(22)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

チャンミンの耳たぶを舐めんばかりに頬を寄せ、囁いた。

 

「動かしたら、プールを汚してしまうよ?」

 

チャンミンの首筋に鳥肌がたった。

 

管理会社に一本連絡を入れれば済むことなのに、チャンミンを困らせたかったのだ。

 

したいのに出来ない、でもしたいと葛藤するチャンミンを見たかった。

 

「プールの中でヤリたい、と言いだしたのはチャンミンだよ?」

 

「......」

 

「お兄さん...僕...プールの中は...飽きました」

 

チャンミンは俺から下りようとするが、俺は彼から腕を離さない。

 

「お兄さんっ...離して」

 

根元まで埋めたまま、チャンミン自身を上下左右と揺すった。

 

「んんっ...ふっ」

 

物足りないチャンミンは自らを振ろうとしたが、俺はそれを許さない。

 

「チャンミンは動いたらダメだ。

栓が抜けてしまったら大変だ」

 

「...そんな」

 

「動かして欲しいなら動かしてあげるけど...。

いいのか?

チャンミンの穴からいろいろ出てしまうだろうね?

そうなったらどうなるかな?」

 

「...どうなるって...」

 

「チャンミンが掃除するか?

水を全部抜いて、デッキブラシで磨くんだ。

ひとりでできるか?」

 

「......」

 

泣き笑いな表情になってしまったチャンミンが、可哀想になってきた。

 

「一旦あがろうか?」

 

チャンミンを抱えたまま、プールサイドへと移動した。

 

動物の赤ん坊のように、しがみついたままのチャンミンが愛おしかった。

 

今夜の俺は優しい。

 

 

ジャグジーで冷えた身体を温めていた時のことだ。

 

チャンミンを後ろから抱きかかえ、気紛れに首筋に吸いついては、彼をくすぐらせていた。

 

うなじに、耳のつけ根にと、いくつもの紅い痕を付ける度、チャンミンはクスクスと笑って、身をよじらせている。

 

誰かに会うこともない、俺と二人きりの暮らし。

 

全身花吹雪のようになっても構わないのだ...俺もチャンミンも。

 

「お兄さん...訊きたいことがあります」

 

あらたまった口調に、「いよいよ来たか」と思った。

 

チャンミンの質問の内容が予想できた。

 

「どうして、あの店に来たのですか?

どうして『犬』を買おうと思ったのですか?」

 

「あの夜」「あの店」が、俺たちの起点だった。

 

それ以前については話題に出ても、さりげなくかわしてきた。

 

語ることで過去を思い出したくないなんて、ナイーブな理由からじゃない。

 

知られたくなかった。

 

チャンミンは前者の理由によるものかもしれない。

 

俺はというと、そろそろチャンミンについて知りたくなったところだった。

 

俺自身についても、知ってもらいたい。

 

たった今のチャンミンの質問により、俺たちの心の変化が合致したことに俺は満足した。

 

 

俺がなぜ、あの店を訪れたのかを知ったとき、チャンミンは俺を軽蔑するかもしれない。

 

...いや、「軽蔑」の感情を知らないかもしれないな。

 

ジャグジーの音がうるさく、停止するのをしばし待った。

 

後ろ抱きされていたチャンミンは、俺から身体を離すとバスタブの反対側に移動した。

 

「お兄さんは話したくないでしょうが、僕は知りたいのです。

僕は馬鹿だから、うまく説明できなくてすみません。

お兄さんの近くにいるのに、つかみどころがないのです。

いっぱいえっちをしているのに、お兄さんのおちんちんが僕の中に何回も入っているのに、まだまだ遠い存在なんです。

もしお兄さんが僕のショユーシャだったら、僕には知る資格はないです。

でもこの前、僕に言ってくれましたよね?

あ...言ってないか。

僕が勝手に思ったことですけど...えへへへ。

お兄さんは恋人としかえっちしないって、言いましたよね?

つまり...僕はお兄さんの恋人ってことですよね?」

 

「そうだよ。

恥ずかしかったんだ。

『チャンミンは恋人だよ』と口にするのがね」

 

はっきりと言い切っていなかったせいで、チャンミンを不安にさせていたようだ。

 

「これを知って、チャンミンは俺のことを嫌になるかもしれないな」

 

「どうしてですか?

僕はお兄さんを嫌いになるわけがないでしょう?」

 

「嫌いになるっていうのとは、少し意味が違うかな。

そうだなぁ...『がっかりする』っていうのかなぁ?」

 

「...がっかり、ですか。

いいえ!」

 

チャンミンはこぶしを水面に叩きつけた。

 

「僕は絶対に、がっかりなんてしませんよ。

僕の方こそ酷いものですよ」

 

そう言ってチャンミンは、両眉を下げて小首を傾げた。

 

「よし」

 

俺はジャグジーから身を起こすと、チャンミンへと手を差し伸ばした。

 

「連れて行きたいところがある。

着替えて出かけるぞ」

 

 


 

 

~チャンミン~

 

お兄さんの『過去』

 

無理に聞き出さなくても、知らなくてもお兄さんと暮らしていける。

 

でもね、僕は少し欲張りになった。

 

あの女が僕らの家にやってきて、分かったことがあったんだ。

 

あの女の方がお兄さんに詳しいんじゃないか、って。

 

お兄さんと難しい話...例え仕事の話であっても...が出来る位、あの女は頭がいいんだ。

 

お兄さんの職業が何なのかも、僕は知らない。

 

訊いちゃいけない気がしたんだ。

 

仕事中のお兄さんは険しい顔をしている...空を睨んでいる...意識は遠くへ向けられている。

 

秘密の花園で土いじりをしながら、そんなお兄さんを眺め続けていた。

 

声をかければ、ふっとその表情を緩め、僕に微笑みかけてくれるけれどね。

 

あの女に負けないくらい、沢山勉強をして賢くなって、お兄さんの仕事を手伝えるようになりたい。

 

お兄さんのことは何でも知ってますよ、と余裕ある顔を、あの女に見せつけてやりたかったんだ。

 

 

(つづく)

 

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