「頭をぶつけるなよ!」
チャンミンは素っ裸のまま、ミミの父ショウタ、母セイコ、祖父ゲンタ、兄嫁ヒトミに抱えられていた。
おろおろしたミミは、彼らの後をついていく。
「えらく大きい奴やな」
チャンミンの両脇を抱えた父ショウタは苦しげだ。
「丸太を運んでるみたいやぜ」
と、チャンミンの両足首をもった祖父ゲンタ。
「今どきの子は、大きいんやって」
チャンミンの生尻を下から抱え込んだセイコが答える。
「ピーポーピーポー!」
「救急車!」
甥っ子ケンタ、ソウタは、大人たちの周囲を面白がって駆けまわっていた。
二人の兄カンタは、金打ちの練習で留守にしている。
「あんたたちがずっと遊んでいるから、お兄さんはのぼせちゃったのよ!」
兄嫁ヒトミは、子供二人を叱りつけた。
ミミは股間に載せただけのタオルが、落ちやしまいかと冷や冷やしていた。
(まさかこんな形で、チャンミンの裸を見ることになるなんて!)
初対面のミミの家族に、醜態をさらしてしまったチャンミンを気の毒に思う。
「お、おっ!滑る!」
「お父さん!」
「あともうちょっと!」
「む、無理だ!」
チャンミンの脇が汗でぬるついているせいで、ショウタの指が脇から滑ってしまった。
「きゃぁぁっ!」
どたーんと音をたてて、チャンミンを頭から落としてしまった。
「チャンミン!」
「す、すまん!」
「頭を打ったか!?」
「お父さんったら、もう!」
憤慨したミミは、チャンミンの頭を膝に乗せた。
「大丈夫?」
「ううぅぅ...」
うめき声をあげて、チャンミンが目を開ける。
「星が...星が飛んでます...」
(よかった)
「ここは...天国ですか?」
「!」
わずかに隠していたタオルが落ちたはずみでずり落ちて、総勢7人の面々にさらされていることにミミは気づく。
「タオル!」
母セイコが素早くタオルで隠す。
「おじちゃん、毛がぼーぼー」
大喜びのケンタとソウタ。
ミミは額に手を当て、大きくため息をついた。
(チャンミンったら、可哀そうに)
その夜。
ミミは忍び足で廊下を歩いていた。
築50年を超す田舎家だったから、足を踏み出す度きしむ音にヒヤリとし、周囲に耳をそばだてた。
(私が夜這いをかけてどうするのよ!)
チャンミンは仏間に寝かされている。
(一番の難所は、おじいちゃんたちの部屋)
祖父母の枕元を通らないと、仏間へは行けない。
すーっと障子を開ける。
ミミは息を止めて、抜き足差し足で彼らの布団の脇を通り過ぎる。
途中、寝返りを打った祖父にビクリとしたが、熟睡しているようでミミは胸をなでおろした。
建付けの悪いふすまを小刻みに開けると、常夜灯だけの薄暗い部屋で、仏壇の前に延べた布団が真正面に見えた。
「ふうっ」
息を止めていたミミは、ここでようやく息をつくことが出来た。
(あれ?
チャンミンが寝ているはずの掛け布団が、平らなような気が...?)
『チャンミン?』
そろそろと、布団に近づき、掛け布団をめくろうとしたら...。
「ひゃっ!」
突然、ミミの肩が叩かれた。
『くくくく...』
ふりむくと、チャンミンが口を押えて笑いをこらえている。
『ちょっと!』
ミミは、きっとチャンミンを睨みつける。
(心臓が止まるかと思ったじゃないの!)
どうやらチャンミンは、ミミを驚かそうと、ふすまの陰に隠れていたらしい。
(やることなすこと、子供みたいなんだから!)
隣室で、「なんだ、今の悲鳴は?」という声とともに、ごそごそと祖父母が起き出す物音がする。
「!」
「!」
「お父さん、もしかして...?」
「泥棒か?」
がたがたっとふすまが開いて、祖父ゲンタが部屋に飛び込んできた。
「こんばんは...です」
ゲンタの目前には、正座をしたチャンミンが。
「僕です。
チャンミンです。
ゲンタさん、そんな物騒なものは下げて下さいな」
「なんだ、チャンミン君か...」
ゲンタは振り上げた竹刀を下すと、仏間を見回す。
ゲンタの背後から、祖母カツが首をのぞかせている。
「さっきの声はなんだ?」
「すみません。
祭りの掛け声の練習をしていました」
「練習?」
「はい。
僕の役目は重要です」
「熱心なのは感心するが、真夜中だぞ。
明日一日あるんだ、昼間にやりなさい!」
ゲンタは吐き捨てると、竹刀を引きずりながら仏間を出て行った。
チャンミンの布団にもぐり込んだミミは、チャンミンとゲンタのやりとりをびくびくしながら聞いていた。
ゲンタたちが寝入るまでたっぷりと待ってから、チャンミンは布団をめくる。
『ミミさん、大丈夫ですよ』
できるだけ平らになるよう、ミミはうつぶせで大の字になっていた。
『危なかったねー』
すると、チャンミンが布団の中に滑り込んできた。
『チャンミン!』
『ミミさ~ん』
チャンミンの腕が伸びて、ミミの腰に巻きついた。
『ずっとこうしたかったです...』
ミミは、自分の胸に頬をこすりつけるチャンミンの頭をなでる。
『...ミミさん』
『なあに?』
『我慢できなかったんですね?
