俺たちは週に1度は、居酒屋に行くかどちらかの部屋で飲んでいた。
うまそうにグラスを空けるチャンミンを眺めながら、とりとめのない会話を交わす時間を気に入っていた。
他の男友達には見栄が邪魔して告白できないような内容も、チャンミンが相手なら暴露できた。
チャンミンは俺の話を相づちをうちながら最後まで聞くし、的確なアドバイスもくれる。
「で...結局ユノは、どうしたいのですか?」
チャンミンの口癖だ。
チャンミンのこの言葉に、何度気付かされることがあったことか。
俺の部屋から出るチャンミンと、付き合ってた彼女が鉢合わせになることはしょっちゅうで、チャンミンが男でよかったと胸をなでおろしていた。
彼女たちが男のチャンミンを見て誤解するはずがないのに。
彼女たちに対して後ろめたい気持ちを抱いてしまうのは、俺の恋心のせいだ。
異性に対するような想いを、同性のチャンミンに抱いている。
チャンミンの方はそんなつもりは全くなくても、俺の方はそんなつもりだ。
まるで異性に対するみたいな気持ちを彼に抱いている。
「ベッドの下に、女の子のパンツが転がっていそうで怖いですねぇ」
ベッドの下を覗き込むチャンミン。
「パンツ履かずに帰る子がいるわけないだろ」
「それもそうですね」
俺たちは、100%グレープフルーツジュースで割った焼酎を飲んでいた。
「で、ビックニュースってなんだよ?」
「うふふふ」
チャンミンは両手で口を覆い、その指先から半月型になった目が覗いている。
「S君と...デートすることになったのです!」
「......」
一瞬の間があいてしまった。
チャンミンは目をキラキラさせて俺の反応を待っている。
「やったじゃん」
薄目に割った焼酎を飲み込んでから、ようやく言った。
「あーもー、どうしよう!」
チャンミンは伸びをするように両腕を万歳して、ベッドに後ろ向きに倒れこんだ。
「おい、へそが見えてる」
トレーナーがめくれあがったせいで、チャンミンの下腹が覗いて、即座に目をそらす。
男のへそを見ただけなのに、俺の胸がカッと熱くなった。
「おっと失礼。
見苦しいものを見せてしまいました」
チャンミンは起き上がると、デニムパンツのウエストを引き上げた。
チャンミンのへそが隠れてほっとした俺は、どぎまぎしている気持ちを誤魔化そうと、チャンミンのグラスに焼酎を追加してやった。
女の子のものとは全く違う、余分な脂肪の全くない固く平らな腹だった。
「何着ていこうかなぁ。
ねえ、ユノ。
どんなファッションがいいと思います?」
酔いが回っているせいもあるだろうけど、紅潮したチャンミンの頬はつやつやしていて、思わずつねってやりたくなる。
「そうだなぁ...」
俺は、チャンミンの全身を上から下へ一往復見る。
「いつもと同じでいいんじゃないかな」
「そう?
ありのままの僕でいいってことですね」
「ポジティブに捉えすぎるなよ、チャンミン。
気持ちは半分くらいに抑えるんだ。
Sがドン引きするからな」
「分かってまーす」
俺は頬杖をついて、全身で喜びを溢れさせるチャンミンを無言で観察していた。
笑顔がピカピカに光っていた。
そして、チャンミンが可愛い、と思った。
「S君が、僕の初彼氏になりますね」
「気が早い奴だなぁ」
「S君と付き合うようになったら、ユノと遊ぶ時間が減っちゃいますね」
「お前といない分、俺も彼女といる時間が増える」
ふんと鼻で笑いながらも、俺の胸はきしんだ。
「そうなりますね。
お互いよかったですね」
「...全くだ」
嘘だ。
これまで俺は、チャンミンの恋路を本気で応援していた。
白衣の彼の時も、その次のコンパで知り合った年下の他大学生の時も。
応援できたのはここまでだ。
その次のパソコン教室の講師のあたりから、俺はおかしくなった。
チャンミンの恋が実らなければいい、と願う気持ちが湧いてきた。
恋焦がれる眼差しで、チャンミンに見つめられたいと望むようになった。
チャンミンに熱烈に想われたかった。
・
チャンミンとSとを橋渡しをしたのが俺。
Sとは科が違ったが、バイト先が一緒だったこともあって、わりと親しくしていたからだ。
テーブルに伏せた携帯電話が、震えた。
「ユノ...出た方がいいんじゃないですか?」
夕方から30分おきに着信があった。
「はぁ」
俺はボタンを長押しして電源を切った。
「ユノ?」
「このまま放っておけばいい」
「ひどいですねぇ。
T短大の子?
それとも2年生の子でしたっけ?」
「T短大の子が前カノ。
で、2年生の子が今カノ」
「同時進行じゃないですよね?」
「俺は二股はかけない主義なんだ」
「前カノと未だ連絡とってるのですか?」
「まさか!
一度別れた相手とは、連絡はとらないよ」
しつこく電話をかけてくるのは前カノだった。
「ユノは女の子にだらしない男に見えるのに、妙なところでケジメをつけてるんですね」
「だらしがないとは、聞き捨てならないね」
「ごめんごめん、そうでした。
ユノの場合、長続きしないだけだったよね。
あー、飲み過ぎたかも、です」
チャンミンは、またベッドに仰向けになってしまった。
チャンミンはほぼ一人で、焼酎1本を空けていた。
チャンミンは酒に強かった。
チャンミンは黙ってしまい、俺は無言でグラスを口に運んでいた。
チャンミンといるときは、何時間だって沈黙は怖くない。
交際中の彼女と一緒の時は、そういう訳にもいかないから気を遣って疲れることもある。
俺は彼女がいる時は、その子としかヤらない。
他の子がよくなったら、その子と別れる。
彼女がいないときは、誘われれば成り行きに任せてヤッた。
ことの後、相手が彼氏もちだとわかった時は、一気に醒めた。
チャンミンの存在が大きいくせに、軽々しく彼女たちと関係を持つ自分を軽蔑していた。
(つづく)
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