なんじゃないですか?」
「え?」
思わず後ろを歩くチャンミンをふりかえった。
「ユノの方からも、彼女たちを好きにならないと駄目ですよ」
「......」
図星だった。
彼女たちは甘い砂糖菓子だ。
最初のひと口は夢のようだけれど、ふた口目からは胸やけしてくるからもういらない。
「モテない僕が説教しても、説得力ないですね」
ハハハと自嘲気味に、チャンミンは乾いた笑い声をたてる。
笑いながらも、俺に向けられたチャンミンの瞳は、鋭い光をたたえていた。
油断していると、チャンミンのそんな眼差しに射られそうになる俺がいた。
チャンミンは常に、俺以外の誰かを見つめている。
チャンミンの眼には、男友達としての俺しか映っていない。
チャンミンにはむやみに手を出せない。
俺がチャンミンと「そういう関係」にならないのは、チャンミンに魅力がない訳じゃない。
「そういう関係」にならないよう、俺が自制しているからなんだ。
その反動なのか、最低な俺は、砂糖に群がる蟻のように寄ってくる女の子を次々といただいている。
「いい加減にしたらどうですか?」とチャンミンが言うのは、そういう訳だ。
(つづく)
[maxbutton id=”26″ ]
[maxbutton id=”25″ ]
[maxbutton id=”23″ ]