(16)あなたのものになりたい

 

~ユノ~

 

喉をのけぞらせ唇の端から唾液を垂らし、あらぬところを見る眼は焦点が合っていない。

片足に下着をひっかけたままの足首、爪先は小刻みに痙攣している。

絶頂を迎え、果てたチャンミンの全身はピンク色に染まっている。

ぽっかりと開いた空洞は、チャンミンの身体の中の中まで覗けそうだった。

意識がとんだチャンミンの傍らで俺は身体を起こし、夏の光あふれる外を眺めていた。

強烈過ぎる日光に、植物たちはぐったりと葉を垂らしていた。

蓮を浮かべた小さな池は、かけ流しの水で冷えたままで、そこに足を浸したらさぞ気持ちいだろうなと思った。

チャンミンの秘密の花園では、決して彼を抱かない。

そこは神聖な場所だ。

100メートルから見渡す景色。

さぞかし開放的で、誰かに目撃される恐れはなくても、チャンミンの「見られたい欲」をくすぐって快感を増すだろう。

そうであっても、秘密の花園で交わることはしない。

 

 

近くにあるがゆえ、気付けないことは往々にしてある。

俺とチャンミンが暮らすマンションの地下に、住民専用のプールがあったのだ。

これまで使用したことがなかったため、頭になかった。

そうか!

チャンミンを連れていこう、と思い立った。

今年は酷暑の夏だった。

真夏の日中は論外、夜が更けてからもアスファルトとコンクリートの放射熱で蒸し暑かった。

植物の世話に精を出していたチャンミンも、さすがに暑さが堪えたようで日中は室内で涼んでいた。

空調が完璧な部屋に閉じこもっている俺たちは運動不足だった。

 

 

喉の渇きを覚えた俺は、仕事の手を止めた。

時刻は真夜中過ぎだ。

リビングを覗くと、チャンミンはダイニングテーブルにノートを広げ、目下学習中だった。

集中するあまり、俺に気付いていない。

俺はチャンミンを邪魔しないよう忍び足でキッチンに向かい、アイスコーヒーをグラスに注いだ。

それを飲みながら、チャンミンの後頭部を眺めた。

乾いたスポンジに水を吸い込むように、チャンミンはめきめきと知識を蓄えていった。

俺の手助けは一切不要だった。

この調子だと、外国語も習得する勢いだった。

ヘッドホンから流れる音声に相当する文字をノートに書き写す。

チャンミンが自ら編み出した学習法だった。

 

「ふわぁぁ」

 

チャンミンは大きな伸びをし、背中を反らせた。

背後に立っている俺に気付き、「肩が凝ってしまって」と照れ笑いした。

 

「まだ寝ないのか?

根詰め過ぎじゃないか?」

 

俺はチャンミンの背中を叩き、親指で玄関を指した。

 

「よし!

プールに行こうか?」

 

「プール?」

 

俺の誘いに、チャンミンはきょとん、としていた。

 

「地下にプールがあるんだ。

この時間なら誰も利用しない」

 

「プールがあるんですか!

素敵ですね。

...裸じゃ、ダメですよね?」

 

「水着は用意してある。

ほら、立って!

行くぞ!」

 

暑いからといって裸同然のチャンミンを急かして服を着せ、俺たちは地下へのエレベーターに乗った。

 


 

~チャンミン~

 

贅沢な部屋に住んでいられるのは、お兄さんがもの凄いお金持ちであるからで、僕は王様みたいな毎日を送っている。

まさか、この建物にプールまであるなんて!

エレベーターを降り、お兄さんがカードをかざすと木目調の両開きドアが開いた。

(お兄さんのマンションへは住民以外は入れないんだけど、住民の中でも選ばれた人しか地下のプールは利用できないのだそうだ)

筋トレ用のマシンが並ぶガラス張りの部屋を横目に歩き進み、突き当りのドアを開けてすぐ、消毒液の匂いに包まれた。

一瞬、店のエロ部屋を思い出してしまった。

客が帰った後、念入りに掃除をした犬たちは、ビニール張りのベッドに消毒液を吹きかける。

犬たちもシャワーを浴び、ピンク色のマウスウォッシュで嫌な匂いがする口をうがいする。

 

「どうした?」

 

立ち止まってしまった僕に、お兄さんは案じる言葉をかけた。

 

「なんでもないです...プールは初めてでしたから」

 

「それじゃあ、金づちかどうかは分からないわけか。

身体を浸すだけでも、クールダウンできるぞ」

 

洋服を脱ぎ出したお兄さんに倣って、僕も水着姿になった。

お兄さんの水着はハーフパンツ・タイプで、ちょっとがっかりした。

裸姿は嫌というほど目にしていたのに、部屋以外の場所でお兄さんの裸を...きゅっと締まったお尻を見たかったから。

僕だけビキニ・タイプで...狡い。

ふくれっ面で、お兄さんの逆三角形の背中を追った。

最後のドアを開け、急に開けた場所に足を踏み入れた僕は、「わあぁぁ」と驚きの声を漏らしていた。

なみなみと水をたたえた、50メートルはありそうな大きなプール。

高い天井からは明るいと薄暗いの中間くらいの照明が、プールの中にはライトが仕込まれて、透けた青が幻想的だった。

ごくごくと飲み干したくなるほど、美味しそうな綺麗な青色をしていた。

プールの周囲に、寝そべるタイプのベンチが置いてある。

誰もいない...貸し切り状態だった。

お兄さんは高くなっている台に乗ると、両腕を高く上げた。

そして、「チャンミンはハシゴからおいで」と言っておいて、お兄さんは頭からプールへと飛び込んでいってしまった。

その姿は地上のネズミに向かって急降下するトンビのように、美しかった。

置いてけぼりをくらった僕の身体を、水しぶきが濡らした。

お兄さんの着水地点から、それまでしんと凪いでいた水面に水紋が出来た。

その水紋が、向こう側に到達するまで僕は待った。

プール底に目をこらしても、そこにお兄さんの姿がない。

不安が胸を圧迫してきた。

 

「チャンミン!」

 

声がする方を見ると、お兄さんが手を振っていた。

プールに飛び込んだお兄さんは、そのまま水底をす~いと息がつきるまで、ペンギンみたいに泳いでいったようだった。

 

「ひどいよ!」

 

お兄さんはケロッと明るく、楽しそうで、ますます「ズルい!」と思ってしまった。

お兄さんが溺れたんじゃないかって、心配したのに!

僕も負けじとプールに足から飛び込んだ。

 

「チャンミン!」

 

慌てて僕の元へ泳いできたお兄さん。

お兄さんがたどり着いてすぐ、僕は水中に沈んだ。

 

「...チャンミンっ!」

 

僕を呼ぶお兄さんの声が、くぐもって聞こえる。

お兄さんの水着を一気に引きずり下ろした。

そして、やわらかくしぼんだものを頬張った。

 

(つづく)