ユノに深く口づけながら、ユノの背中に回した手を撫でおろした。
お尻を丸みを手の平でなぞったあと、ユノのパンツのボタンを外して、その隙間へ指を侵入させた。
僕の手が瞬時にフリーズした。
絡めていた舌も一緒にフリーズして、ユノから唇を離した僕は「マジか...」とつぶやいた。
「そうだよ。
俺は男だよ」
マジかよ。
いざセックスをしようとした相手が、「男」だった。
「気付かないチャンミンが悪い」と、ユノはマジな顔で言った。
必修科目の実習で同じグループになったのが、チャンミンと顔を合わせた最初だ。
この日は、ホルスタイン牛の直腸検査実習だった。
牛の肛門から腕を差し入れ、直腸越しに内蔵を触診するのだ。
青いシャワーキャップみたいな帽子とマスクをつけ、学校指定のつなぎに白い長靴姿だった。
つなぎの胸ポケットに名前が縫い付けられている。
えらく背が高い奴だなぁと、最初にチャンミンのスタイルに目がいった。
近くで見ると、キャップとマスクの間で、長いまつ毛をぱちぱちとさせた丸い目で、えらく可愛いかったんだ。
この時だ、俺のハートに矢が刺さったのは。
ちょっと待てよ、こいつは「男」だぞ、と即行この想いを打ち消そうとした。
ところが、男とか女とかの道理を超越した魅力を、チャンミンから感じ取っていたから、打ち消すのを取り消した。
直腸検査の実施者には、向き不向きがある。
俺もチャンミンも「細くて長い腕」を持っていたから、トップバッターは俺、二番手はチャンミンの順で行い、太過ぎるマッチョ君と短い女子二人は牛の保定と撮影係に、役割分担した。
つなぎの上は脱いで、袖をウエストで縛り、Tシャツを肩の上まで捲し上げると、滑りをよくするため石鹸水を腕に塗り付ける。
院生の指示通り、腕を肩まで差し入れる。
チャンミンは、俺の頭を打たないように牛の尻尾を押さえる役だった。
強力な吸引力で俺の腕が、奥へ引きずり込まれそうになる。
「ここが子宮」と指先で感触を確かめているとき、隣に立ったチャンミンと目が合った。
バシッと音がしそうなくらい、直球の眼差しがぶつかった。
ますますヤバイ、と思った。
チャンミンの番になって、捲し上げたシャツからむき出しになった三角筋や、曲げた際に現れた上腕二頭筋の盛り上がりに、ごくりと喉が鳴った。
男の目から見ても、なかなか見惚れるだけある「いい腕」をしていた。
指をすぼめてずぶずぶと、腕を挿入していく。
粘膜を傷つけないようそろそろと腕を進め、肩まで挿入し終えると、チャンミンはふうっと息を吐いた。
「手の平を下に向けて...違う...少し腕を引いて」
院生の指示に従っているが、目当てのモノの場所が分からないらしい。
眉尻を下げ、「あれ?」「ここ?」と困惑顔だ。
「そんなにかき回したら、シロちゃん(牛の名前だ)が苦しがる!」と、院生に叱られている。
尻尾を押さえていた俺は、チャンミンに顔を寄せ、自分も腕を伸ばして「この辺り」と身振りで教えてやる。
潤んだ目をしたチャンミンと、横目で目が合った。
チャンミンのまぶたが瞬間、ピクリとしたのを俺は見逃さなかった。
マスクの下では、口をゆがめているんだろう。
やたら色っぽい顔だった。
牛の直腸検査という極めて直実的な現場で、「牛の肛門に手を突っ込む」なんていう行為のせいで、余計にそう感じてしまった。
チャンミンの前髪から汗がしたたり、マスクに隠された彼の端正な頬を滑り、顎まで到達するとぽたりと落ちた。
牛の体内は熱いくらいだから、初夏の牛舎での実習は余計に汗をかく。
背中に汗でTシャツが張り付き、襟足の髪も濡れていて、アレの後みたいだなと俺の想像は逞しい。
マスクで隠されている分、眼差しに込めた想いが際立った。
ホルスタイン牛の腰角越しに、俺とチャンミンの心は繋がった。
実習後、夕日で赤く染まる牛舎の影で、俺たちはキスをした。
身長は少しだけ、チャンミンの方が高かった。
