「ミミさん、あのですね...」
とチャンミンは言いかけたが、その次の言葉は飲み込んだ。
テツにくぎを刺されたことを、思い出したからだ。
「......」
「やっとで、二人きりになれましたね」
「ホントにそうだね」
(チャンミンが言いかけて止めた内容って、何だろう?)
「チャンミン、ごめんね」
チャンミンのジャージのファスナーを上げ下げしながら、ミミは言う。
「大勢で、うるさくて、ゆっくりできないでしょ?」
「ミミさんと二人になれないのは、大いに不満ですが...楽しいですよ」
チャンミンは、ミミの髪に頬を埋めた。
(ミミさん...いい匂いです)
「皆さん、いい人たちですね。
僕はよそ者なのに、気さくで。
ゲンタさんには、何度怒鳴られたことか」
くくくっと胸が揺れる。
「ミミさんは、こんな家族の中で育ったんだなぁって、知ることができてよかったです」
チャンミンが話すたび、ミミの首筋に温かい息がかかった。
「最初は、嫌でたまらなかったんです。
ミミさんのご家族に会う心の準備ができていませんでしたし、
それも、お祭りに参加するだなんて。
せっかくのお休みは、ミミさんとのんびり過ごしたかったのに、
沢山の知らない人に囲まれるなんて、気が重かったんですよ。
でも、
来てよかったと、思っていますよ」
「強引に連れてきてごめんね」
「僕の方こそ、ごめん、です」
『彼氏』ですって、紹介されなかったことにムカついて、
ミミさんが言わないのなら、バラしちゃえって、いっぱいふざけました。
ミミさんったら、本気で焦るんですから。
それを見て、ますます意地悪な気持ちが湧いてきて。
でも、テツさんの話を聞いて、僕がいかに軽率だったか知りました。
抵抗なく、年下の僕を紹介しづらいミミさんの気持ちが分かったんです。
それを受け入れがたい家族の心情を、僕は知らなかったんです。
堂々としていないミミさんに、イラついてました。
どんなことでも受け止める、って胸をはったけど、実はちょっとだけ自信をなくしたんです。
だから、無性にミミさんをハグしたくなったんです。
「ごめんなさい」の気持ちと、
「僕を信じて」の気持ちと、
不安な気持ちを打ち消したくて。
ずっとミミさんのことが好きだったけれど、僕はミミさんのことをよく知らないことに気付きました。
ミミさんは、あまり自分のことを話さないから。
いつも僕だけがペラペラ喋ってて。
僕にホントのことを話したら、僕が引くと思ったんですか?
そんなに頼りないですかね。
それくらいで、僕が引いちゃうって怖かったんですか?
年下だからですか?
あ!
やっぱり僕も、年の差を気にしていたみたいですね。
ミミさんが、僕を信用して、打ち明けてくれるのを待ちたいです。
あ!
やっぱり、待てないかもしれません。
嫉妬の気持ちが湧いてきましたから。
僕は若くて、人生経験が不足しているから「待てません」
ミミさんと僕との間の「壁」を僕がぶち壊していきますよ。
覚悟しておいてください。
「僕は、人生経験が乏しいですけど、心はドーンと広いつもりです。
だから、
どんなことでも受け止めますよ」
そうつぶやくと、チャンミンはミミの首筋に唇を押し当てた。
温かく湿りを帯びたそこから、じじっと痺れが走る。
「受け止めますよ」というチャンミンの言葉。
そうか。
家族の誰かから、聞いちゃったんだね。
気安くバラすような人たちじゃないから、チャンミンを試す意味で彼に教えたんだろうな。
私を心配して。
打ち明けるのは「今じゃない」、もっと私たちの仲が深まってからって思っていた。
お母さんが心配した通りだよ。
幻滅されるんじゃないかって、怖かった。
私に対して抱いているだろうイメージを壊すのが怖かった。
だって、チャンミンは、あまりに若くて、ピカピカな新品なんだもの。
自分はなんて汚れているんだろうって、卑屈になっていたみたい。
ごめんね、チャンミン。
チャンミンの腕が力強くて、固く引き締まっていて、本当にドキドキする。
参ったな。
からかったり、照れたり、駄々をこねたり。
大人っぽく、男らしくされると、困ってしまう。
片耳はチャンミンの胸に、もう片方はチャンミンの腕に塞がれているから、川の音は遠い。
チャンミンに閉じ込められて、なんて心地よいんだろう。
「チャンミンに謝らなくちゃいけないことがあるの」
ミミは口を開く。
「初めて家族に会わせた時、
『彼氏です』って紹介できなくてごめんね」
「その気持ち、今の僕なら理解できますよ」
チャンミンは、ミミの首筋に唇をあてたまま喋ると、ふふふと笑った。
「チャンミン、くすぐったい」
「ミミさん、いい匂いがします」
(チャンミンがふざけてくれないと、調子が狂ってしまう)
ふぅっと一呼吸ついて、ドキドキする気持ちを落ち着かせて、ミミは続ける。
「お母さんにとっくの前に、バレてた」
「そりゃそうでしょう。
ミミさんは分かりやすいんですから」
「チャンミンがバラしたんじゃないの」
「大正解です。
いいじゃないですか。
堂々としましょう」
「うーん...。
今さら恥ずかしいなあ」
「皆にバレてますって。
堂々と『いちゃいちゃ』しましょうね」
あなたの隣を歩くのは、うんと若くて、可愛い子が似合うのは分かってる。
でもね、私だってすごいんだから。
「チャンミン」
「なんですか?」
「キスしていい?」
「へ?」
突然のミミの台詞にチャンミンは、固まってしまう。
(ちょっと...聞きました?
ミミさんが、「キスしたい」って。
聞きましたか?
初めてなんですけど!
ミミさんがこんなこと言うの、初めてなんですけど!)
「......」
光が当たって茶色く透けたミミの瞳に見惚れていると、ミミの片手がチャンミンのあごに添えられた。
吸い寄せられるように、二人の唇が接近した。
軽く触れるだけのキスを、1回、2回、3回。
4回目で、二人は深く深く口づけた。
ミミさん...。
気持ちがいいです。
とろけそうです。
ゾクゾクします。
キスが上手すぎます。
さすが『元・人妻』です。
『ひとづま』...色っぽい響きですねぇ...。
こんなエロいキス、『元・夫』としていたんですか?
おー!
僕は何を想像しているんですか!
悔しいです。
僕のジェラシーの炎がメラメラです。
あ...。
キスだけで昇天しそうです...。
止められません。
今すぐ、「もっと先」へ進みたくなりました。
あ...!
そんな風に、歯ぐきをぐるってやられると...
き、気持ちいいです。
たまりません。
ミミさん。
大変です。
僕のが暴れ出しました!
僕の暴れ馬が、手綱をとらせてくれません。
「おい、見ろよ!」
「ひゃあぁ!」
「キスしてるー!」
「!」
「!」
弾かれるように離れた二人。
川向こうの土手沿いを、自転車に乗った中学生がチャンミンたちをはやし立てている。
「ヒューヒュー!」
こちらを指さし、顔を見合わせ、遠くの友人たちを呼びよせている。
女子中学生は口を覆って、きゃーきゃー。
「はあ」
チャンミンは、大きくため息をつくと、立ち上がるミミに手を貸し、
「車に戻りましょう」
「う、うん」
チャンミンもミミも、リンゴのように真っ赤になっていた。
(ゆっくり二人きりになれないんだから...もう...)
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