(18)NO?-第2章-

 

~ボタンの掛け違い~

 

~民~

 

「っう...うっ...うっ...」

 

チャンミンさんに嫌われてしまった!

 

熱い涙が次から次へと湧いてくる。

 

明日の私はまぶたが腫れた不細工な顔になっていそうだ。

 

そしてユンさんに、「彼氏と喧嘩?」ってからかわれるんだ。

 

「うっ...うっ...」

 

私も彼が好き、彼も私が好き...お付き合いするようになって...彼氏と彼女って、もっと楽しいものだと思ってた。

 

お付き合いする前の方が気楽でいられたのにな。

 

私みたいなオトコオンナを好きになってくれた人が現れたのに、私の口からはおかしな言葉ばかり出てくるみたい。

 

「ぐすん」

 

ティッシュペーパーをとって鼻をかんだ。

 

「ぐすん...」

 

私は頭まで布団にもぐりこんで、身体を丸めて目を閉じた。

 

 

布団に入って2時間も経つのに、眠気はおとずれてくれない。

 

悶々と考えに耽っているのだから、仕方がないか。

 

チャンミンさんとの衝突が私を寝かせてくれない理由のひとつで、同時進行で私を悩ます一件があった。

 

昼間目の当たりにした出来事だ。

 

この一件はチャンミンさんには内緒だ。

 

 

午後からの私は、謎解きのようなユンさんの言葉を、頭の中で反芻していた。

 

秘密と嘘。

 

真実と誠実。

 

言葉そのものの意味は分かってる。

 

これらを恋愛関係に当てはめた時、その意味とシーンごとの使い分けが私にはできない。

 

午後からの仕事ぶりはさんざんだった。

 

「あとは一人でやるから、民くんは下で事務しておいで」と、いつも温厚なユンさんには珍しい苛立った言い方だった。

 

「すみません」

 

「俺が変なことを言ったせいだね。

深い意味で言ったわけじゃないから、聞き流してくれていい」

 

ユンさんはそうフォローしてくれても、4つの言葉に思考が支配されたままだった。

 

 

PCのディスプレイを睨みつけていた。

 

事務仕事といっても大したことをしていない。

 

集中できなくて一息つこうと思い立ち、ミニキッチンに立って紅茶を淹れた。

 

(ユンさんにも持っていってあげよう)

 

トレーに乗せたカップを揺らさないよう、上階のアトリエへのらせん階段をのぼった。

 

「...来るなと言っただろ!」

 

ユンさんの怒鳴り声に、ビクンと私は踏み出した足を止めた。

 

「す、すみません...」

 

踵を返して階段を下りかけた時...。

 

「お前がいると気が散るんだ。

上で大人しくしていろ」

 

「!!!」

 

私に向けてじゃ...ないようだ、ユンさんは私を「お前」と呼んだことはない。

 

「でもっ...」

 

(誰か...いる?

...女の人?)

 

好奇心は抑えられず、私は7階のアトリエへと忍び足で階段を上った。

 

上へ行くにつれ嗚咽の声が大きくなってきた。

 

「...頼むから」

 

「さんざん抱いたから、もうあなたのモデルにはなれないんだわ!」

 

モデル...?

 

抱く...!?

 

ユンさんと口論しているのは、モデルさんのようだ。

 

アトリエの階にもエレベータは停まるから、事務所を通らずに来たのかな。

 

「ユンったら、構ってくれないんだもの。

私なんて...私なんて」

 

階段を登り切った時と、「死んだ方がいいんだわ!」と叫び声は同時だった。

 

(死ぬ!?)

 

ユンさんの正面に、女の人がうずくまっていた。

 

ウェーブがかった長い髪が、顔を半ば隠し、彼女は白い肩を震わせていた。

 

細いキャミソールの肩紐が二の腕までズレ落ち、下はレースの下着だけと、薄着だった。

 

綺麗な人だった。

 

ショッキングな場で、よくもこう細かいところまで瞬時に観察できたものだ。

 

だって、息が詰まってしまった私はしばらく硬直していて、彼女から目を反らせなかったからだ。

 

「!!!!!」

 

リリリリリリアさんっ!!!!!!

 

リアさんの視線が階段口にいる私で止まった。

 

大きな目が...ノーメイクなのに美しい...リアさんには西欧の血が混じっているんだった...大きく見開いて、私を凝視した。

 

リアさんの様子にユンさんも、後ろを振り向いた。

 

私は修羅場に居合わせる才能に長けているようだ。

 

真っ先に私の脳裏に浮かんだのは、チャンミンさんだった。

 

(どうしよう!

チャンミンさん!

どうしましょう!)

 

ユンさんの険しかった表情が、ふっと緩んだ。

 

「民くん」

 

近づいてきたユンさんは私の肩を抱くと、階下へ戻るようと優しく背中を押した。

 

「悪かったね。

今日はもう帰りなさい」

 

「あのっ...」

 

「用事を思い出してね。

民くんに手伝ってもらうことはないから」

 

「は、はい...」

 

有無を言わさず、私は階下へと追い出されてしまった。

 

あの場に居たとしても、私は邪魔者なのだから当然のことだけど。

 

心臓がバクバクと音を立てている。

 

機械的に戸締りと身支度をした私は、ユンさんの事務所を出たのだった。

 

チャンミンさん!

 

どうしましょう!!

 

 

(つづく)

 

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