マスクを外したチャンミンは、鼻やあごの造りがしっかりしていて、優し気な目元とのアンバランスさが魅力的だった。
チャンミンの方も、マスクを外した俺の顔を食い入るように見つめていた。
最初は触れ合うだけの軽いものだったのが、次第に熱を帯びてきて、牛舎の壁に背を押しつけられ、口内を探る深いものへとなった。
チャンミンと俺が同性同士だってことなんか、大した問題じゃなかった。
俺たちは言葉を交わしていなかったが、雰囲気だけで相性が分かった。
顔だろうが腕だろうが、相手の持つものから美を見いだせたのなら、それでいいんじゃないかと思うんだ。
つなぎに長靴姿なことに気付いて、顔を見合わせて苦笑した俺たちは、先へ進めるためにはまずは着がえようとロッカールームへ向かった。
男子更衣室に堂々と入室する俺に、チャンミンは驚いたようだった。
「もしかして」と俺は思った。
初対面のチャンミンが、俺の性別を間違えても無理はないと思った。
俺は色白で、ぽってりとした唇は常に赤みを帯びていて、顔のパーツも繊細な方だ。
最近身体を絞ったこともあり、スリムで華奢なイメージが増したかもしれない。
チャンミンに背を向け、暑苦しいつなぎを脱ぎ捨て、パンツを履いた。
ロッカーの扉に指をかけたまま、こちらを探るように見るチャンミンの口が半開きだった。
振り向いてあごをしゃくってみせたら、はっとしたようにチャンミンも着がえだした。
慌てたチャンミンは、パンツに脚を通す際よろめいて、ロッカーに肩をぶつけていた。
可笑しくなった俺は、チャンミンのうなじに手を差し込んで、唇を奪った。
ぐいぐいと舌をねじこんだら、チャンミンのこわばっていた顎の緊張がたちまち解けて、俺の唇全部を覆いかぶせるように重ねてきた。
無人のロッカールームに、唇と絡め合う舌がたてる水っぽい音が響く。
「は...」
重ねた唇の間から漏れるチャンミンの吐息が切なげだった。
チャンミンの高ぶりは、手に取るように分かる。
一目で強力な吸引力で惹かれ合った二人が、こんなにいやらしいキスを交わしているんだから。
意地悪をしたくなった俺は、俺の方もそうだとバレないよう、押しつけられるチャンミンの腰と中心をずらす。
「んっ...」
チャンミンの俺の肩を抱く腕に力が増し、その手が俺の背中をまさぐりだした。
俺も汗で張り付いたTシャツの上から、チャンミンの胸に手を滑らす。
湿ったシャツを乾かしてしまいそうなくらい熱く火照っていた。
手の平の下でチャンミンの鼓動がドクドクと打っている。
もちろん、俺の心臓も痛いくらいに速く、力強く打っている。
チャンミンの手が俺の尻にまわされ、形を確かめるようになぞったり、指先に力をこめて揉んだりしだした。
いつ気付くか?
背後から、俺の腰骨をなぞるようにチャンミンの手が前に回り、器用にパンツのボタンを外した。
ゆるんだパンツの隙間から、チャンミンの手が差し込まれる。
チャンミンの手がびくっと震えたのち、フリーズした。
唇を離すと「マジか...」とかすれ声でつぶやいた。
「そうだよ。
俺は男だ」
初対面から今まで無言だった俺たちは、今ここで初めて言葉を交わした。
チャンミンは片手で口を覆い、顔を反らして考え込んでいるようだった。
当然だ。
女だと思い込んで、ロッカールームでコトに及ぼうとしたら、股間にブツをくっ付けた男だったんだから。
俺の方も、目を泳がせ思案にくれるチャンミンを、楽観していたわけじゃない。
ノーと拒絶される可能性が高かった。
甘やかに潤ませた目を、「気持ち悪いもの」を見るかのようなそれに変化する瞬間を見たくなかった。
俺だって男にキスするなんて、初めてだったんだ。
「なんとか、言えよ」
不安になった俺は、チャンミンの口を覆っていた手をつかんで、下ろさせた。
よかった。
チャンミンの充血した目には欲が宿ったままで、俺の肩をつかむ片手も力がこもっている。
「嫌か?
