(5)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

 

チャンミンにアクセサリーを買ってあげた。

 

ロイヤルブルーに染めたスエード製で、柔らかく肌当たりのいいチョーカーだ。

 

言い方を変えれば、『首輪』に他ならない。

 

でも、俺にはチャンミンを縛りつけるつもりは全くない。

 

首の傷跡を隠せるもの、となると、やはりこれしか思いつかなかったのだ。

 

「青い首輪がいいです。

宝石が埋め込まれていたら、素敵でしょうね」

 

なんてことを、うっとりした表情で言っていた。

 

バックルはプラチナ製で、紐を繋ぐためのDカンは無し、ダイヤモンドを埋め込んだ三日月形のチャームが付いている。

 

「チャンミン、こっちにおいで」

 

リビングの隅で腕立て伏せをしていたチャンミンに声をかけた。

 

(筋力をつけたいのだそう)

 

信頼する飼い主に名前を呼ばれた犬のように、まっしぐらに駆け寄ってくる。

 

届いたばかりの小包をチャンミンの前で開封し、幾重もの薄紙に包まれたチョーカーを取り出した。

 

「...なんですか、これ?」

 

「チャンミンへのプレゼントだ」

 

「僕に?」

 

チャンミンの首に、それを装着してやった。

 

「もう少し緩めようか?

きつくない?」

 

チャンミンの長い首が引き立ち、よく似合っていた。

 

「首輪に見えるけど、そうじゃないからな。

これはね、『チョーカー』と言ってアクセサリーのひとつだ」

 

チャンミンを誤解させたらいけない。

 

「チョーカー...ですか」

 

チャンミンは指先で首に巻かれたものの肌ざわりを確かめ、喉仏の下で揺れるチャームに触れた。

 

「鏡を見てきてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

洗面所に走っていき、直後「おー!」と歓喜の声が。

 

「お兄さん!」

 

走って戻って来たチャンミンは、体当たりするみたいに俺の首にかじりついた。

 

「僕の話を覚えてくださったんですね。

素敵です。

とっても素敵です!」

 

俺の左右の頬にキスの嵐を降らす。

 

「気に入ってもらえたようで、嬉しいよ」

 

「嬉しいです。

僕は貰ってばかりです」

 

チャンミンの丸い眼はすでに、涙で潤んでいた。

 

つくづくチャンミンは優しい目をしていると思う。

 

「チャームがないシンプルな黒もあるよ。

TPOに合わせて使い分けるといい」

 

「ティーピーオー?」とチャンミンの問う表情に、その言葉の意味を教えてあげた。

 

「これは?」と、チャンミンはチャームを指で揺らした。

 

「ダイヤモンド。

宝石が付いているのがいい、って言ってただろう」

 

「あれは、絶対に叶いっこないことを言っただけです。

ホントに宝石がついた首輪...じゃなくて、チョーカーを貰えるなんて...」

 

「何かあったとき、それを売るんだ。

生活の心配はしなくて済むからな」

 

「『何かあったとき』って、何が起こるんですか!」

 

チャンミンの怒った目をみるのは初めてだった。

 

「誰だって先のことは分からないんだ。

 

事故に遭うかもしれないし、病気になるかもしれない」

 

「お兄さんが事故に遭うなんて、僕は嫌です!」

 

「家族はいるのか?

俺以外に頼れる者はいるのか?」

 

いないだろうと分かっていての、敢えての質問だった。

 

俺の問いにチャンミンは視線を伏せると...ぶるぶると首を横に振った。

 

「万が一のことを考えて準備はしておかないと。

...それだけの意味だ。

いつかチャンミンを置いて、どこかに行ってしまうかもしれないから、チョーカーを贈ったんじゃない。

それに...。

俺はチャンミンを追いだすことは絶対にしない。

チャンミンがここを出たいと思うようなるまで、ここに居ていいんだ」

 

「お兄さんの馬鹿!

ここを出たいなんて...僕が思うわけないでしょう?

僕はずーっと、ずーっと、お兄さんちにいます!」

 

眉と口角が下がり、顎をしわくちゃにさせたかと思ったら、うわーんと泣き出してしまったチャンミン。

 

「ごめん」

 

チャンミンの手を引き、俺の膝の上にまたがらせた。

 

そして、おいおい泣き続けるチャンミンの背を擦った。

 

泣き止むまで背中を擦り、俺のシャツが涙で濡れるに任せた。

 

小さな子供のように泣きじゃくるチャンミン。

 

大きな子供。

 

もし自分に子供がいたら、こんな感じなんだろうか。

 

ちらっと頭に浮かんだこの考えを、即打ち消した。

 

子供だなんて、とんでもない。

 

密着したチャンミンの骨ばった身体、擦る手の平に感じる背骨のデコボコ、細い腰。

 

