~ユノ~
俺は元気がなかった。
先日、チャンミンのケツとご対面して、ヤル気を失ってしまったことじゃない。
そりゃあ、びっくりしたよ。
ショックだったさ。
女の子も同じものを持っているのに、袋をぶらさげたチャンミンのそこは、女の子のものとは違ったものに見えてしまった。
はたと、「俺は何をしようとしているんだ?」と冷静になってしまったのだった。
「男で悪かったな!」と、枕を投げつけたチャンミン。
最後はチャンミンは笑いで締めくくってくれた。
緊張していたからだと誤魔化してしまった理由も、チャンミンには分かっていたのだろう。
男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ。
好きなんだけどなぁ。
湧き上がる性欲と愛情をチャンミンの肉体にぶつけられなくて、俺はフラストレーションを抱えていた。
話を戻すと、元気がなかったのはチャンミンが原因で、それがまた、「男同士の恋とは、うまくいかないものなんだなぁ」とボヤいてしまった理由のひとつである。
今日の昼間のことだ。
チャンミンに手を振り払われた。
バチン、と音がするほど勢いがあった。
チャンミンの肩に腕を回した時だ。
俺から背けたチャンミンの頬は赤くなっていた。
「なるほど」と俺はぴんときた。
チャンミンの頬を赤くさせていたのは、羞恥と怒りだと分かった。
~チャンミン~
僕という人間は、からかいやすい空気をまとっているのだろう。
中高と表立っていじめられはしないけど、いじられることは多かった。
「やめろ!」ときっぱり拒絶する勇気がなくて、へらへら笑っているものだから、その後もいじられるのだ。
大学デビューなんて華々しいものじゃなくても、モテてモテて困るほどじゃなくても、進学した僕は普通に恋をして...。
今になって思えば、その恋心は淡く浅いものだったと分析している。
だって、ユノとの恋が強烈過ぎて...。
地元の子らは都会へと旅立ってゆき、地元にとどまった数少ない同級生たちには、僕をいじった彼らが含まれていなかったせいもあるだろう。
入学以来は、誰かに小馬鹿にされたりいじられたりすることもなく、ほどよい距離感で典型的な友人関係を築いてきたつもりでいた。
僕は複数人でつるむのは得意ではないけど、友人が全くいないわけではなかった。
サークル内でも知人に近い友人が複数人いた。(ここでDと出会ったのだけど)
親友といってもいい同学科のE君とF君を得た。
今学年が開始してからは、休憩時間はユノと過ごす機会が増えたけど、学部が違っていたから、べったり彼と一緒という風でもなかった。
ところが入学後初めて、仲間外れを経験することとなった。
そのスタート地点は、6人1組で行われたグループワークの時間だった。
グループの中でさらに2人組になった際、僕はいつものようにE君とペアになった。
E君は難しい顔をしていて、僕と目を合わせようとしない。
その時点で、「もしかして...」とピンときていたけど、機嫌が悪いだけだ、思い過ぎだとその嫌な予感は無視した。
それぞれ仕上げた課題を、ペア同士で1枚の用紙にまとめる段階で、その用紙を覗き込んだ時だった。
E君がすっと身を引いた。
キャスター付きの椅子ごと、後ろに下がった。
「え?」って。
僕の傷ついた表情に悪いと思ったのだろう、E君は戻ってきたけれど、さっきより身体を遠ざけている。
僕の悪い予感は当たった。
誤解を解こうと、言い訳しようと、講義後、真っ先に教室を出て行ったE君を追った。
E君に並んだとき、彼は前を向いたままこう言った。
「チャンミン...悪いけど俺、そういうのは勘弁して欲しいんだ」
「...そういうの、って?」
「知らなかったよ。
俺をそういう目で見てもらうの、マジ勘弁なんだよ」
「...え」
心がどんどん冷えていった。
「お前とは今まで通りには...いかない。
悪いけど...俺、無理なんだ」
僕は何も言えなかった。
よく考えてみれば、『誤解を解く』って、なんの誤解だ?
事実なのだから、その誤解を解きようにないのに。
E君は「悪いな」と言い置いて、走り去ってしまった。
これは始まりに過ぎない。
ユノだ。
ユノが原因だ。
この日、ユノはアルバイトで不在だった。
ユノと顔を合わせずに済んで、ホッとしている自分がいた。
ユノは悪くない。
僕も悪くない。
分かってはいても、この日の僕はユノに会うなり、彼を責めてしまいそうだった。
・
僕は一昨日から塞ぎ込んでいた。
帰宅後も、ぐずぐずとベッドに寝っ転がり、ゲームに没頭することで、渦巻くモヤモヤをやり過ごそうとしていた。
今日はユノと夕飯を食べる予定だったのも、断った。
「チャンミン」
ばあちゃんが部屋のドアから顔を出していた。
「ユノ君が来てるわよ」
「うーん...風邪気味だって言って、帰ってもらって」
僕はそれだけ伝えると、背中を向けて中断したゲームに戻った。
ゲーム画面なんて目に映っていなかった。
ユノの名前に鼓動が早くなっていた。
僕の態度がおかしいと気付いて、僕を心配して訪ねて来てくれたんだ。
嬉しいけど...嬉しくない。
昨日、ユノの手を振り払ったことを、怒りに来たんだ。
階下でばあちゃんの声がぼそぼそと聞こえる。
「ごめんなさいね」と謝っているのだろう。
それから、「突然、すみませんでした」とユノは謝って、帰ってしまうと思う。
僕の鼓動は早いままだ。
強烈な寂しさが胸を襲った。
ユノが帰っちゃう!
ゲーム機の電源を落とした直後、ドアの向こうがうるさい。
階段をどかどか上る音。
ユノだ!
ドアが開く前に、僕は飛び起きた。
「ユノ!」
背後にばあちゃんがいるかもしれないのに、僕はユノに抱きついた。
勢いが強すぎたみたい。
僕に押されてユノの後頭部が、真向いの廊下の壁にゴツンといい音を立てた。
「いってぇな!」
「ごめん...」
ユノはがしがし頭をさすりながら、「入れ」と僕を室内へと促した。
「座りなさい」
ユノは教師みたいな口調でベッドを指さした。
「はい!」
僕は生徒の返事をして、従った。
「チャンミンに話がある」
仁王立ちしたユノの怖い顔に、「やっぱり」と僕は首をすくめた。
「怖い話じゃないから、安心しろ」
ユノは僕の隣に座ると、肩を抱いた。
それだけで肩の力が抜けた。
(つづく)
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