【15】添い寝屋

 

 

 

ベッドにひとり残された僕は、まんじりともせず枕を抱えて夜を過ごした。

 

水補充を知らせる加湿器のランプ点滅を、じぃと睨みつけながら。

 

僕には考えなければならないことがいっぱいあったのだ。

 

ユノの言葉を頭の中で反芻して、そのひとつひとつに言い訳をしていた。

 

添い寝屋としての僕が『期待外れ』だって?

 

『脱力系添い寝屋気取り』だって?

 

『寝床の提供に過ぎない』だって?

 

うるさいうるさい!

 

これが僕のスタイルなんだ!

 

でも...ユノの言う通りだ。

 

ユノは僕の弱みを全部、言い当てた。

 

添い寝屋としての僕のこれまでは、真摯に耳を傾けているフリをして、何も考えていなかった。

 

彼らの悩みは彼らがなんとかすべきだ、僕の仕事じゃないって。

 

打ち明け話の場を提供してやってるだけ。

 

彼らの不満と不安が染みついたシーツを毎日洗濯するのも、彼らのそれらが僕に乗り移ることを恐れていたんだ。

 

人嫌いなくせに、見ず知らずの他人を自慢のベッドに寝かすという、無防備なことを続けてきた。

 

遮光カーテンの合わせから、ひと筋の日の光が射しこんでいて、朝の訪れを知った。

 

出ていくユノを追いかけていってもよかったのに、そうしなかった。

 

僕が添い寝屋を始めた理由を振り返ってみたかったからだ。

 

性欲がなくなったおかげで、肌同士の接触に反応してしまう恐れがない。

 

閉じた心のおかげで、客たちがまき散らす感情に飲み込まれずに済んだ。

 

数年前、淫乱になったせいで社会的な信用と仕事を失った。

 

長時間、大勢の人に囲まれるのが苦痛になり、気力も失われたせいで独りになりたかった。

 

それでも、働いて食べていかなければならない。

 

手に職のない自分が出来る仕事は限られている。

 

出入りしていたクラブの客のひとりから紹介された。

 

彼とは相性がよくて何度か寝た仲で、僕のモノが力を失ってしまった後、彼になんとかしてもらおうと身を預けてみたのだけれど...。

 

無職で困り果てていたこともあって、「添い寝屋なんかはどう?」と勧められたのだった。

 

客の隣で寝るだけなんて簡単だった。

 

報酬もよい。

 

冷え切った身体は、僕の魂をおさめただけの容れ物に過ぎないものになり、密着して眠る客の存在を、そのうち気にならなくなった。

 

客たちが語る打ち明け話を、他人事のように、暇つぶしに読む短編小説のように聞いた。

 

日に日に心は閉じていった。

 

他人に興味がないくせに、独り寝だと一向にぬくもらない布団の中も、客の体温で多少はマシになる。

 

なんだかんだ言ってて、人のぬくもりが欲しかったんだ。

 

『俺は客の夜を引き受ける』

 

ユノは凄い。

 

僕だったら、その夜に飲み込まれてしまう。

 

ただでさえ、心と身体が自分のものじゃなくなった僕なんだ、簡単に彼らに乗っ取られてしまう。

 

ユノは凄い。

 

知り合って2日の人間に、ああまではっきりと言い放てるユノは凄いと思った。

 

ユノは今夜、僕の部屋を訪ねてきてくれるだろうか。

 

はっとした僕は、PCに飛びついて何かしらメッセージが届いていないか確認した。

 

「よかった...」

 

辞退の通知が来ていたらどうしようと、不安だったのだ。

 

僕は数年ぶりに、寂しいと思った。

 

「......」

 

マウスを操作していた手を止め、その手をそろそろと下腹部に落とした。

 

ユノになぶられたそこに触れてみたけれど、いつものごとく小さくやわらかく萎んでいる。

 

僕はギュッと目をつむり、ユノに与えられた感触を思い起こした。

 

ここだけを刺激していても足りないんだ...となると、あそこしかないのかな...。

 

後ろに伸ばしかけた手を止めた。

 

当時のことを思い出してしまった。

 

狂っていたあの頃は、頭がおかしくなっていて、常に何かを埋めていないと耐えられず、日中は道具を使っていた。

 

「ふう...」

 

カーテンを勢いよく引き、窓ガラスを開け放って、新鮮な空気をよどんだ寝室に取り込んだ。

 

外の世界は快晴で、洗濯日和だ。

 

いつものルーティンであるシーツの洗濯は、今日はしない。

 

ユノの香りが消えてしまうから。

 

不思議な男だ。

 

漆黒であるのは変わらないのに、濃さを変える闇夜の瞳。

 

青ざめた白い肌をしているのに、50℃の熱を帯びた身体。

 

今夜もここに来てくれるといいのだけれど...。

 

 


 

 

チャイムが鳴り、僕はインターフォンを確認する間もなく玄関に走る。

 

ローテーブルに脛をぶつけてしまったけど、その痛みなんか気にならないくらい慌てていた。

 

「ユノ!」

 

ドアの向こうに立った、精巧な人形のように整った男の胸に、僕は飛び込んだのだった。

 

「来ないかと思った...!」

 

「来るに決まってるだろう?

