共にマットレスに崩れ落ちた。
呼吸のたびに僕らの湿った身体が大きくしなる。
息が整うまで、僕はしわくちゃになってしまったシーツに頬をくっつけていた。
ユノは僕の背中にのしかかったまま、胸に腕を巻きつけたまま離れてくれない。
「ユノ...重いです」
「んー...」
「ユノ...抜いてください」
「悪い!」
ずるんと引き抜かれる瞬間、少しだけ変な声が出てしまい、それを苦痛のものを勘違いしたユノ。
「ごめん、痛かったか?
痛かったよな?」
まるで僕が転んで膝を擦りむいた小学生みたいな心配の仕方をするから、可笑しくって吹き出しそうになる。
笑いを堪えてくっくっと肩を震わせていたのを、やっぱり痛みを堪えている様に勘違いしたユノ。
「ごめんな?
冷やした方がいいよな?
ちょっと見せてみろ?」
ユノったら、僕のお尻を覗き込もうとするから、我慢も限界で大きく吹き出してしまった。
「なんだよ?」
ユノはむすりとした表情で、僕の真正面で胡坐をかいた。
「ユノが過保護で面白いのです」
「悪いか―?」
「悪くないですよ。
もっと可笑しいのは、
指を包丁で切っちゃったとか、すねをぶつけてしまったり...じゃなくて、僕の場合は、お尻の穴、だなんて...ぷぷっ!」
「そこ、笑うとこか?」
「面白くないですか?」
「哀しき男同士...って奴か?」
ユノは僕のお尻をあごでしゃくって、「そんなことより、平気なのか?」と僕に訊く。
「平気です」
じんじんと熱を帯びていたけれど、なんて甘やかな痛みなのだろう。
幸せ過ぎてじわっと涙が浮かんでしまい、慌てて涙を拭ったところをユノに見られてしまって、
「チャンミーン。
ったく、泣くほど痛いんだろう?
よし、こっちにこい。
頭を撫ぜてやるから」
力づくに頭を引き寄せられ、ぐしゃぐしゃと髪を撫ぜられた。
「...っ...ユノぉ...」
ユノの裸の胸を涙で濡らし、ユノの逞しくて頼もしい腕に肩を抱かれ、もっともっと幸福感に満たされた。
「...なあ、チャンミン」
「はい」
ユノの低い声が、胸を伝って僕の耳にダイレクトに響いてくる。
「チャンミンは、俺の『彼氏』だ。
...そう思って、いいんだよな?」
「大歓迎です。
ふぅ...よかった」
「よかった、って何が?」
「俺の『彼女』って言われずに済んで」
「チャンミンは男だろ?
『彼女』なわけないじゃん。
ま、『彼女』みたいな感じだけどな、ははっ」
「ひどいですねぇ。
ま、そう思われても仕方がありませんけどね。
僕の『彼氏』はユノです。
『ユノが彼氏』って言うとしっくりくるんですよねぇ。
男らしさの差ですかね?」
「なんだっていいさ。
でさ、
チャンミンは、親友でもあるわけ」
「はい。
僕の親友はユノです」
「俺たちは親友だけど、今みたいにセックスもするの」
「そうなんですよねぇ。
ユノは親友でもあるし、恋人でもあるのです」
「親友でもあるし、恋人でもある...か。
凄いなぁ...」
ユノは何度も「凄いなぁ」とつぶやいた。
ユノの胸に預けていた頭を起こしたのは、彼の顔を見たくなったから。
射し込む朝日に照らされた、陶人形のようなユノの顔の凹凸。
まぶしそうに細めたまぶたの下で、黒より黒い眼がきらりと光っている。
ぞくぞくするほど綺麗だった。
痩せたみたいだから、何か美味しいものを食べさせてやらないと。
「はあぁぁぁ」
低くて深いため息とともに、ユノの頭ががっくりと折れて、僕は慌てた。
「ユノ...?」
「よかった...本当によかった」
「え?」
「チャンミンに、好きだと言われて、ほんっとうに嬉しかった」
普段はクールな印象の方が強い目元だけど、笑うと一気に幼くなるユノ。
「チャンミンに好かれていることは知ってたけど...こんだけ一緒にいるんだ、好きじゃなきゃ友達やってられないだろ?
そこに、恋愛感情込みの好きが加わったんだぜ?
すげぇ、嬉しいよ」
「僕も嬉しいです。
返事が遅くなってすみませんでした」
「その通りだよ。
遅いのなんのって。
...ってのは冗談。
本当はもっと時間がかかると予想してた。
あんなことがあったんだし。
俺はいつまでも待つつもりだったよ」
「ユノ...」
「そのつもりでいたら、まさかの『抱いてください』爆弾発言だぞ?