だから、夜這いに来ちゃったんですね?』
『違うわよ!
チャンミンが心配だったから、様子を見に来ただけ。
ほら、頭を2回も打ったでしょ?」
『嘘ですね』
『う、嘘じゃないわよ』
『ミミさんの胸...ドキドキしてますよ』
『!』
(だって、だって。
チャンミンの脚が私の脚にからまっているんだもの。
こんなに密着するのは初めてだし)
ミミの身体はぐんぐん火照ってくる。
『興奮してるんですね?』
『馬鹿!』
チャンミンの脚を蹴飛ばした。
『痛いなぁ』
『この脚をどかしなさい!』
『嫌です。
ぎゅー』
チャンミンは、ミミの背中にまわした腕に力を込めた。
『痛い痛い!』
(ミミさん...辛いです)
ミミの柔らかい身体を抱いているうちに湧いた、抜き差しならぬ欲求とチャンミンは闘っていたのであった。
・
ヤバいです!
ミミさん、ヤバいです!
僕のが暴発しそうです!
止められません!
でも、止めなきゃです。
せっかくのチャンスなのに!
ここがお仏壇のある部屋じゃなければ、とっくにミミさんを襲っているのに!
場所が悪すぎます!
・
『うっ、うっ...』
(やだ。
もしかして...泣いてるの?)
胸にしがみついたチャンミンの頭を引きはがして、ミミはチャンミンの顔を覗き見る。
『ミミさ~ん』
薄闇の中で、潤んだチャンミンの目が光っていた。
『たんこぶ、できたでしょ?』
ミミは、チャンミンの前髪をかきあげてやる。
チャンミンは昨日、鴨居に一度、床に一度、頭をしたたか打ち付けている。
『たんこぶが2個できてます』
『可哀そうにね』
ミミは、腫れた箇所に触れないよう、チャンミンの頭をなぜてやった。
『ミミさん...キスしたいです』
ミミの手が止まる。
『......』
すがるようなまなざしで胸元から見上げるチャンミンに、ミミの胸がキュンとなる。
(参ったなぁ。
そんな可愛い顔をしないでよ)
『軽くね、1回だけだよ』
『えー。
ディープがいいです』
もぞもぞと下から這い上がってきたチャンミンは、ミミの頬を捉えると一気に唇を重ねてきた。
男っぽい強引さに、ミミはくらくらする。
ミミもチャンミンの両ほほをはさんで、キスに応える。
(止められない!)
勢いづいたチャンミンの手が、ミミの胸に回った。
『チャンミン!』
驚いたミミは、チャンミンの頭をはたいた。
「いでっ!」
ミミの打ち下ろした手が、チャンミンのたんこぶに直撃してしまったのだ。
「うるせぇ!」
ガタっとふすまが開いた。
「!」
「!」
とっさにミミは布団にもぐりこむ。
「練習は、昼間にやれって言っただろうが!」
チャンミンは、今しがた起きたといった風を装って、目をこすりながら、
「...ゲンタさん...ですか?
僕は寝言がすごいんです」
と言って、大あくびをしてみせた。
「起こしちゃいましたね。
申し訳ないです」
「ったく。
騒がしい奴だ」
ぶつぶつ言いながら、ゲンタはふすまをぴしゃりと閉めた。
ふすまの向こうに耳をそばだてて、ゲンタのいびきを確認する。
『それじゃあ、部屋に戻るね』
布団から出ようとするミミの手首を、チャンミンが捕まえた。
『ここで寝てください』
『駄目ったら駄目!
チャンミンを刺激しちゃうから、駄目!』
『あうぅ』
チャンミンの手を手首から引き離すと、ミミは部屋を出て行ってしまった。
「はぁ...」
チャンミンは、キスの余韻に浸りながら枕を抱きしめ、布団の上を右へ左へと寝返りを打った。
(拷問です!
若くて健康な男にとって、これは拷問です!)
(全く、私たちったら高校生みたいなことしてるんだから!)
一方、ミミは暗い廊下を忍び足で歩きながら、高校時代を懐かしく思い出したりしていたのだった。
(つづく)