あなたのものになりたい(3)

 

 

~ユノ~

 

 

偽善の慈善を施した風に見えただろう。

 

気まぐれの行為が、誰かひとりの人生を大きく変えてしまう。

 

変えてしまえる力を自分は持っているのだと、優越感に浸りたいつもりもない。

 

誰かを救った自分はそう捨てたものじゃない、と自己肯定感を持ちたかったわけでもない。

 

気付いたらそうしていた。

 

彼を連れて帰っていた。

 

だから、深く分析するつもりは全くないのだ。

 

 

 

 

チャンミンを連れて帰って10日ばかり経った。

 

通勤の必要のない俺は大抵自宅にいるから、24時間チャンミンとひとつ屋根の下で過ごすことになる。

 

不思議なことに、チャンミンの存在は気に障らない。

 

空気のようにここに馴染んでいた。

 

俺の邪魔をしないよう、息をひそめて過ごしている風でもない。

 

彼なりに寛いでいるようだ。

 

1時間前はTVを食い入るように観ていたのが、トイレに立った時リビングを覗いてみると、ソファに横になって眠っていた。

 

「風邪ひくぞ」

 

裸の肩にブランケットをかけてやる。

(未だに洋服を着ることを嫌っているのだ)

 

チャンミンのために、リビングの設定温度を上げていたため、暑がりの俺の額に汗がにじむ。

 

ソファに腰掛けて、チャンミンの頭を膝に乗せた。

 

そして、ふわふわと柔らかな髪を梳いてやる。

 

「う、う...ん」

 

膝の上で寝返りをうったチャンミンは、俺の腹に腕を巻きつけた。

 

むにゃむにゃしながら、「ゆの...」なんて寝言を言われたりなんかしたら...。

 

ずっと手元に置きたくなってしまうじゃないか。

ひと休憩つこうと、リビングでコーヒーを飲んでいた。

 

チャンミンはコーヒーを一口すすった途端、「うへぇ」と吐き出してしまったから、牛乳をたっぷり加えたものを飲んでいる。

 

「僕もコーヒーに慣れますからね。

コーヒーですか...大人っぽいです」

 

うっとりとそう言って、カップの中身を一気に飲み干してしまった。

 

「喉が渇いているのなら、遠慮せず冷蔵庫の中のものを自由に飲んだり、食べたりしていいんだぞ?」

 

「...悪いです」

 

遠慮するチャンミンに、ウォーターサーバーの使い方を教えてやった。

 

「ここはお前の家でもあるんだぞ」

 

と、チャンミンの鼻をつん、とつついて言った。

 

「僕んち。

お兄さんの家は、僕んち!」

 

ダンスでも始めんばかりに、くるりとターンをした。

 

そして俺の首にかじりついた。

 

といった具合に、チャンミンは感情表現が激しい。

 

子供っぽいはしゃぎ方を見せるチャンミンだが、根は大人しい奴のようだ。

 

ルーフバルコニーで日向ぼっこをしたり、ぼーっと眼下の景色を眺めていたり。

 

寝椅子に膝を抱えて座るチャンミン。

 

長い脚を邪魔くさそうに折りたたんで、足の指の爪を切っているチャンミン。

 

丸まった背中の、背骨の浮き出具合に、俺は安堵する。

 

うちに来ていくらかは肉付きがよくなったからだ。

 

最初のうちは、出された食事を残してばかりだった。

 

「食欲がないのか?」と訊いたら、チャンミンは激しく首を横に振った。

 

「食べたいです」

 

「じゃあ、食べればいい」

 

「太ってしまいます」

 

「太るも何も...痩せすぎだよ」

 

チャンミンの全身を眺め回して、そう言ってやった。

 

「...でも

痩せていた方が、売れるんです」

 

「...」

 

チャンミンの言う通り、少年性を求める客は多い。

 

多くの『犬』たちは、筋肉の薄い華奢な体型を維持することに苦慮する。

 

俺も経験があるから、よく分かる。

 

チャンミンの場合、長身だから特に苦労しただろう。

 

店から連れて帰る日、俺の家までの道のりをわずか1キロでギブアップするほどの、体力のなさ。

 

「それに、できるだけお腹は空っぽでいないと...。

つまり...」

 

チャンミンはウケ専だろうから、いつでも客を受け入れられるために食事も排泄もコントロールしていたのだろう。

 

「そうか...そうだよな。

でもな...」

 

チャンミンの頭をごしごしと撫ぜてやる。

 

「お前はもう、『売り物』じゃないんだ」

 

「...でも。

僕はお兄さんに買われたんだし...お兄さんにいつ抱かれてもいいように用意していないといけないし...」

 

「そういう思考はそろそろ、止めようか?」

 

何度言っても、チャンミンの頭から「俺に買われた」という意識が抜けてくれない。

 

「お前は単なる一人の男だ。

犬でも商品でもない」

 

