~ユノ~
俺たちはかれこれ30分以上無言だった。
室内は静まり返り、チャンミンのばーさんが焼いたクッキーを齧る音と、身じろぎする衣擦れの音。
スクロールする指は止まらない。
チャンミンは傍らに置いたノートに、メモを取っている。
「どのサイトも似たようなことしか書いていないな。
必要な道具のことしか書いてないじゃん。
怪しい通販サイトに飛ばすばっかりでさ。
セクシーランジェリーとかさ」
「検索キーワードを変えてみたら?」
「例えば?」
「『アナル』『セックス』『やり方』だけじゃ駄目だからね」
「!!!」
「間に半角スペースを入れてね。
あと、除外ワードも入れておいた方がいいよ。
僕は心得について調べるから、ユノは必要なグッズをピックアップしておいてよ」
どうってことない風のチャンミンを、俺は新鮮な思いで見つめてしまうのだった。
「これはどう?」
チャンミンを手招きして、めぼしいサイトページを見せた。
「ネーミングがウケるよね?」
「へぇ...意外に安いんだね」
「これって...どうやって使うの?」
「最初だから、スタンダードなものでいいんじゃないの?」
「ネットで買ってもいいけど、自宅に届くんだろ?
チャンミンちじゃ具合が悪いよなぁ。
お届け先は俺んちにしよう」
「薬局に売ってるのじゃ駄目なのかなぁ?」
「どうなんだろう?
でもさ、ほら、ここを読んでみて。
『通常のローションだと乾きやすい』んだって。
やっぱ、ケツ用のじゃないと」
「お店の人に訊いたら、教えてくれないかな?
お尻用でしたら、こちらになります、って?」
「ば、馬鹿!
何言ってるんだよ!?」
「やっぱり、恥ずかしいよね」
こんなに肝っ玉が据わっているのに、前カノDちゃんとは本番ができなかっただなんて...。
ヤル気が失せたと言っていたから、ヤル気や度胸、テクニック以前の問題か...。
Dちゃんとは「したくなかった」とまで言っていた。
俺との蜜月のために、ここまで積極性を発揮してもらえて、実はとても嬉しかった。
実を言うと、俺の方は怖気付いていた。
なぜなら、熱を出してしまった子供時代の思い出がよみがえったからだ。
薬を飲んでも水を飲んでもげーげー吐いてしまったせいで、解熱の座薬を入れてもらったんだ。
「力を抜いて」と言われても緊張しているせいで、なかなか入っていかない。
押し込んだ薬が、スポンと押し出されてしまう。
その時の、強烈な違和感といったら!
アーモンドサイズでもあれなのに、その何倍ものサイズのものを、チャンミンは入れられるんだぞ。
痛いだろうし、気持ちが悪いだろう。
何も男同士に限らず、ひとつのプレイとして愛好者は多いらしいけど、俺は相手を気遣ってしまって、萎えてしまいそうだった。
「ゴムはユノが持ってるよね?
Aちゃんと付き合ってた時のやつ、まだあるでしょ?
僕も旅行前に買ったのがあるし」
俺たちは凄い。
性についてあけっぴろげに会話できてしまっている。
これは、相手がチャンミンだからこそなのか、他所様のカップルを見たことがないから、判断ができない。
なんてことない風を装って、緊張や照れを隠そうとしているのかもしれない。
なんせ俺たちはまだ20歳そこそこで、その辺の情報に疎い。
20年そこそこの経験であっても、少しばかり普通とズレている認識はある。
たまたまお互いが男だっただけで、別段身構える必要はない!
ない!
自分に言い聞かせている。
俺が唯一分かっていることとは、好きな奴がいれば裸になってがむしゃらに抱き合うことだけ。
俺はと言えば、せいぜい2人(正確には3人)の女の子との経験しかないし、チャンミンに限ってはそれすらない。
俺たちの頭ん中はただひとつ...ヤリたい。
これだけだ。
さっき、チャンミンのケツに触れてみて、コトを成し遂げるのはそう簡単じゃなさそうだ。
「...ユノとギュッとした時にね」
唐突にチャンミンは口を開いた。
「んー?」
「ギューの前かな、キスしちゃう前。
その時から感じていたことなんだけど...」
互いの気持ちを言葉にする前に、俺たちはキスを交わしていた。
「違うなぁ...もっと前のことだった。
Dとのえっちが成功しなくて、しょげてた前のこと。
つまり...ユノと初めて会った時のこと」
あの旅行では、集合場所に指定した駅で、俺はチャンミンとその彼女Dちゃんと「初めまして」をしたんだった。
(その時点から、チャンミンはDちゃんのスーツケースを持っていたなぁ)
すくすくと成長し過ぎた長身に、やや童顔のチャンミンに、小柄で地味目のDちゃんが腕を絡めていた。
「どうも~」と笑顔で挨拶したら、二人とも「どうも...」とつぶやいて、愛想笑いを浮かべただけ。
俺もAもどちらかというと明るいタイプだったから、真逆の雰囲気の二人の登場に、「この旅行、盛り上がるのかなぁ」と気が重くなった。
盛り上げなくてはならない役目は自分になりそうだったから。
第一印象はイマイチだったけれど、大人しそうに見えて実はジャイアンなDちゃんの世話に チャンミンを気の毒に思った。
気づけば隣のAそっちのけで、チャンミンを目で追っていた。
・
「僕がじろじろ見ていたって話は前にしたよね」
「うん」
「その時に『あれ?』と感じたことがあって...それから、キスしてギュッとした時に、『なるほど!』って分かったんだ」
「何を?」
「ユノのお尻に僕が挿れるなんて、とんでもない!
挿れるつもりは全くなかった、ってこと。
成り行き上のことじゃなくて、これは僕が望んでいることなんだ。
僕だって怖いよ。
そうりゃそうだよ。
経験がないんだから。
僕だって男だし、ムラムラする。
ムラムラはこれをしごいてやれば済むことだ。
でもね、ユノを前にするとね、もっと違うことをしたいんだ。
僕にその気があるかどうかは分からない。
経験がないんだから。
ユノ限定で...相手がユノだから、こういうことをしたくなったんだと思う」
「...チャンミン」
「どんな風なんだろう、って興味でいっぱい。
もっと大きいのは、ユノと早くヤリたい」
「うん、俺も」
「好きな人とヤリたくて仕方がない気持ちってのは、今みたいなのを言うんだろうなぁ」
「うん、俺も」
「イレギュラーなトコ相手だから、女の子相手とは勝手が違うだろうけどね」
さし伸ばされたチャンミンの手を握った。
「僕はユノとしたい」
「俺も」
「ユノんちにアレが届いたら教えてね」
「オッケ」
(つづく)