(11)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

 

俺は元気がなかった。

 

先日、チャンミンのケツとご対面して、ヤル気を失ってしまったことじゃない。

 

そりゃあ、びっくりしたよ。

 

ショックだったさ。

 

女の子も同じものを持っているのに、袋をぶらさげたチャンミンのそこは、女の子のものとは違ったものに見えてしまった。

 

はたと、「俺は何をしようとしているんだ?」と冷静になってしまったのだった。

 

「男で悪かったな!」と、枕を投げつけたチャンミン。

 

最後はチャンミンは笑いで締めくくってくれた。

 

緊張していたからだと誤魔化してしまった理由も、チャンミンには分かっていたのだろう。

 

男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ。

 

好きなんだけどなぁ。

 

湧き上がる性欲と愛情をチャンミンの肉体にぶつけられなくて、俺はフラストレーションを抱えていた。

 

話を戻すと、元気がなかったのはチャンミンが原因で、それがまた、「男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ」とボヤいてしまった理由のひとつである。

 

今日の昼間のことだ。

 

チャンミンに手を振り払われた。

 

バチン、と音がするほど勢いがあった。

 

チャンミンの肩に腕を回した時だ。

 

俺から背けたチャンミンの頬は赤くなっていた。

 

「なるほど」と俺はぴんときた。

 

チャンミンの頬を赤くさせていたのは、羞恥と怒りだと分かった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕という人間は、からかいやすい空気をまとっているのだろう。

 

中高と表立っていじめられはしないけど、いじられることは多かった。

 

「やめろ!」ときっぱり拒絶する勇気がなくて、へらへら笑っているものだから、その後もいじられるのだ。

 

大学デビューなんて華々しいものじゃなくても、モテてモテて困るほどじゃなくても、進学した僕は普通に恋をして...。

 

今になって思えば、その恋心は淡く浅いものだったと分析している。

 

だって、ユノとの恋が強烈過ぎて...。

 

地元の子らは都会へと旅立ってゆき、地元にとどまった数少ない同級生たちには、僕をいじった彼らが含まれていなかったせいもあるだろう。

 

入学以来は、誰かに小馬鹿にされたりいじられたりすることもなく、ほどよい距離感で典型的な友人関係を築いてきたつもりでいた。

 

僕は複数人でつるむのは得意ではないけど、友人が全くいないわけではなかった。

 

サークル内でも知人に近い友人が複数人いた。(ここでDと出会ったのだけど)

 

親友といってもいい同学科のE君とF君を得た。

 

今学年が開始してからは、休憩時間はユノと過ごす機会が増えたけど、学部が違っていたから、べったり彼と一緒という風でもなかった。

 

ところが入学後初めて、仲間外れを経験することとなった。

 

そのスタート地点は、6人1組で行われたグループワークの時間だった。

 

グループの中でさらに2人組になった際、僕はいつものようにE君とペアになった。

 

E君は難しい顔をしていて、僕と目を合わせようとしない。

 

その時点で、「もしかして...」とピンときていたけど、機嫌が悪いだけだ、思い過ぎだとその嫌な予感は無視した。

 

それぞれ仕上げた課題を、ペア同士で1枚の用紙にまとめる段階で、その用紙を覗き込んだ時だった。

 

E君がすっと身を引いた。

 

キャスター付きの椅子ごと、後ろに下がった。

 

「え?」って。

 

僕の傷ついた表情に悪いと思ったのだろう、E君は戻ってきたけれど、さっきより身体を遠ざけている。

 

僕の悪い予感は当たった。

 

誤解を解こうと、言い訳しようと、講義後、真っ先に教室を出て行ったE君を追った。

 

E君に並んだとき、彼は前を向いたままこう言った。

 

「チャンミン...悪いけど俺、そういうのは勘弁して欲しいんだ」

 

「...そういうの、って?」

 

「知らなかったよ。

俺をそういう目で見てもらうの、マジ勘弁なんだよ」

 

「...え」

 

心がどんどん冷えていった。

 

「お前とは今まで通りには...いかない。

悪いけど...俺、無理なんだ」

 

僕は何も言えなかった。

 

よく考えてみれば、『誤解を解く』って、なんの誤解だ?

 

事実なのだから、その誤解を解きようにないのに。

 

E君は「悪いな」と言い置いて、走り去ってしまった。

 

これは始まりに過ぎない。

 

ユノだ。

 

ユノが原因だ。

 

この日、ユノはアルバイトで不在だった。

 

ユノと顔を合わせずに済んで、ホッとしている自分がいた。

 

ユノは悪くない。

 

僕も悪くない。

 

分かってはいても、この日の僕はユノに会うなり、彼を責めてしまいそうだった。

 

 

 

 

僕は一昨日から塞ぎ込んでいた。

 

帰宅後も、ぐずぐずとベッドに寝っ転がり、ゲームに没頭することで、渦巻くモヤモヤをやり過ごそうとしていた。

 

今日はユノと夕飯を食べる予定だったのも、断った。

 

「チャンミン」

 

ばあちゃんが部屋のドアから顔を出していた。

 

「ユノ君が来てるわよ」

 

「うーん...風邪気味だって言って、帰ってもらって」

 

僕はそれだけ伝えると、背中を向けて中断したゲームに戻った。

 

ゲーム画面なんて目に映っていなかった。

 

ユノの名前に鼓動が早くなっていた。

 

僕の態度がおかしいと気付いて、僕を心配して訪ねて来てくれたんだ。

 

嬉しいけど...嬉しくない。

 

昨日、ユノの手を振り払ったことを、怒りに来たんだ。

 

階下でばあちゃんの声がぼそぼそと聞こえる。

 

「ごめんなさいね」と謝っているのだろう。

 

それから、「突然、すみませんでした」とユノは謝って、帰ってしまうと思う。

 

僕の鼓動は早いままだ。

 

強烈な寂しさが胸を襲った。

 

ユノが帰っちゃう!

 

ゲーム機の電源を落とした直後、ドアの向こうがうるさい。

 

階段をどかどか上る音。

 

ユノだ!

 

ドアが開く前に、僕は飛び起きた。

 

「ユノ!」

 

背後にばあちゃんがいるかもしれないのに、僕はユノに抱きついた。

 

勢いが強すぎたみたい。

 

僕に押されてユノの後頭部が、真向いの廊下の壁にゴツンといい音を立てた。

 

「いってぇな!」

 

「ごめん...」

 

ユノはがしがし頭をさすりながら、「入れ」と僕を室内へと促した。

 

「座りなさい」

 

ユノは教師みたいな口調でベッドを指さした。

 

「はい!」

 

僕は生徒の返事をして、従った。

 

「チャンミンに話がある」

 

仁王立ちしたユノの怖い顔に、「やっぱり」と僕は首をすくめた。

 

「怖い話じゃないから、安心しろ」

 

ユノは僕の隣に座ると、肩を抱いた。

 

それだけで肩の力が抜けた。

 

 

(つづく)

 

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