(3)抱けなかった罪

 

俺たちは週に1度は、居酒屋に行くかどちらかの部屋で飲んでいた。

 

うまそうにグラスを空けるチャンミンを眺めながら、とりとめのない会話を交わす時間を気に入っていた。

 

他の男友達には見栄が邪魔して告白できないような内容も、チャンミンが相手なら暴露できた。

 

チャンミンは俺の話を相づちをうちながら最後まで聞くし、的確なアドバイスもくれる。

 

「で...結局ユノは、どうしたいのですか?」

 

チャンミンの口癖だ。

 

チャンミンのこの言葉に、何度気付かされることがあったことか。

 

俺の部屋から出るチャンミンと、付き合ってた彼女が鉢合わせになることはしょっちゅうで、チャンミンが男でよかったと胸をなでおろしていた。

 

彼女たちが男のチャンミンを見て誤解するはずがないのに。

 

彼女たちに対して後ろめたい気持ちを抱いてしまうのは、俺の恋心のせいだ。

 

異性に対するような想いを、同性のチャンミンに抱いている。

 

チャンミンの方はそんなつもりは全くなくても、俺の方はそんなつもりだ。

 

まるで異性に対するみたいな気持ちを彼に抱いている。

 

「ベッドの下に、女の子のパンツが転がっていそうで怖いですねぇ」

 

ベッドの下を覗き込むチャンミン。

 

「パンツ履かずに帰る子がいるわけないだろ」

 

「それもそうですね」

 

俺たちは、100%グレープフルーツジュースで割った焼酎を飲んでいた。

 

「で、ビックニュースってなんだよ?」

 

「うふふふ」

 

チャンミンは両手で口を覆い、その指先から半月型になった目が覗いている。

 

「S君と...デートすることになったのです!」

 

「......」

 

一瞬の間があいてしまった。

 

チャンミンは目をキラキラさせて俺の反応を待っている。

 

「やったじゃん」

 

薄目に割った焼酎を飲み込んでから、ようやく言った。

 

「あーもー、どうしよう!」

 

チャンミンは伸びをするように両腕を万歳して、ベッドに後ろ向きに倒れこんだ。

 

「おい、へそが見えてる」

 

トレーナーがめくれあがったせいで、チャンミンの下腹が覗いて、即座に目をそらす。

 

男のへそを見ただけなのに、俺の胸がカッと熱くなった。

 

「おっと失礼。

見苦しいものを見せてしまいました」

 

チャンミンは起き上がると、デニムパンツのウエストを引き上げた。

 

チャンミンのへそが隠れてほっとした俺は、どぎまぎしている気持ちを誤魔化そうと、チャンミンのグラスに焼酎を追加してやった。

 

女の子のものとは全く違う、余分な脂肪の全くない固く平らな腹だった。

 

「何着ていこうかなぁ。

ねえ、ユノ。

どんなファッションがいいと思います?」

 

酔いが回っているせいもあるだろうけど、紅潮したチャンミンの頬はつやつやしていて、思わずつねってやりたくなる。

 

「そうだなぁ...」

 

俺は、チャンミンの全身を上から下へ一往復見る。

 

「いつもと同じでいいんじゃないかな」

 

「そう?

ありのままの僕でいいってことですね」

 

「ポジティブに捉えすぎるなよ、チャンミン。

気持ちは半分くらいに抑えるんだ。

Sがドン引きするからな」

 

「分かってまーす」

 

俺は頬杖をついて、全身で喜びを溢れさせるチャンミンを無言で観察していた。

 

笑顔がピカピカに光っていた。

 

そして、チャンミンが可愛い、と思った。

 

「S君が、僕の初彼氏になりますね」

 

「気が早い奴だなぁ」

 

「S君と付き合うようになったら、ユノと遊ぶ時間が減っちゃいますね」

 

「お前といない分、俺も彼女といる時間が増える」

 

ふんと鼻で笑いながらも、俺の胸はきしんだ。

 

「そうなりますね。

お互いよかったですね」

 

「...全くだ」

 

 

嘘だ。

 

これまで俺は、チャンミンの恋路を本気で応援していた。

 

白衣の彼の時も、その次のコンパで知り合った年下の他大学生の時も。

 

応援できたのはここまでだ。

 

その次のパソコン教室の講師のあたりから、俺はおかしくなった。

 

チャンミンの恋が実らなければいい、と願う気持ちが湧いてきた。

 

恋焦がれる眼差しで、チャンミンに見つめられたいと望むようになった。

 

チャンミンに熱烈に想われたかった。

 

 

チャンミンとSとを橋渡しをしたのが俺。

 

Sとは科が違ったが、バイト先が一緒だったこともあって、わりと親しくしていたからだ。

 

テーブルに伏せた携帯電話が、震えた。

 

「ユノ...出た方がいいんじゃないですか?」

 

夕方から30分おきに着信があった。

 

「はぁ」

 

俺はボタンを長押しして電源を切った。

 

「ユノ?」

 

「このまま放っておけばいい」

 

「ひどいですねぇ。

T短大の子?

それとも2年生の子でしたっけ?」

 

「T短大の子が前カノ。

で、2年生の子が今カノ」

 

「同時進行じゃないですよね?」

「俺は二股はかけない主義なんだ」

「前カノと未だ連絡とってるのですか?」

「まさか!

一度別れた相手とは、連絡はとらないよ」

 

しつこく電話をかけてくるのは前カノだった。

 

「ユノは女の子にだらしない男に見えるのに、妙なところでケジメをつけてるんですね」

 

「だらしがないとは、聞き捨てならないね」

 

「ごめんごめん、そうでした。

ユノの場合、長続きしないだけだったよね。

あー、飲み過ぎたかも、です」

 

チャンミンは、またベッドに仰向けになってしまった。

 

チャンミンはほぼ一人で、焼酎1本を空けていた。

 

チャンミンは酒に強かった。

 

チャンミンは黙ってしまい、俺は無言でグラスを口に運んでいた。

 

チャンミンといるときは、何時間だって沈黙は怖くない。

 

交際中の彼女と一緒の時は、そういう訳にもいかないから気を遣って疲れることもある。

 

俺は彼女がいる時は、その子としかヤらない。

 

他の子がよくなったら、その子と別れる。

 

彼女がいないときは、誘われれば成り行きに任せてヤッた。

ことの後、相手が彼氏もちだとわかった時は、一気に醒めた。

 

チャンミンの存在が大きいくせに、軽々しく彼女たちと関係を持つ自分を軽蔑していた。

 

(つづく)

 

 

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