「お腹が空いた...」と、ベッド下から買い物袋(もつれ合った時蹴り落してしまったのだ)をたぐり寄せた。
ヘッドボードの調光ダイヤルを目一杯ひねったせいで、ランプの灯りをまともに浴びてしまった。
「眩しい~!」って目を覆って、大袈裟に二人転げてみたりした。
「こっちはチョコ味。
そっちは?」
「こっちはハムが挟まってるよ」
チャンミンはやっぱり、女の子座りをしている。
「食べたいな」
「どうぞ」
なんて、菓子パンを半分に割って分け合うやりとりも自然過ぎた。
「あったかいお茶が飲みたいなぁ。
ユノは?
お湯を沸かすね」
Dといる時もきっと、チャンミンはこんな風なんだろうな。
でも、今みたいにくつろいだ風じゃないんだろうな、と思った。
己惚れじゃなく、チャンミンは俺と居た方が、のびのびといられるんじゃないかな。
同性だから、という単純な理由じゃない。
こいつとは親友になれそうな予感は既にあった。
キスだけじゃなく、ブツの触り合いっこまでしておいて、今さら親友になるのは無理だけど。
チャンミンと親友になれないのは、彼を前にすると異性に対するのと同等のドキドキ...プラス、ムラムラしてしまうせいだ。
親友相手に下半身を反応させていたら、不謹慎過ぎる。
親友じゃないのなら...?
そりゃあ、もちろん...。
「はい、どうぞ」
ティーバッグで淹れた熱々の紅茶のマグを、「熱いから気をつけて」と手渡してくれる。
「あ、ありがと」
指と指が触れ合ってドキッとしてしまったりして...。
もっとすごいところを触り合ったのにね、変なの...なんて思ってるから...。
「あっちぃっ!」
こんな風に、無防備にカップに口をつけてしまったりするのだ。
「気をつけて、って言ったでしょう?」
手際よくグラスの水を用意してくれたりするから、「なんだなんだ、このカップル感は!」なんて、ひとりで突っ込んでみたりして。
「ふふっ」とほほ笑んだ時、半月型の眼の下にぷくりと膨らんだ涙袋の女子っぽいことよ。
だから俺はチャンミンの首を引き寄せて、唇を重ねる。
俺の頬もチャンミンの両手で包まれて、ベッドに共に倒れ込んだ。
キスとあそこをしごき合う術しか知らない俺たちだけど、これはこれなりに興奮して気持ちよくて、いいものだ。
互いの舌を咥え吸い合う俺たち...舌をまるでアレのように。
Dの話は大嘘だ。
チャンミンはキスがとても上手い。
・
「俺...Aと別れる」
「僕もDと別れる」
俺たちは言葉を交わし、キスをし、互いのブツをしごいてピュッとイッて、こんなことを4回も繰り返している。
腰の奥は痺れたようにだるく、若い俺たちでも、これ以上はもう一滴も出てこない。
カーテンの合わせから、白い光がわずかに漏れている。
朝だ。
俺たちの間に再び緊張感が漂っていた。
なぜなら、今日中に各々の彼女に別れを告げなければならないからだ。
「...僕のせい?」
「うん。
チャンミンのせい」
「はっきり言うんだね?」
「事実じゃん。
チャンミンが現れなければ、Aと付き合ったままだったろうね」
「略奪愛だね」
「略奪されたのは俺の方」
Aとの付き合いで意味不明なモヤモヤを抱えていたのが、吹っ飛んでしまった。
Dはこんなチャンミンの情熱的な姿を知らないだろうと思うと、誇らしい気分になった。
「ねぇ...フる理由は?
なんて言うの?」
チャンミンは散らばったティッシュをくずかごに拾い集めている。
「『悪い。
俺さ、チャンミンのことが好きになっちゃったんだ。
チャンミンと付き合うことにしたんだ』って感じ?」
「......」
「どうした?」
「ユノってズルいよね、そういうところ」
「『ズルい』って、どこが?」
「さりげなく告白しちゃって...。
ユノがモテるのがよ~く分かった。
そんな風だから、10人とか20人っていう数字が出てくるんだって」
「...そうなんだ」
「自覚なかったの?
こわいなぁ...」
「ホントのことは言わないでおくよ。
正直であればいいってもんじゃないよ。
男に寝取られたなんて知ったら...ショックだよなぁ」
「厳密な意味では、僕らは未だ『寝て』ないよ」
「『寝た』ようなもんじゃん。
本番については...おいおいと...」
「『おいおいと』ね...ふふふ」
「Aなんて、案外ケロッとしていたりして。
ほら、女の子ってさ、気持ちの切り替えが早いって言うじゃん」
「へぇ...」
「『自分たちの彼氏同士がデキてしまった』なんて、おいしい話題を提供してやる必要はないさ。
...俺からフるのって、初めてなんだよね」
「そうなの!?
ユノって意外なところがいっぱいだね」
「俺は真面目で、普通な男なの。
...今、何時?
スマホは...」
部屋のどこかに転がっているはずのスマホを、パンツ一丁で探す俺。
「うーんと...あれ?
どこにいった?」
身をかがめスマホを探すチャンミンの、ボクサーパンツに包まれた尻を、じぃっと見つめてしまう。
尻...か...。
「曖昧過ぎるより、バシッとフッたほうがいいんじゃないかな?」
こんな会話を交わしているのも、俺たちは付き合う前提でいるからだ。
「泣くだろうなぁ...。
はぁぁ...気が重い...。
女の子の涙には弱い」
「仕方ないよ、泣かせるようなことを僕らはしちゃったんだから」
「ね?」と、チャンミンは首を傾げてにっこり笑った。
カチャ...。
部屋の入り口から、人の気配がする。
「!!」
「!!!」
ベッドにパンツ一丁で腰かけていた俺たちは、ハッとして顔を見合わせる。
ドアチェーンをかけているから大丈夫だ。
デニムパンツを履こうと、脱ぎ捨てたそれに手を伸ばしかけた時...。
「わっ!」
俺の背中にタックルしてきたチャンミンごと、ベッドに倒れ込んだ。
「チャ...!」
飛び起きようとしたが、出来なかった。
「はな...っせ...!」
チャンミンの四肢でがっちりホールドされて、俺は身動きができなかったからだ。
(つづく)
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