俺が男で、嫌になったか?」
チャンミンの顔を覗き込むようにして、尋ねた。
チャンミンは「嫌じゃない」と言って、素早く首を振った。
「ユノは?
男が好きなの?」
「まさか!」
「じゃあ、なんで?」
なぜも何も、これには深い理由は全くない。
ゼロだ。
「なぜ惹かれてしまうの?」の回答は「好きだから」、以上。
「チャンミンこそ、なんで?」
答えられなくて、俺も質問で返した。
「うーん」と、チャンミンは天井を見上げて真剣に考えだした。
あご裏に、髭の剃り跡があって、「やっぱりこいつは男か」としみじみ思った。
「好きになったんだ、一気に」
ははっと笑うと、チャンミンはロッカールームの入り口ドアまで歩いて行き、がちゃりと鍵をかけた。
「これでよし」と頷いているから、俺は事の展開についていけない。
チャンミンは俺の両肩を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。
「好きに、なった」
耳元でささやかれて、腰のあたりにしびれが走る。
男同士のハグはさぞかしゴツゴツとした感触かと想像していたら、筋肉の弾力もあって包み込まれるような安心感があった。
ただし、力が強い。
ガシャンと派手な音を立てて、俺はチャンミンの身体とロッカーの間に挟まれた。
はたから見たら、取っ組み合いのようだ。
チャンミンの両腕が、俺のウエストをつかんで引き寄せて、ぐりぐりと股間を押しつけてきた。
めちゃくちゃ勃起してるじゃないかよ。
俺の方も、凄いことになってるんだけどさ。
第一印象的に、チャンミンの方が俺にリードされるんだと思っていたら、実は逆なのか?
「......」
チャンミンは何か言いたげな顔をしていた。
「なんだよ?」
「今すぐユノを抱きたいんだけれど」
部屋の鍵をかけたくらいだから、ヤル気満々なのはわかってるよ。
チャンミンの次の言葉を待った。
「笑わないで。
困ってるんだ」
「何を?」
「うーん...でも」
「いいから、言ってみろよ」
「どうやればいい?」
「は?」
「だからさ!」
苛立ったチャンミンは俺のパンツのファスナーを下ろして、俺の興奮の証をさらした。
次いで、自身のパンツのファスナーも下ろして、下着の薄い生地にくっきりと浮かんだモノを指さした。
「今ここに、2本の棒がある」
「あるよね。
俺のちんちんとお前のちんちんが」
「女子にはない」
「当たり前だろうが」
「代わりに、女子には穴がある」
「うん、だから?」
チャンミンをからかおうと思って、とぼけていたわけじゃない。
「僕たちには穴はない」
「あ...そういうことか!」
チャンミンの言いたいことがわかった。
キスのその先のことまで、考えていなかった。
「ユノはホントに、知らないの?
その...男同士はどうやるのか?」
「そりゃ、なんとなくは知ってるけど。
具体的なヤリ方なんてわかんねーよ。
今日まで、縁のない世界だったんだから。
チャンミンこそ、知識ゼロ?」
「なんとなくは知ってるけど...」
チャンミンは鼻にしわを寄せる。
「...お尻の穴なんて、僕は嫌だよ」
チャンミンの「お尻は嫌だ」発言はこの先、俺がチャンミンをからかうときのネタとなった。
「俺だって嫌だよ」
「慣らせば、できるようになるらしいよ」
「詳しいじゃないか?」
「慣らし方なんて知らないよ」
「カマトトぶるなよ。
詳しいんだろ?」
「ちがっ!
つまり、直ぐにできるものではない、ってことを言いたいの」
「当たり前だろ?
俺だって、おっかなくてお前のケツに挿れらんねーよ」
「なんだぁ。
ユノもわりと知ってるじゃん」
「バカ!
これくらいは常識範囲だって」
「どうしよっか?」
勃起した2本のペニスを見下ろして、俺たちはかなり真剣に悩んだのだった。
(後編へつづく)
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