~ユノ~
チャンミンの耳たぶを舐めんばかりに頬を寄せ、囁いた。
「動かしたら、プールを汚してしまうよ?」
チャンミンの首筋に鳥肌がたった。
管理会社に一本連絡を入れれば済むことなのに、チャンミンを困らせたかったのだ。
したいのに出来ない、でもしたいと葛藤するチャンミンを見たかった。
「プールの中でヤリたい、と言いだしたのはチャンミンだよ?」
「......」
「お兄さん...僕...プールの中は...飽きました」
チャンミンは俺から下りようとするが、俺は彼から腕を離さない。
「お兄さんっ...離して」
根元まで埋めたまま、チャンミン自身を上下左右と揺すった。
「んんっ...ふっ」
物足りないチャンミンは自らを振ろうとしたが、俺はそれを許さない。
「チャンミンは動いたらダメだ。
栓が抜けてしまったら大変だ」
「...そんな」
「動かして欲しいなら動かしてあげるけど...。
いいのか?
チャンミンの穴からいろいろ出てしまうだろうね?
そうなったらどうなるかな?」
「...どうなるって...」
「チャンミンが掃除するか?
水を全部抜いて、デッキブラシで磨くんだ。
ひとりでできるか?」
「......」
泣き笑いな表情になってしまったチャンミンが、可哀想になってきた。
「一旦あがろうか?」
チャンミンを抱えたまま、プールサイドへと移動した。
動物の赤ん坊のように、しがみついたままのチャンミンが愛おしかった。
今夜の俺は優しい。
・
ジャグジーで冷えた身体を温めていた時のことだ。
チャンミンを後ろから抱きかかえ、気紛れに首筋に吸いついては、彼をくすぐらせていた。
うなじに、耳のつけ根にと、いくつもの紅い痕を付ける度、チャンミンはクスクスと笑って、身をよじらせている。
誰かに会うこともない、俺と二人きりの暮らし。
全身花吹雪のようになっても構わないのだ...俺もチャンミンも。
「お兄さん...訊きたいことがあります」
あらたまった口調に、「いよいよ来たか」と思った。
チャンミンの質問の内容が予想できた。
「どうして、あの店に来たのですか?
どうして『犬』を買おうと思ったのですか?」
「あの夜」「あの店」が、俺たちの起点だった。
それ以前については話題に出ても、さりげなくかわしてきた。
語ることで過去を思い出したくないなんて、ナイーブな理由からじゃない。
知られたくなかった。
チャンミンは前者の理由によるものかもしれない。
俺はというと、そろそろチャンミンについて知りたくなったところだった。
俺自身についても、知ってもらいたい。
たった今のチャンミンの質問により、俺たちの心の変化が合致したことに俺は満足した。
・
俺がなぜ、あの店を訪れたのかを知ったとき、チャンミンは俺を軽蔑するかもしれない。
...いや、「軽蔑」の感情を知らないかもしれないな。
ジャグジーの音がうるさく、停止するのをしばし待った。
後ろ抱きされていたチャンミンは、俺から身体を離すとバスタブの反対側に移動した。
「お兄さんは話したくないでしょうが、僕は知りたいのです。
僕は馬鹿だから、うまく説明できなくてすみません。
お兄さんの近くにいるのに、つかみどころがないのです。
いっぱいえっちをしているのに、お兄さんのおちんちんが僕の中に何回も入っているのに、まだまだ遠い存在なんです。
もしお兄さんが僕のショユーシャだったら、僕には知る資格はないです。
でもこの前、僕に言ってくれましたよね?
あ...言ってないか。
僕が勝手に思ったことですけど...えへへへ。
お兄さんは恋人としかえっちしないって、言いましたよね?
つまり...僕はお兄さんの恋人ってことですよね?」
「そうだよ。
恥ずかしかったんだ。
『チャンミンは恋人だよ』と口にするのがね」
はっきりと言い切っていなかったせいで、チャンミンを不安にさせていたようだ。
「これを知って、チャンミンは俺のことを嫌になるかもしれないな」
「どうしてですか?
僕はお兄さんを嫌いになるわけがないでしょう?」
「嫌いになるっていうのとは、少し意味が違うかな。
そうだなぁ...『がっかりする』っていうのかなぁ?」
「...がっかり、ですか。
いいえ!」
チャンミンはこぶしを水面に叩きつけた。
「僕は絶対に、がっかりなんてしませんよ。
僕の方こそ酷いものですよ」
そう言ってチャンミンは、両眉を下げて小首を傾げた。
「よし」
俺はジャグジーから身を起こすと、チャンミンへと手を差し伸ばした。
「連れて行きたいところがある。
着替えて出かけるぞ」
~チャンミン~
お兄さんの『過去』
無理に聞き出さなくても、知らなくてもお兄さんと暮らしていける。
でもね、僕は少し欲張りになった。
あの女が僕らの家にやってきて、分かったことがあったんだ。
あの女の方がお兄さんに詳しいんじゃないか、って。
お兄さんと難しい話...例え仕事の話であっても...が出来る位、あの女は頭がいいんだ。
お兄さんの職業が何なのかも、僕は知らない。
訊いちゃいけない気がしたんだ。
仕事中のお兄さんは険しい顔をしている...空を睨んでいる...意識は遠くへ向けられている。
秘密の花園で土いじりをしながら、そんなお兄さんを眺め続けていた。
声をかければ、ふっとその表情を緩め、僕に微笑みかけてくれるけれどね。
あの女に負けないくらい、沢山勉強をして賢くなって、お兄さんの仕事を手伝えるようになりたい。
お兄さんのことは何でも知ってますよ、と余裕ある顔を、あの女に見せつけてやりたかったんだ。
(つづく)
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