苛立ったりせず、俺は根気よく言い聞かせてやらないといけない。

 

もちろん、言葉だけじゃ足りないから、チャンミンへの接し方を通して、彼に分からせてやらないといけないのだ。

 

 

 

 

「ゆっくり食え。

ここは俺しかいないんだ」

 

中央の皿から手づかみでハムを取るチャンミンの手を、押さえようとした。

 

「ごめんなさい!」

 

手首をつかむ瞬間、チャンミンは両手で頭をかばい首をすくめてしまった。

 

殴られる、と思ったらしい。

 

それは条件反射だった。

 

「俺は叩いたりしない」

 

切なさに俺は一息つき、チャンミンの頭を撫ぜ、うなじを揉んでやった。

 

「俺はチャンミンを絶対に殴らない」

 

すくめていた頭を起こし、そぅっと上目遣いで「ホントに?」と俺を見る。

 

「ああ。

だから安心をし。

お前のメシもとって食わない。

ゆっくり、よく噛んで食え」

 

顎まで垂れたソースを、ナプキンで拭ってやった。

 

ガツガツと貪り食う、の言葉そのままな食事の仕方だった。

 

箸の持ち方もめちゃくちゃで、ボロボロと炒めた飯をテーブルにこぼしてばかりいる。

 

当然胸元を汚すから、首にタオルを巻いてやった。

 

くちゃくちゃと音をたてて咀嚼し、皿に残ったソースをずるずるすすり、スープ皿もぺろぺろと舐めている。

 

「美味しいです、美味しい」

 

美味そうに食べてくれるのは嬉しいが、いくらなんでもこの食べ方...まるで飢えた犬のような...はひどすぎる。

 

「噛む時は口を閉じろ」

 

「こうですか?」

 

リスのように両頬をいっぱいにしたチャンミンに、「一口が多すぎるよ」と注意した。

 

「お兄さんとのご飯は、窮屈です」

 

ソースがついた指を1本1本しゃぶる姿に、俺は眉間にしわを作ってみせる。

 

目線で紙ナプキンを指すと、チャンミンは慌ててそれで指を拭った。

 

「慣れろ。

外食する時、困るのはチャンミンだ。

スマートにフォークとナイフを扱え、とまでは言わないから」

 

「...外でご飯、ですか...?」

 

チャンミンは俯いてしまい、手の中で紙ナプキンをもてあそんでいた。

 

「外は嫌か?

別に無理に連れて行ったりしないよ。

俺は料理が出来ないから、デリバリーでいろいろ取ろうか?

口うるさく言って、ごめんな」

 

「嫌じゃないです...嬉しいです」

 

嬉しいの言葉のわりに、その声は消え入りそうだ。

 

「お兄さん、恥ずかしいですよ?

僕みたいな馬鹿を連れて行ったら、お兄さんは恥ずかしいですよ?」

 

「俺は恥ずかしくないさ。

チャンミンはチャンミンのしたいように振舞って欲しい、と思ってる。

でもな、俺が言っているのは、恥ずかしい思いをするのはチャンミンの方だ、ってこと」

 

「どうして僕が恥ずかしく思うんです?」

 

「大人の男になりたいんだろう?

犬から卒業したいんだろ?

大人の男っぽいことをしないと」

 

ここまで話してやると、

 

「オトナノオトコ...ふふふ」

 

チャンミンはようやく笑顔になって、放り出していたフォークを手にした。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕のお気に入りの場所はルーフバルコニーで、そこからは世界を見下ろせる。

 

お兄さんの仕事部屋と繋がっているから、たまにいたずら心を起こして仕事中のお兄さんに窓の外から手を振る。

 

お兄さんは眼鏡をかけていて(すごくカッコいい)、パソコンに向かって難しい顔をしている。

 

でも、僕に気付くと、目尻を下げて笑いかけてくれる。

 

お兄さんはいつも家にいるから、きっとあのパソコンを通して土地をコロガシテいるのかもしれない(土地をコロガシて大儲けしていた客がいたんだ)

 

使い過ぎて年中熱をもっていたアソコも、うずくことはなくなった。

 

お兄さんは僕を抱いてくれない。

 

僕はお兄さんにお礼をしたいのに、あの夜以来、お兄さんは僕を抱いてくれない。

 

嫌われたのかなぁ、と心配になる。

 

心配になって、お兄さんの首にしがみついて唇を寄せてみる。

 

そうするとお兄さんは、ちょっと驚いた風に目を見開いて、しつこく唇を寄せる僕をじぃっと見る。

 

こうなれば根くらべだ。

 

「仕方ないな」って風にお兄さんはふっと息を吐いて、僕の頬を両手で包んでくれる。

 

そして、重ね合わすだけの優しいキスを返してくれて、僕はほんの少し安心した。

 

 

 

(つづく)

 

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