(6)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

俺たちはかれこれ30分以上無言だった。

室内は静まり返り、チャンミンのばーさんが焼いたクッキーを齧る音と、身じろぎする衣擦れの音。

スクロールする指は止まらない。

チャンミンは傍らに置いたノートに、メモを取っている。

 

「どのサイトも似たようなことしか書いていないな。

必要な道具のことしか書いてないじゃん。

怪しい通販サイトに飛ばすばっかりでさ。

セクシーランジェリーとかさ」

 

「検索キーワードを変えてみたら?」

 

「例えば?」

 

「『アナル』『セックス』『やり方』だけじゃ駄目だからね」

 

「!!!」

 

「間に半角スペースを入れてね。

あと、除外ワードも入れておいた方がいいよ。

僕は心得について調べるから、ユノは必要なグッズをピックアップしておいてよ」

 

どうってことない風のチャンミンを、俺は新鮮な思いで見つめてしまうのだった。

 

「これはどう?」

 

チャンミンを手招きして、めぼしいサイトページを見せた。

 

「ネーミングがウケるよね?」

 

「へぇ...意外に安いんだね」

 

「これって...どうやって使うの?」

 

「最初だから、スタンダードなものでいいんじゃないの?」

 

「ネットで買ってもいいけど、自宅に届くんだろ?

チャンミンちじゃ具合が悪いよなぁ。

お届け先は俺んちにしよう」

 

「薬局に売ってるのじゃ駄目なのかなぁ?」

 

「どうなんだろう?

でもさ、ほら、ここを読んでみて。

『通常のローションだと乾きやすい』んだって。

やっぱ、ケツ用のじゃないと」

 

「お店の人に訊いたら、教えてくれないかな?

お尻用でしたら、こちらになります、って?」

 

「ば、馬鹿!

何言ってるんだよ!?」

 

「やっぱり、恥ずかしいよね」

 

こんなに肝っ玉が据わっているのに、前カノDちゃんとは本番ができなかっただなんて...。

ヤル気が失せたと言っていたから、ヤル気や度胸、テクニック以前の問題か...。

Dちゃんとは「したくなかった」とまで言っていた。

俺との蜜月のために、ここまで積極性を発揮してもらえて、実はとても嬉しかった。

実を言うと、俺の方は怖気付いていた。

なぜなら、熱を出してしまった子供時代の思い出がよみがえったからだ。

薬を飲んでも水を飲んでもげーげー吐いてしまったせいで、解熱の座薬を入れてもらったんだ。

 

「力を抜いて」と言われても緊張しているせいで、なかなか入っていかない。

 

押し込んだ薬が、スポンと押し出されてしまう。

その時の、強烈な違和感といったら!

アーモンドサイズでもあれなのに、その何倍ものサイズのものを、チャンミンは入れられるんだぞ。

痛いだろうし、気持ちが悪いだろう。

何も男同士に限らず、ひとつのプレイとして愛好者は多いらしいけど、俺は相手を気遣ってしまって、萎えてしまいそうだった。

 

「ゴムはユノが持ってるよね?

Aちゃんと付き合ってた時のやつ、まだあるでしょ?

僕も旅行前に買ったのがあるし」

 

俺たちは凄い。

性についてあけっぴろげに会話できてしまっている。

これは、相手がチャンミンだからこそなのか、他所様のカップルを見たことがないから、判断ができない。

なんてことない風を装って、緊張や照れを隠そうとしているのかもしれない。

なんせ俺たちはまだ20歳そこそこで、その辺の情報に疎い。

20年そこそこの経験であっても、少しばかり普通とズレている認識はある。

たまたまお互いが男だっただけで、別段身構える必要はない!

 

ない!

 

自分に言い聞かせている。

俺が唯一分かっていることとは、好きな奴がいれば裸になってがむしゃらに抱き合うことだけ。

俺はと言えば、せいぜい2人(正確には3人)の女の子との経験しかないし、チャンミンに限ってはそれすらない。

俺たちの頭ん中はただひとつ...ヤリたい。

これだけだ。

さっき、チャンミンのケツに触れてみて、コトを成し遂げるのはそう簡単じゃなさそうだ。

 

「...ユノとギュッとした時にね」

 

唐突にチャンミンは口を開いた。

 

「んー?」

 

「ギューの前かな、キスしちゃう前。

その時から感じていたことなんだけど...」

 

互いの気持ちを言葉にする前に、俺たちはキスを交わしていた。

 

「違うなぁ...もっと前のことだった。

Dとのえっちが成功しなくて、しょげてた前のこと。

つまり...ユノと初めて会った時のこと」

 

あの旅行では、集合場所に指定した駅で、俺はチャンミンとその彼女Dちゃんと「初めまして」をしたんだった。

 

(その時点から、チャンミンはDちゃんのスーツケースを持っていたなぁ)

 

すくすくと成長し過ぎた長身に、やや童顔のチャンミンに、小柄で地味目のDちゃんが腕を絡めていた。

「どうも~」と笑顔で挨拶したら、二人とも「どうも...」とつぶやいて、愛想笑いを浮かべただけ。

俺もAもどちらかというと明るいタイプだったから、真逆の雰囲気の二人の登場に、「この旅行、盛り上がるのかなぁ」と気が重くなった。

盛り上げなくてはならない役目は自分になりそうだったから。

第一印象はイマイチだったけれど、大人しそうに見えて実はジャイアンなDちゃんの世話に チャンミンを気の毒に思った。

気づけば隣のAそっちのけで、チャンミンを目で追っていた。

 

 

「僕がじろじろ見ていたって話は前にしたよね」

 

「うん」

 

「その時に『あれ?』と感じたことがあって...それから、キスしてギュッとした時に、『なるほど!』って分かったんだ」

 

「何を?」

 

「ユノのお尻に僕が挿れるなんて、とんでもない!

挿れるつもりは全くなかった、ってこと。

成り行き上のことじゃなくて、これは僕が望んでいることなんだ。

僕だって怖いよ。

そうりゃそうだよ。

経験がないんだから。

僕だって男だし、ムラムラする。

ムラムラはこれをしごいてやれば済むことだ。

でもね、ユノを前にするとね、もっと違うことをしたいんだ。

僕にその気があるかどうかは分からない。

経験がないんだから。

ユノ限定で...相手がユノだから、こういうことをしたくなったんだと思う」

 

「...チャンミン」

 

「どんな風なんだろう、って興味でいっぱい。

もっと大きいのは、ユノと早くヤリたい」

 

「うん、俺も」

 

「好きな人とヤリたくて仕方がない気持ちってのは、今みたいなのを言うんだろうなぁ」

 

「うん、俺も」

 

「イレギュラーなトコ相手だから、女の子相手とは勝手が違うだろうけどね」

 

さし伸ばされたチャンミンの手を握った。

 

「僕はユノとしたい」

 

「俺も」

 

「ユノんちにアレが届いたら教えてね」

 

「オッケ」

 

 

(つづく)