~チャンミン~
「もう一度したいです」
僕らの息が整うまで休憩したのち、僕はお兄さんにおねだりした。
お兄さんは「さすが若いな」と笑って、僕の上に覆いかぶさった。
2度目のえっちは甘くとろけそう。
お兄さんに両脚をからめ、お兄さんの揺さぶりを受け止めた。
僕の意識は1度目と同じようにぶっとんでしまった。
お兄さんは上手い。
今みたいにお兄さんも、沢山のお客とやっていたんだと思うと悲しくなった。
僕らの過去は、どれくらいの回数交われば遠くなってくれるのだろうか。
・
えっちの後のお兄さんは優しい。
「尻は痛くないか?」
いつもみたいに、僕を安心させる低くおだやかな声で気遣ってくれる。
僕のそこは『元商売道具』、心配しなくたっていいんですよ。
「いいえ。
全~然」
身体を丸めて、お兄さんの太ももにほっぺたを摺り寄せた。
お兄さんが放ったもののえっちな匂いがする。
「猫みたいだなぁ」と、お兄さんは笑った。
「『犬』じゃなくてですか?」
僕の過去と絡めて冗談っぽく言った。
「そうだなぁ。
今のチャンミンは、エサを催促する猫みたいだ」
僕の前髪を梳いてくれる。
「そうですね。
僕は犬じゃなくて、僕は猫になりたいです。
猫を撫ぜてみたいなぁ。
爪でがりっと引っかかれたりして...ふふふっ。
にゃあにゃあ、って...可愛いんだろうなぁ。
毛皮は柔らかいんだろうなぁ」
「猫、飼おうか?」
僕は首を振った。
「お兄さんを取られてしまうから、猫は欲しくありません。
お兄さんのペットは僕だけです」
「...チャンミン...」
「僕はね、誰かのものになっていると安心できるみたいです。
イゾンって言うんでしたっけ?」
僕はテレビが大好きで、少しずつ物識りになっていく。
「僕はお兄さんの、『所有物』でいたいです。
えへへっ。
お兄さんみたいに難しい言葉を使ってみました」
「チャンミン!」
お兄さんの突然の怒鳴り声に、僕の肩がビクッと震えた。
「所有物だなんて、自分を貶めるようなことは言うんじゃない。
お前は俺の同居人。
友人同士だ」
「...お兄さん?」
「大きな声を出して、すまなかった...」
「...友人...」
うっとりした。
「素敵な響きです。
僕はお兄さんの友人にショーカクしてたんですねぇ。
友人かぁ...いいですねぇ」
僕には友だちという存在はいない。
お店の仲間たちはみんな、ライバルだった。
「でもな。
友人同士はセックスはしない」
「そうなんですか?」
「ああ」
「お兄さんと僕はえっちをしましたよ。
僕たちは友人同士じゃないですね」
「...そうだな」
「それなら何ですか?」と質問しようと思った。
お兄さんと裸で抱き合えただけで、僕の幸せのタンクは溢れそうだった。
だから、黙っていた。
きっと、嬉しい言葉を僕にくれる。
いっぺんに幸せをもらったりなんかしたら...僕みたいな人間には勿体ない。
元気がなくなった時のために、とっておこうと思った。
~ユノ~
チャンミンとのセックスは極上の営みだった。
さすが、と言うべきか。
俺もプロだった、チャンミンも同様だ。
快楽へのスポットを知り尽くしている。
愛情に満ちた行為だったのか?
YESだ。
俺の膝の上で眠ってしまったチャンミンの頭を撫ぜた。
汗で湿った柔らかな髪を梳いた。
俺のものをしゃぶっていたのが嘘みたいな、あどけなく、幼い寝顔だ。
手の平の下、体熱を発散する形のよい頭蓋骨。
丸めた背中も撫ぜた。
ふくらはぎが痺れてきたが、そのままじっとしていた。
とうとうチャンミンを抱いてしまった。
所有し所有されることは、安心と満足感を生んでくれる。
いつか失ってしまうのではないかの怯えも生まれる。
俺はチャンミンを所有したいわけじゃなく、対等に肩を並べていたい。
答えを出すのをずっと躊躇していた。
俺はチャンミンを愛している。
・
チャンミンは商売道具である身体の魅せ方を熟知している。
無意識なんだろうが、動作の端々の...例えば腰かける行為ひとつを見ても、しなをつくっている風に見えるのだ。
あの店の個室でチャンミンを抱いた時、客である俺を小馬鹿にしたような言葉選びも、上目遣いの眼も、計算づくだったんだろう。
だからか、無防備で無垢な笑顔を見せられると俺はほっとした。
「お兄さ~ん!」
大声で呼ばれてバルコニーに出た途端、俺はずぶ濡れになってしまった。
チャンミンのいたずらは大胆だ。
バケツいっぱいの水を、俺にぶちまけたのだ。
怒りなんてこれっぽちも湧かず、俺は大笑いしていた。
「よかった~。
お兄さんったら難しい顔をしているんですもの...。
お仕事が大変なんですね~」
バスタブサイズのたらいに水を張り、そこで水浴びをしていたらしい。
大人らしい振る舞いなど知らないチャンミンは、子供のようにはしゃいでいる。
下着一枚になったチャンミンは、デッキチェアに寝っ転がった。
「暑いですねぇ」
「暑いな」
空を仰いだりなんかしたら、目がやられてしまうほどぎらつく眩しい太陽。
夏が訪れた。
手でひさしをつくって、眼下の街並みを見下ろした。
公園沿いを流れる川から、白い光が川面できらめいている。
バルコニーのモルタル塗りの床は、濡れるそばから蒸発してしまう。
「そんな池みたいなところで遊んでいないで、プールに連れていってやろうか?」
「これはね、池なんですよ。
魚を飼いたいです。
丸い葉っぱの草もここで育てるのです」
なるほど...たらいの周囲を先日注文した溶岩で囲っていた。
「へぇ、それは楽しそうだね」
「はい。
明日にはメダカが届きます」
「水着を買ってあげよう」
「やった」
チャンミンの下着は、水に濡れてあれの形そのままに張り付いていた。
以前の俺だったら、その光景に目を反らしていた。
今の俺は違う。
チャンミンの腰を抱き、バルコニーに繋がる寝室へといざなった。
冷房のよく効いた快適な部屋と、ひんやりとしたシーツ。
太陽の熱を浴びたチャンミンの肌が熱かった。
・
チャンミンとの同居生活が始まって2か月が過ぎた頃。
俺はあることに気付いた。
これまで気付かなかった自分に呆れるほどだったが、巧妙に隠していたチャンミンがいじらしくなった。
俺が留守から帰宅した日のことだった。
(つづく)