昼食は、ミミがバスターミナルで買ってきた牛肉弁当で済ませた。
ミミは文庫本を読みふけり、
チャンミンは部屋付きの浴室でシャワーを浴びて、さっぱりとしていた。
「ミミさん、のど飴下さい」
「はい、どうぞ」
「ミミさん、ここに座ってください」
チャンミンは広縁の椅子に腰かけた膝をぽんぽんと叩いた。
「前向き?
後ろ向き?」
「前向きの方が嬉しいですが、
ちょっといやらしいので、後ろ向きでお願いします」
「わかった」
チャンミンに促されるまま、ミミはチャンミンに抱えられる格好で後ろ向きに座る。
チャンミンはミミの膝ごと腕を回した。
「ミミさん」
「ん?」
「今日は何の日かわかりますか?」
チャンミンの唐突な質問を受けて、ミミは考え込む。
(チャンミンの誕生日はもう済んだし、私の誕生日はまだまだ先。
チャンミンと付き合いだして未だ半年も経たないから、
何かの記念日でもない)
「分かんない」
「でしょうね」
チャンミンは、ふふふと笑った。
「今日は、3分の1誕生日なんですよ」
「3分の1?」
「僕の誕生日とミミさんの誕生日の間の、3分の1の日なんです」
ミミは指を折って計算する。
「ホントだ」
チャンミンは、ミミの肩に自分のあごをのせた。
「僕とミミさんが付き合い始めた時には、もうミミさんの誕生日は過ぎていたでしょう?
僕の誕生日のときは、ミミさんが盛大にお祝いしてくれました。
僕も早く、ミミさんをお祝いしたかったんですよねぇ。
待ちきれなかったから、3分の1誕生日を思いついたんです」
チャンミンは頬を、ミミの頬にぴたりとくっつける。
チャンミンがほお張ったのど飴のミントの香りがする。
「この日めがけて日程を合わせたの?」
「ミミさん、思い出してくださいよ。
僕らの予定を合わせるのだけでも、大変だったじゃないですか」
「そうだったね」
「旅行の日にちがいつだろうと、
25%誕生日や、7分の3誕生日や、
いくらでもこじつけられますよ」
「いつでも誕生日になるね」
ミミの胸に、じわじわと熱いものが湧き上がってきた。
「そうです。
アクセサリーとか、バッグとか、レストランとか...。
何がいいだろうって、たくさん考えました。
ミミさんは大人だから、これまでいろいろなものを贈られてきていると思うんです。
ミミさんが今までプレゼントされたことのないものを、僕は贈りたかったんです。
だからこその『ぬいぐるみ作戦』だったわけです」
まったく、この子ったら。
この子ときたら。
涙が出そう。
心根の優しい年下の彼氏。
私の可愛い、可愛い恋人だ。
「ねぇ、チャンミン」
「はい」
ミミは、チャンミンが組んだ手の甲の骨をひとつひとつなぞる。
微熱のあるチャンミンの手は熱かった。
「今日は私の3分の1誕生日なんでしょ?
ってことは、
貴方にとっても、3分の1誕生日になるわね」
「わぁ、そうですね!」
ヒゲ剃り後のチャンミンのあごが、ミミの頬にあたる。
ミミの髪のいい香りや、触れたやわらかなミミの頬を感じると、チャンミンが勢いづく。
チャンミンは、自分の方を振り向かせようとミミのあごに手を添える。
「だ~め」
間近まで寄せた唇がミミの手で阻まれた。
「えぇ...」
「風邪が伝染るからダメ!」
「のど飴で殺菌したから大丈夫です」
「のど飴は、そのつもりだったのね」
「ぐふふ」
「チャンミンの風邪が治ってからね」
「僕は、健康な若い男なんですよ。
もう我慢できません」
「“不”健康でしょ」
「うるさい、です」
チャンミンは、強引に、けれども優しくミミの唇を塞いだ。
ミミも、チャンミンの熱い頬に手を添える。
「ミミさんが熱を出したら、僕が看病してあげます」
唇をようやく離すと、チャンミンは片目を細めてニヤリと笑った。
「めちゃくちゃワガママな病人になってやるから」
「そんな感じですね」
「さっさと寝てなさい!」
「もう一回、キスしたいです」
「ダメ!」
「あうぅぅ...」
見るはずだった。
観光客が少ない早朝を狙って、ひたひたと静かな水面に鏡面反射した山を。
手を浸すはずだった。
川底の丸石も、泳ぐアユもくっきりと見えるほど透明な冷たい水に。
頬に受けるはずだった。
つり橋を吹き抜けるひんやりと清らかな風を。
僕のせいで、ミミさんに体感してもらえなかったあれこれ。
困った顔をしながらも、甲斐甲斐しく僕の我がままに付き合ってくれて、くすぐったい気持ちになりました。
ミミさんのことが、ますます好きになりました。
シロクマを見た時の、ミミさんの真ん丸の目ときたら。
可愛かったです。
僕の可愛い、可愛い年上の彼女です。
実は、観光に行くより、こうやって部屋で過ごす方が僕は好きです。
次は、僕の部屋に遊びに来てくださいね。
(「1/3のハグ」おしまい)