セーラー服と運命の君(1/3)

 

 

 

最近の兄の様子がおかしい。

 

もともと挙動がおかしい兄だったから、そわそわと落ち着かないのも珍しいことじゃない。

 

けれども、手にしたスマホを飽きもせず、じぃーっと見つめていたかと思うと、「にたり」と笑ったりして、気持ちが悪い。

 

よれよれのTシャツを着て、後頭部の髪をくしゃくしゃさせているところを、学内の女子たちに見せてやりたい。

 

兄はわりかし...どころか相当モテる。

 

理由は単純で、兄はそこそこの...どころか相当なイケメンなのだ。

 

妹である私は、級友や部活の後輩たちに兄への橋渡しを頼まれることもしばしばだ。

 

でも、彼女たちに勝算はゼロだということを私は知っているから、「止めた方がいい」とやんわりと断るのだけど...。

 

彼女たちは揃って、私を『ブラコン』扱いするのだ。

 

そんなんじゃないのに。

 

彼女たちが女子度をフル発揮させて、兄に迫ったとしても、彼を振り向かせることは出来ない。

 

私は知っているのだ。

 

兄には今、熱烈に片想いをしている人がいることを。

 

兄はよそ見が一切できない人だ。

 

兄の口から聞いたわけじゃないけれど、彼は感情がすぐに言動に出るタイプなので、「恋をしているのでは?」とピンときたのだ。

 

これまで恋愛じみたエピソードが皆無だった兄に訪れた、初めての『春』

 

この恋が実るまでまっしぐら、一直線に全力で突き進むだろう。

 

命がけで恋をするタイプだ。

 

一応、17年そばで兄を見てきた私だから、多少は彼の性格や生き方は分かってるつもり。

 

「兄には好きな人がいるのよ」情報なんかよりも、兄の趣味の内容を明らかにするだけで、彼女たちをドン引きさせられる自信がある。

 

(でも、妹の権限で、兄の崇高な趣味を貶めるような行為はできない)

 

フィギュア...それも若くてグラマーな女の子(セーラー服や戦闘服、水着を着たやつ)を作ることが、兄にとっての至福の時なのだ。

 

フィギュア作りと、恋の本気度がどうつながっているのかを説明すると、近ごろの兄はフィギュア作りへ費やす時間が減ってきたように思われるからだ。

 

何か気を散らせることがあるらしい、と。

 

それだけじゃなく、兄のファッションがマシに...いや、かなりよくなった。

 

兄に思いを寄せる彼女たちも、彼の私服姿を見たらやっぱり、ドン引きしたと思う。

 

この3か月で兄は垢抜けてきた。

 

もともと土台がいいから、体型を活かす服を着て、綺麗な頭の形を活かした髪型にしたりなんかしたら、家族じゃなくても「お!」と驚く。

 

休日は部屋に閉じこもってフィギュア作りに熱中していたのが、外出する頻度も高くなってきた。

 

デートだな...。

 

片想いだったのが、いよいよ付き合えるようになったのなら、と喜ばしい。

 

お次は、外泊か?

 

ある日の夕飯後、兄の部屋で私はストーブの前に陣取って、コミック本を読みふけっていた。

 

(兄の部屋には、コミック本が大量にあるのだ。その大半が少女ものだ)

 

兄は学習机に新聞紙を広げ、段ボール箱で自作した塗装ブースで、女の子に肌色をつけていた。

 

部屋はシンナー臭く、肌寒さが残る初春の夜だったけど、換気のために窓を開けていた。

 

「ねえ、××」

 

(これは兄の恋愛物語だから、私の名前は重要ではない)

 

わずかなバリが気になったようで、フィギュアのおっぱい部分に紙やすりをかけていた兄が、私の名前を呼んだ。

 

「んー?」

 

「貸して欲しいものがあるんだけど?」

 

「ふぅん」

 

主人公が片想いの彼に抱きしめられて...という胸きゅんシーンに差し掛かっていたため、私の返事は適当だ。

 

「××のを貸して欲しいんだ。

1日でいいんだ。

汚さないようにするからさ」

 

兄は潔癖気味の綺麗好きだから、汚される心配はない。

 

「いいよ。

何を貸せばいいの?」

 

「××の制服」

 

「は?」

 

「セーラー服を貸して欲しいんだ」

 

「......」

 

驚嘆、絶句、思考停止になるべき『セーラー服』のワードなのに、私はすんなり受け入れた。

 

「...いいよ」

 

兄なら、あり得る。

 

私より身長が20センチも高いけれど、痩せているから着られるはずだ。

 

コスプレの趣味が加わった訳ではない。

 

兄の恋がセーラー服に関わっている、と直感したのだ。

 

 

 

 

次の週末、私は兄にセーラー服を貸してやり、週明けにはきちんとクリーニングされて戻ってきた。

 

セーラー服を兄は一体、何に使ったのか。

 

家族だからこそ知りたくないこともある。

 

具体的な光景については、想像しないようにした。

 

そして2週間後の週末、私は兄の恋のお相手と初対面することとなった。

 

我が家に連れてきたのだ。

 

我が家族に「紹介したい人がいる」と。

 

紹介したい人、とくれば、イコール『彼女』でしょう。

 

母なんて朝から浮かれていて、念入りにリビングに掃除機をかけていた(ダイニングチェアのダサい座布団は全て除けられていた)

 

玄関ドアの開く音、三和土の靴音、いそいそと出迎えた母の高い声。

 

兄と客人を案内してリビングに戻ってきた母が、あやふやなおかしな表情をしていた。

 

「あれ?」と思った。

 

戸口の暖簾をくぐって、まず現れたのが兄。

 

次いで現れた人物に、私の周囲から数秒間、音が失われた。

 

その後、深く深く納得した。

 

「あらら...」と、思わずつぶやいてしまった。

 

端整な兄と、兄以上に端整なその人。

 

男。

 

あらら。

 

お似合いだと思った。

 

私は兄と兄の想い人を、交互に見る。

 

振り子のように何度も。

 

二人は視線だけで会話をしていた。

 

「えっと...こちら、ユノ」

 

兄に紹介されて、兄の想い人ユノはぺこりと会釈した。

 

そして頭を上げると、にっこりと笑った。

 

その笑顔に胸が打たれた。

 

こりゃ駄目だ。

 

兄の心がさらわれたワケを、深く納得した。

 

世の女子ども。

 

あなたたちには100%どころか120%、勝ち目がない。

 

兄の目には、ユノという想い人しか映っていない。

 

そして、ユノの目にも兄しか映っていない。

 

言い忘れていたけれど、兄の名はチャンミンという。

 

 

 

(「中編」につづく)

 

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