チャンミン...お前って奴は!って。
ビックリしたけど、お前がどんな奴なのか俺はよく知ってるから。
4年もそばにいたんだからな。
キレる前に、お前の話を最後まで聞こうと思ったんだ」
「ありがとう」
「どういたしまして。
お!
腹が減ったよな?
何か食べに行こうか?」
ユノはベッド下に散らばる僕らの服を手繰り寄せては、僕に放ってくれる。
広い肩から細いウエストへと繋がる線と、腕の上げ下ろしで浮かび上がる肩甲骨に見惚れていた。
ユノ。
僕の親友。
そして、僕の恋人。
「男女間に友情は成立するのか?」
これまで、命題のように何度も耳にしてきたこの言葉。
女の人を好きになることなどあり得ないし、女の人の友人なんて存在しなかったから、僕には関係のない言葉だった。
でも、ユノに対して抱いている感情の正体にやっとで気付いた今となると、「友情は成立するか」の問いにNOと答えたくなる。
恋愛感情を差し挟んだりしたら駄目だって、無意識に自制していたんだろうな。
常に恋をしていた僕だから、恋愛中のふわふわした感覚は何度も経験済み。
そんな浮かれた状態になってしまうんだから、ユノに恋愛感情を抱いた時点で、ユノとはこれまで通りにいられなくなる。
それは困る。
ユノの側にずっといたいし、からかったりからかわれたり、アドバイスしたり慰めてもらったり、意見の不一致で喧嘩したり仲直りしたり...そう、とにかくいろんな感情を彼と共有したかった。
ユノに恋してしまったら、恋愛感情がこれらの心温まるやりとりの意味合いがゆがめられてしまいそうで。
例えばユノからの忠告を素直に受け取られなくなったり、感情的にむきになって、キツイ言い方をされれば、嫌われたんじゃないかと不安になる。
それも困る。
でも、大丈夫だ。
僕らは両方を兼ね備えた仲なのだ。
ひとことでは説明しきれない関係。
「親友」だけじゃ足りない。
「恋人」だけでも足りない。
親友以上の、恋人以上の関係だ。
僕と同じくらい好きでいてくれたら嬉しいな。
そうだってこと、知ってるけどね。
「教科書って、なんでこうも高いんだろ?」
「さあ。
出版部数が少ないから、価格設定がどうしても高くなっちゃうんじゃないですかね」
「著者の教授がぼろ儲けをたくらんでいるとしか思えんな、俺には」
「あっ!」
ぐいっと腰を引き寄せられて、僕は驚きの悲鳴をあげてしまった。
すれ違う学生たちの視線を感じ、かっと熱くなった顔を伏せてしまう。
「気にすんな。
見せつけてやろうぜ」
僕らはカフェテリアへと続く構内の道を歩いていた。
恥ずかしくって身体を離そうとしたら、腰を抱くユノの腕に力がこもった。
「俺たちはずっと一緒だっただろ?
ホモなんじゃないかって、もともと噂されてたんだし。
今さら何照れてんだ、チャンミン?」
「えっと...僕は構いませんが、ユノの方が困るんじゃないかと...?」
僕といない時は、女の子たちの肩を抱いていたユノ。
今みたいに腰を抱いたり、人目のない隙にキスをしたり、ユノは僕らの関係を隠すつもりが全くないようだった。
新学期が開けた途端、男の僕といちゃいちゃしだしたから、周囲からひそひそと噂されてユノが困ると思ったのだ。
「俺はね、恋人とは正々堂々とイチャイチャする派なんだ。
今の恋人はチャンミンだから、イチャイチャして当たり前だろ?」
「『今の』ってどういう意味です?
じゃあ、今じゃなくなったら、次は誰なんですか?」
睨み目の僕に気付いてユノは、僕の耳元で囁いた。
「わざと言ってみた。
チャンミンがヤキモチを妬くかなぁ、って」
「ユノ!」
「あはははは。
安心しろ」
僕らは立ち止まった。
新入生のはしゃぐ声、カフェテリアから漂う食べ物の匂い、ポカポカとした陽気。
18歳の春、僕らは出逢った。
遅刻ぎりぎりで教室に駆け込んだ僕は、空いている席を探していた。
たまたま座った席がユノの隣だった。
出席カードと引き換えに、辞書とノートを貸してあげたんだった。
正反対な僕らだったけど、異常なくらい気が合って、いつも一緒だった。
もう4年になるのか。
ずっと見ていたから気付けずにいたけど、頬のラインがシャープになって男らしさが増したユノの顔。
「チャンミンに告白した日のことを覚えているか?」
「もちろん」
「俺はずっと、ずっとこの先も、ずっと。
チャンミンが好きだって、何度でも言うって。
約束しただろ」
「...はい」
「つまり...そういうことだ。
だから安心しろ、な?」
「はい。
ユノのユノはチャンミン専用です」
「覚えてるのはそこの部分だけか?」
「あはははは」
(おしまい)
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