~ユノ~
喉をのけぞらせ唇の端から唾液を垂らし、あらぬところを見る眼は焦点が合っていない。
片足に下着をひっかけたままの足首、爪先は小刻みに痙攣している。
絶頂を迎え、果てたチャンミンの全身はピンク色に染まっている。
ぽっかりと開いた空洞は、チャンミンの身体の中の中まで覗けそうだった。
意識がとんだチャンミンの傍らで俺は身体を起こし、夏の光あふれる外を眺めていた。
強烈過ぎる日光に、植物たちはぐったりと葉を垂らしていた。
蓮を浮かべた小さな池は、かけ流しの水で冷えたままで、そこに足を浸したらさぞ気持ちいだろうなと思った。
チャンミンの秘密の花園では、決して彼を抱かない。
そこは神聖な場所だ。
100メートルから見渡す景色。
さぞかし開放的で、誰かに目撃される恐れはなくても、チャンミンの「見られたい欲」をくすぐって快感を増すだろう。
そうであっても、秘密の花園で交わることはしない。
・
近くにあるがゆえ、気付けないことは往々にしてある。
俺とチャンミンが暮らすマンションの地下に、住民専用のプールがあったのだ。
これまで使用したことがなかったため、頭になかった。
そうか!
チャンミンを連れていこう、と思い立った。
今年は酷暑の夏だった。
真夏の日中は論外、夜が更けてからもアスファルトとコンクリートの放射熱で蒸し暑かった。
植物の世話に精を出していたチャンミンも、さすがに暑さが堪えたようで日中は室内で涼んでいた。
空調が完璧な部屋に閉じこもっている俺たちは運動不足だった。
・
喉の渇きを覚えた俺は、仕事の手を止めた。
時刻は真夜中過ぎだ。
リビングを覗くと、チャンミンはダイニングテーブルにノートを広げ、目下学習中だった。
集中するあまり、俺に気付いていない。
俺はチャンミンを邪魔しないよう忍び足でキッチンに向かい、アイスコーヒーをグラスに注いだ。
それを飲みながら、チャンミンの後頭部を眺めた。
乾いたスポンジに水を吸い込むように、チャンミンはめきめきと知識を蓄えていった。
俺の手助けは一切不要だった。
この調子だと、外国語も習得する勢いだった。
ヘッドホンから流れる音声に相当する文字をノートに書き写す。
チャンミンが自ら編み出した学習法だった。
「ふわぁぁ」
チャンミンは大きな伸びをし、背中を反らせた。
背後に立っている俺に気付き、「肩が凝ってしまって」と照れ笑いした。
「まだ寝ないのか?
根詰め過ぎじゃないか?」
俺はチャンミンの背中を叩き、親指で玄関を指した。
「よし!
プールに行こうか?」
「プール?」
俺の誘いに、チャンミンはきょとん、としていた。
「地下にプールがあるんだ。
この時間なら誰も利用しない」
「プールがあるんですか!
素敵ですね。
...裸じゃ、ダメですよね?」
「水着は用意してある。
ほら、立って!
行くぞ!」
暑いからといって裸同然のチャンミンを急かして服を着せ、俺たちは地下へのエレベーターに乗った。
~チャンミン~
贅沢な部屋に住んでいられるのは、お兄さんがもの凄いお金持ちであるからで、僕は王様みたいな毎日を送っている。
まさか、この建物にプールまであるなんて!
エレベーターを降り、お兄さんがカードをかざすと木目調の両開きドアが開いた。
(お兄さんのマンションへは住民以外は入れないんだけど、住民の中でも選ばれた人しか地下のプールは利用できないのだそうだ)
筋トレ用のマシンが並ぶガラス張りの部屋を横目に歩き進み、突き当りのドアを開けてすぐ、消毒液の匂いに包まれた。
一瞬、店のエロ部屋を思い出してしまった。
客が帰った後、念入りに掃除をした犬たちは、ビニール張りのベッドに消毒液を吹きかける。
犬たちもシャワーを浴び、ピンク色のマウスウォッシュで嫌な匂いがする口をうがいする。
「どうした?」
立ち止まってしまった僕に、お兄さんは案じる言葉をかけた。
「なんでもないです...プールは初めてでしたから」
「それじゃあ、金づちかどうかは分からないわけか。
身体を浸すだけでも、クールダウンできるぞ」
洋服を脱ぎ出したお兄さんに倣って、僕も水着姿になった。
お兄さんの水着はハーフパンツ・タイプで、ちょっとがっかりした。
裸姿は嫌というほど目にしていたのに、部屋以外の場所でお兄さんの裸を...きゅっと締まったお尻を見たかったから。
僕だけビキニ・タイプで...狡い。
ふくれっ面で、お兄さんの逆三角形の背中を追った。
最後のドアを開け、急に開けた場所に足を踏み入れた僕は、「わあぁぁ」と驚きの声を漏らしていた。
なみなみと水をたたえた、50メートルはありそうな大きなプール。
高い天井からは明るいと薄暗いの中間くらいの照明が、プールの中にはライトが仕込まれて、透けた青が幻想的だった。
ごくごくと飲み干したくなるほど、美味しそうな綺麗な青色をしていた。
プールの周囲に、寝そべるタイプのベンチが置いてある。
誰もいない...貸し切り状態だった。
お兄さんは高くなっている台に乗ると、両腕を高く上げた。
そして、「チャンミンはハシゴからおいで」と言っておいて、お兄さんは頭からプールへと飛び込んでいってしまった。
その姿は地上のネズミに向かって急降下するトンビのように、美しかった。
置いてけぼりをくらった僕の身体を、水しぶきが濡らした。
お兄さんの着水地点から、それまでしんと凪いでいた水面に水紋が出来た。
その水紋が、向こう側に到達するまで僕は待った。
プール底に目をこらしても、そこにお兄さんの姿がない。
不安が胸を圧迫してきた。
「チャンミン!」
声がする方を見ると、お兄さんが手を振っていた。
プールに飛び込んだお兄さんは、そのまま水底をす~いと息がつきるまで、ペンギンみたいに泳いでいったようだった。
「ひどいよ!」
お兄さんはケロッと明るく、楽しそうで、ますます「ズルい!」と思ってしまった。
お兄さんが溺れたんじゃないかって、心配したのに!
僕も負けじとプールに足から飛び込んだ。
「チャンミン!」
慌てて僕の元へ泳いできたお兄さん。
お兄さんがたどり着いてすぐ、僕は水中に沈んだ。
「...チャンミンっ!」
僕を呼ぶお兄さんの声が、くぐもって聞こえる。
お兄さんの水着を一気に引きずり下ろした。
そして、やわらかくしぼんだものを頬張った。
(つづく)