昼間は汗ばむほど温かい陽気だったからか、夜になっても長袖Tシャツ1枚で十分だった。
夜気は生ぬるく湿っている、明日は雨になるかもしれない。
明日はテーマパークで馬に乗る予定になっていたから、Aは残念がるだろうな。
俺は雨が降ろうが晴れようが、どっちでもいい。
そもそも、最初から気乗りのしなかった旅行なのだ。
彼女と共に過ごす時間を楽しむ、というより、いかに彼女を楽しませ、満足させてあげられるか...この旅行での俺の使命はここなのだ。
機嫌を損ねてしまったAと...チャンミンの彼女Dの気分を盛り上げるために、俺とチャンミンは気をつかわなければならないだろうな。
俺自身が楽しんでいないじゃん。
いいのかよ、それで?
エレベーターの中でも俺は、チャンミンの手首から手を離さなかったし、チャンミンも握られたままでいた。
女子と付き合うのはウンザリすることも多い、でも恋人は欲しいんだよねぇ同士。
それだけじゃないってことは、俺もチャンミンも気付いていた。
なぜだか目で追ってしまい、目を離せなくて、見入ってしまう者同士。
ろくな会話を交わしたわけじゃないが、空気というか相性というか...こいつとは親友になれそうな予感がした。
俺が手を離したのは、俺とAの部屋のドアの前でだった。
俺とチャンミンは顔を見合わせ、肩をすくめ合って、笑い声をあげてしまうのを堪えた。
くしゃっと笑ったチャンミンに、「お、笑顔が可愛いな」としみじみ思ってみたりして。
俺たち男どもが気を利かせて買ってきたものに、どうせ散々文句を言うだろうなあ、って。
チャンミンの場合、Dから責められるだろうな。
その時は、「俺が早く帰りたいと、チャンミンが店に戻るのを止めたんだ」とかばってやらないとな。
持ち歩いていたカードキーをプレートにかざし、カチリと開錠する音の後ドアノブをひねった。
・
「...2分とか3分だったのよ。
これって...早すぎだろ~?」
俺とチャンミンの足が止まった。
部屋の構造的に、彼女たちがいるベッドからは入口はちょうど死角になっていた。
「早いと思う。
遅すぎてもヤだけどねぇ」
「あたしなんて、えっえっえっ、何これ状態よ。
でね、ほら...指でやるでしょ?
なんかねぇ...やり方が凄い変なの」
彼女たちが誰のことを話題にしているのか直ぐに分かった。
「え~、何々?
詳しく教えてよ?」
「絶対にAVの見過ぎだと思う。
こんな風に...変でしょ?
マジ勘弁、あたし的に無理ってなってきて。
そんなんで挿れようとするから...いってぇよ~!」
「あはははは!
ウケる~。
でもさ、CってDが初めてじゃないんでしょ?
前にも彼女がいたんだよね?」
彼氏の暴露話では、チャンミンのことを『C』と呼んでいることは、今朝のひそひそ話で知っていた。
俺は後ろに立つチャンミンを振り返れない。
「って聞いてるけど。
見た目がいいからモテたと思うけど、アレがあれじゃあねぇ」
「カッコいいのに、勿体ないねぇ」
「そうなのよ。
これで顔がブーだったら、即行別れてた」
「でもさ、優しそうじゃん」
「言い方変えると、気弱。
Aはいいなぁ
Y君、気が利くし男らしいし。
上手そうだし」
(Y!?
俺のことか?
...なるほど、彼女たちは彼氏のことをイニシャルで呼んでいるんだな)
話題が俺のことに移ったようで、緊張してきた。
「う~ん...そうなんだけどねぇ。
テクが凄いから。
Yの前カノ知ってるんだけどさ、その子、超胸がデカいの」
(!!!)
「Aも胸が大きいもんね」
「胸狙いなんじゃないかって思うのよ。
だってね...」
(!!!)
「なになに~?
教えて教えて?」
「Yってね、しつこいの。
C君の真逆かもね。
スタートから終わるまで1時間とかよゆーなのよ。
私、途中で疲れてきてさ、寝ちゃいそうになったこともあるもん」
(!!!!!!)
「Y君はAが寝落ちしかけてるのに気づかず、必死でヤッてたりするんだ?
しつこいのもだるいよねぇ。
胸フェチってことは、揉み揉みもしつこいんじゃないの?」
「そうなのよ。
しつこいよぉ。
お前は赤ちゃんか!って」
(!!!!!!!)
「きゃあぁぁぁ!
ウケる~」
手を叩いて爆笑する女子二人。
全身からどっと汗が噴き出してきた。
「こんな話、Dにしか言えない」
「あたしも、Aにしか言えないよ。
あれぇ、まだ帰ってこないのぉ?
おっせーよ!って」
「何やってんだろね。
...Dどうする?
コンビニでアレを買ってきたら?」
「ヤル気満々じゃん。
買ってこられても、ご遠慮させていただきますわ」
「かわいそ~!」
「酒がね~ぞ!
早く帰ってこいよな~」
「ねぇ、D。
飲み過ぎじゃない?
頭揺れてるよぉ?」
「昨夜があんなじゃ、飲みたくなるってば!
え~、今夜、Cと寝るのやだぁ」
「よしよし。
じゃあさ、この部屋で寝なよ」
「え~、悪いよ。
Y君はどうすんの?」
「C君と一緒に寝てもらえばいいじゃないの~。
男同士ダブルベッドで寝てもらおう」
「Y君さ、Aと寝れないって寂しくなっちゃって、Cを襲っちゃったりして」
「やめてよ、気持ち悪い。
私のYがそんなことするわけないって。
...でも、そうなったら漫画だね」
俺は踵を返し、立ち尽くしていたチャンミンの肩を押して、入り口ドアへ促す。
買い物袋からプリンを2個取り出して、ドアの前にスプーンも添えて置いた。
そして、音をたてないようドアをそっと閉めた。
・
猛烈に気まずかった。
俺のえっち事情もバレてしまったが、俺の場合は大したことない。
気の毒なのは、チャンミンなのだ。
知るべきじゃないことを知ってしまった。
自分の恋人がどんな人物なのか、どんなデートをしてどんな喧嘩をしたか...友人相手に話題に出すな、と言いたいのではない。
頼むから、俺たちの耳に入ることは絶対にないところでしてくれ。
俺たちは今、Wデートとやらをしてるんだぞ?
互いの彼氏の欠点を披露し合う場面じゃないだろう?
俺が耳にしてしまうという恥を、チャンミンにかかせた彼女たちに心底腹が立った。
「......」
「チャンミンの部屋に行こう」
「えっ...でも」
「女子会は朝まで続くだろうよ。
俺たちも男子会を開こうぜ」
俺は片手に下げた買い物袋を掲げてみせた。
酒もつまみもたっぷり用意してある。
小腹が空いた時用の菓子パン(ゴムは買ってきていないが)もある。
チャンミンの固い表情がほどけて、半分泣き出しそうなものでも笑顔が浮かんだ。
よかった。
ゴムを使う流れになるなんて、この時はあり得ないと思っていた。
昨日知り合ったばかりのチャンミンと2人、男子会を始めようか?
(つづく)
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