俺は客の夜を全て引き受ける。

最後まで面倒を見るよ」

 

僕の頭をぽんぽんとした後、僕の背中をさすってくれた。

 

パジャマ越しに、じわっとユノの熱が伝わってきた。

 

僕はユノの胸にぐりぐりと頬をこすりつけた、まるで犬みたいに。

 

ユノ独特の香りは、衣服に閉じ込められていて残念だけど、きっとこの後、直接肌に触れられるから大丈夫だ。

 

「昨夜はキツイことを言って悪かった」

 

「ううん。

僕の方こそ、ユノに対して失礼だった。

正面からぶつかっていくから...覚悟してね」

 

ユノは毛糸の靴下を履いている僕の足に目をやると、

 

「可哀想に...俺がなんとかしてやるからな」

 

そう言って、僕の肩を抱いて寝室へといざなった。

 

「ユノの方こそ辛そうだね。

プールに行ってきたの?

消毒の匂いがする...」

 

「ああ。

気になるのなら、シャワーを浴びてこようか?」

 

浴室に向かおうとするユノのシャツの裾をつかんで止めた。

 

(今夜のユノもやっぱりカッコいい。ユノはお洒落さんだ。グレンチェックのコートに、モスグリーンのニット、黒の革パンツに身を包んでいた)

 

「時間が勿体ないから、行かないで」

 

ユノの眉が持ち上がり、しばし僕の顔を見つめていた。

 

「へえぇ...。

甘えん坊さんのチャンミンも可愛いな」

 

直後、伸ばされたユノの手に僕のうなじが引き寄せられた。

 

ちょっと強引な感じに唇が塞がれた。

 

自然な流れだった。

 

僕もそのキスに応える。

 

「...んっ...ん」

 

ユノの背中に両腕を回して、自分の方に引きつけた。

 

唇同士をくっつけたり離したり。

 

次に離した時には、その隙間で互いの舌先をくすぐった。

 

空調が完璧な静寂の部屋に、ちゅうちゅうと僕らがたてる水っぽい音だけが響く。

 

ユノの熱い熱い吐息が、僕の頬と顎を湿らせる。

 

ぞくぞくした。

 

僕の指は、ユノのニットを握りしめていた。

 

「このキスは、仕事として?」

 

昨夜ふと湧いた...ビジネスなキスは嫌だと思ったことを、今夜もう一度口にしてみた。

 

「チャンミンはどう思う?」

 

昨夜と同じ答え。

 

「...違うと思う」

 

そう答えた僕の顔が熱くなった。

 

あれ...?

 

僕を閉じ込める氷が、溶けた水で表面が水浸しになってきているのが分かった。

 

「正解」

 

ユノの唇の両端がにゅうっと持ち上がり、彼の両手は僕の頬を包み込んだ。

 

鼻先が触れ合わんばかりの距離で、真正面からユノの眼と対峙する。

 

吸い込まれそう。

 

僕の凍り付いた心も身体も、ユノの中に取り込まれて混ざり合い、ポンとユノの外に出た時には、元通りになっていそうな予感がした。

 

初日にユノとした会話の中で挙がったたとえ話。

 

美味しいシェイクの話だ。

 

瑞々しい果物と冷えたミルクをジューサーに入れる。

 

出来上がったものは、砕かれ混ざり合っているせいで、どれがどれだか区別はつかないのだ。

 

後ろ髪の生え際に、ユノの唇が押し当てられた。

 

「あ...」

 

じじじっと、ユノの唇を通して熱と電流が、僕の背筋を通って指先まで行き渡る感覚がちゃんとある。

 

膝の力が抜ける。

 

「正解って、どっちの言葉?」

 

脚の付け根の中間が、ぐんと重くなった感覚。

 

「『違うと思う』の方だよ。

このキスはビジネスじゃないよ。

チャンミンは?

俺もチャンミンの客でもあるからね」

 

「ビジネスのキスじゃない。

僕は客とはキスをしない主義なんだ。

知ってるだろう?」

 

「意見は一致した」

 

ユノの指が、僕のパジャマのボタンをひとつひとつ外していく。

 

恥ずかしくて、ユノと目を合わせられなくて、僕は俯いたままだった。

 

鼓動が早い。

 

 

(つづく)

 

 

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