薄手のTシャツを上に着ただけで、下は小さな下着1枚。

 

チノパンの太ももに当たる柔らかな膨らみを意識すると、なんだかたまらない気持ちになった。

 

チャンミンを店から連れ出した夜以来、努めて彼に手を出さないよう自制してきた。

 

チャンミンに魅力がないわけじゃない。

 

手を出したらいけない気がしたのだ。

 

チャンミンとヤルために、俺は彼を買い取ったわけじゃないのだ。

 

この意志表明を貫くため、俺にお礼をしたいからと身体を摺り寄せてくるチャンミンを遠ざけていた。

 

チャンミンとは、守らなければならない存在、世話をしてやらなければならない存在で、決して性的な感情を持って触れてはいけないのだ、と。

 

それも時間の問題だな、と思った。

 

なぜなら俺は、この男に惹かれている。

 

惹かれたからこそ、自由にしてやりたいと思った。

 

のびのびと自由に過ごすチャンミンの姿を、そばで見守りたい。

 

店を後にした時、俺を追いかけてきたチャンミン。

 

心が震えた。

 

もしかしたら、心の奥底ではこんな展開を期待していたのかもしれない。

 

彼の衣食住を整えてやり、感謝され悦に入るために、そばに置いているわけじゃないのだ。

 

無知で無邪気で、悲しい過去を持つチャンミンの背中を、切ない思いで見守るだけじゃ足りない。

 

彼の身も心も慈しみ愛したい。

 

 

 

 

「言い方が悪かったね。

俺んちに居てもいい、なんて言い方がいけないんだな。

俺んちに居て欲しい。

チャンミンに来てもらって、俺はとても楽しいよ。

俺からのお願いだ」

 

「...っう、うっ...うっ、うっ」

 

「チャンミン。

おれんちに居てくれる?」

 

そうなんだ。

 

チャンミンが我が家に来てから、日々が充実してきた。

 

ひとつ屋根の下、誰かの気配を感じながらの暮らし。

 

家族以外の誰かと暮らすのは初めてだった。

 

厳密に言うと初めてではなかった。

 

俺を買った主との生活を「誰かと暮らす」に含めなかったのは、主従関係によるものだから。

 

「嬉しいです...。

お兄さんのそばにずーっといます」

 

俺は袖口でチャンミンの涙をぬぐってやった。

 

俺の肩にもたせかけられたチャンミンの頭を、よしよしと撫ぜ続けた。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

お兄さんに首輪をもらった。

 

これはあくまでもアクセサリーで、お兄さんは『首輪』のつもりで贈ったんじゃないことは、ちゃんと分かってる。

 

首輪の痕を隠すためのアクセサリー。

 

でも、僕にとってこれは素敵な首輪だ。

 

お兄さんと繋がれた気持ちが強くなり、とても嬉しかった。

 

明日、散歩に連れていってくれるんだって。

 

世界中の人たちに、見せびらかしてやろう。

 

僕はお兄さんのもの。

 

お兄さんは僕だけのもの。

 

 

 

 

僕の首は汚くて、鏡を見る度「どうにかならないかなぁ」と思っていたところだ。

 

お兄さんの洗面所には、綺麗な色をした液体が入った瓶やいい匂いがするクリームがいっぱい並んでいる。

 

こっそり蓋を開けて匂いを嗅いでみたり、手や腕に塗ってみたりする。

 

早く消えてほしくて、茶色い痕にクリームを塗ってみたりもした。

 

水色の液体は、塗る度すーすーするのが気持ちよくて遊んでいたら、お兄さんはぷっと吹き出していた。

 

「これはマウスウォッシュだよ」って。

 

「そうじゃないかなぁ、って...分かってましたよ」

 

客と始める前とやり終わった後に、こういうもので口を洗っていた。

 

お店で使っていたものはピンク色だったし、薬臭かった。

 

お兄さんは僕を抱いてくれない。

 

僕にお礼をさせてくれない。

 

僕の我慢も限界だった。

 

お兄さんの両頬を挟んで、お兄さんの唇に力いっぱい僕の唇を押しつけた。

 

すぐに引き離されるかなぁと思った、いつも通りなら。

 

でも、この時はちょっと違った。

 

お兄さんの唇の力がゆるんだんだ。

 

やった...!

 

開いた隙間から、僕は舌をいれた。

 

舌の裏をペロンと舐められた時、僕の膝の力が一瞬抜けた。

 

すかさず、お兄さんの腕で腰を支えられた。

 

どうしよう...すごく気持ちがいい。

 

僕らの周りはミントのいい香りが漂っている。

 

鏡に背を向けていたから、僕らのキスシーンを見られなかったのが残念だった。

 

お兄さんともっともっといっぱいキスがしたい。

 

 

(つづく)

 

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