(8)キスから始まった

 

 

「お腹が空いた...」と、ベッド下から買い物袋(もつれ合った時蹴り落してしまったのだ)をたぐり寄せた。

 

ヘッドボードの調光ダイヤルを目一杯ひねったせいで、ランプの灯りをまともに浴びてしまった。

 

「眩しい~!」って目を覆って、大袈裟に二人転げてみたりした。

 

「こっちはチョコ味。

そっちは?」

 

「こっちはハムが挟まってるよ」

 

チャンミンはやっぱり、女の子座りをしている。

 

「食べたいな」

 

「どうぞ」

 

なんて、菓子パンを半分に割って分け合うやりとりも自然過ぎた。

 

「あったかいお茶が飲みたいなぁ。

ユノは?

お湯を沸かすね」

 

Dといる時もきっと、チャンミンはこんな風なんだろうな。

 

でも、今みたいにくつろいだ風じゃないんだろうな、と思った。

 

己惚れじゃなく、チャンミンは俺と居た方が、のびのびといられるんじゃないかな。

 

同性だから、という単純な理由じゃない。

 

こいつとは親友になれそうな予感は既にあった。

 

キスだけじゃなく、ブツの触り合いっこまでしておいて、今さら親友になるのは無理だけど。

 

チャンミンと親友になれないのは、彼を前にすると異性に対するのと同等のドキドキ...プラス、ムラムラしてしまうせいだ。

 

親友相手に下半身を反応させていたら、不謹慎過ぎる。

 

親友じゃないのなら...?

 

そりゃあ、もちろん...。

 

「はい、どうぞ」

 

ティーバッグで淹れた熱々の紅茶のマグを、「熱いから気をつけて」と手渡してくれる。

 

「あ、ありがと」

 

指と指が触れ合ってドキッとしてしまったりして...。

 

もっとすごいところを触り合ったのにね、変なの...なんて思ってるから...。

 

「あっちぃっ!」

 

こんな風に、無防備にカップに口をつけてしまったりするのだ。

 

「気をつけて、って言ったでしょう?」

 

手際よくグラスの水を用意してくれたりするから、「なんだなんだ、このカップル感は!」なんて、ひとりで突っ込んでみたりして。

 

「ふふっ」とほほ笑んだ時、半月型の眼の下にぷくりと膨らんだ涙袋の女子っぽいことよ。

 

だから俺はチャンミンの首を引き寄せて、唇を重ねる。

 

俺の頬もチャンミンの両手で包まれて、ベッドに共に倒れ込んだ。

 

キスとあそこをしごき合う術しか知らない俺たちだけど、これはこれなりに興奮して気持ちよくて、いいものだ。

 

互いの舌を咥え吸い合う俺たち...舌をまるでアレのように。

 

Dの話は大嘘だ。

 

チャンミンはキスがとても上手い。

 

 

 

 

「俺...Aと別れる」

 

「僕もDと別れる」

 

俺たちは言葉を交わし、キスをし、互いのブツをしごいてピュッとイッて、こんなことを4回も繰り返している。

 

腰の奥は痺れたようにだるく、若い俺たちでも、これ以上はもう一滴も出てこない。

 

カーテンの合わせから、白い光がわずかに漏れている。

 

朝だ。

 

俺たちの間に再び緊張感が漂っていた。

 

なぜなら、今日中に各々の彼女に別れを告げなければならないからだ。

 

「...僕のせい?」

 

「うん。

チャンミンのせい」

 

「はっきり言うんだね?」

 

「事実じゃん。

チャンミンが現れなければ、Aと付き合ったままだったろうね」

 

「略奪愛だね」

 

「略奪されたのは俺の方」

 

Aとの付き合いで意味不明なモヤモヤを抱えていたのが、吹っ飛んでしまった。

 

Dはこんなチャンミンの情熱的な姿を知らないだろうと思うと、誇らしい気分になった。

 

「ねぇ...フる理由は?

なんて言うの?」

 

チャンミンは散らばったティッシュをくずかごに拾い集めている。

 

「『悪い。

俺さ、チャンミンのことが好きになっちゃったんだ。

チャンミンと付き合うことにしたんだ』って感じ?」

 

「......」

 

「どうした?」

 

「ユノってズルいよね、そういうところ」

 

「『ズルい』って、どこが?」

 

「さりげなく告白しちゃって...。

ユノがモテるのがよ~く分かった。

そんな風だから、10人とか20人っていう数字が出てくるんだって」

 

「...そうなんだ」

 

「自覚なかったの?

こわいなぁ...」

 

「ホントのことは言わないでおくよ。

正直であればいいってもんじゃないよ。

男に寝取られたなんて知ったら...ショックだよなぁ」

 

「厳密な意味では、僕らは未だ『寝て』ないよ」

 

「『寝た』ようなもんじゃん。

本番については...おいおいと...」

 

「『おいおいと』ね...ふふふ」

 

「Aなんて、案外ケロッとしていたりして。

ほら、女の子ってさ、気持ちの切り替えが早いって言うじゃん」

 

「へぇ...」

 

「『自分たちの彼氏同士がデキてしまった』なんて、おいしい話題を提供してやる必要はないさ。

...俺からフるのって、初めてなんだよね」

 

「そうなの!?

ユノって意外なところがいっぱいだね」

 

「俺は真面目で、普通な男なの。

...今、何時?

スマホは...」

 

部屋のどこかに転がっているはずのスマホを、パンツ一丁で探す俺。

 

「うーんと...あれ?

どこにいった?」

 

身をかがめスマホを探すチャンミンの、ボクサーパンツに包まれた尻を、じぃっと見つめてしまう。

 

尻...か...。

 

「曖昧過ぎるより、バシッとフッたほうがいいんじゃないかな?」

 

こんな会話を交わしているのも、俺たちは付き合う前提でいるからだ。

 

「泣くだろうなぁ...。

はぁぁ...気が重い...。

女の子の涙には弱い」

 

「仕方ないよ、泣かせるようなことを僕らはしちゃったんだから」

 

「ね?」と、チャンミンは首を傾げてにっこり笑った。

 

カチャ...。

 

部屋の入り口から、人の気配がする。

 

「!!」

「!!!」

 

ベッドにパンツ一丁で腰かけていた俺たちは、ハッとして顔を見合わせる。

 

ドアチェーンをかけているから大丈夫だ。

 

デニムパンツを履こうと、脱ぎ捨てたそれに手を伸ばしかけた時...。

 

「わっ!」

 

俺の背中にタックルしてきたチャンミンごと、ベッドに倒れ込んだ。

 

「チャ...!」

 

飛び起きようとしたが、出来なかった。

 

「はな...っせ...!」

 

チャンミンの四肢でがっちりホールドされて、俺は身動きができなかったからだ。

 

 

(つづく)

 

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