~ボタンの掛け違い~
~民~
「っう...うっ...うっ...」
チャンミンさんに嫌われてしまった!
熱い涙が次から次へと湧いてくる。
明日の私はまぶたが腫れた不細工な顔になっていそうだ。
そしてユンさんに、「彼氏と喧嘩?」ってからかわれるんだ。
「うっ...うっ...」
私も彼が好き、彼も私が好き...お付き合いするようになって...彼氏と彼女って、もっと楽しいものだと思ってた。
お付き合いする前の方が気楽でいられたのにな。
私みたいなオトコオンナを好きになってくれた人が現れたのに、私の口からはおかしな言葉ばかり出てくるみたい。
「ぐすん」
ティッシュペーパーをとって鼻をかんだ。
「ぐすん...」
私は頭まで布団にもぐりこんで、身体を丸めて目を閉じた。
・
布団に入って2時間も経つのに、眠気はおとずれてくれない。
悶々と考えに耽っているのだから、仕方がないか。
チャンミンさんとの衝突が私を寝かせてくれない理由のひとつで、同時進行で私を悩ます一件があった。
昼間目の当たりにした出来事だ。
この一件はチャンミンさんには内緒だ。
・
午後からの私は、謎解きのようなユンさんの言葉を、頭の中で反芻していた。
秘密と嘘。
真実と誠実。
言葉そのものの意味は分かってる。
これらを恋愛関係に当てはめた時、その意味とシーンごとの使い分けが私にはできない。
午後からの仕事ぶりはさんざんだった。
「あとは一人でやるから、民くんは下で事務しておいで」と、いつも温厚なユンさんには珍しい苛立った言い方だった。
「すみません」
「俺が変なことを言ったせいだね。
深い意味で言ったわけじゃないから、聞き流してくれていい」
ユンさんはそうフォローしてくれても、4つの言葉に思考が支配されたままだった。
・
PCのディスプレイを睨みつけていた。
事務仕事といっても大したことをしていない。
集中できなくて一息つこうと思い立ち、ミニキッチンに立って紅茶を淹れた。
(ユンさんにも持っていってあげよう)
トレーに乗せたカップを揺らさないよう、上階のアトリエへのらせん階段をのぼった。
「...来るなと言っただろ!」
ユンさんの怒鳴り声に、ビクンと私は踏み出した足を止めた。
「す、すみません...」
踵を返して階段を下りかけた時...。
「お前がいると気が散るんだ。
上で大人しくしていろ」
「!!!」
私に向けてじゃ...ないようだ、ユンさんは私を「お前」と呼んだことはない。
「でもっ...」
(誰か...いる?
...女の人?)
好奇心は抑えられず、私は7階のアトリエへと忍び足で階段を上った。
上へ行くにつれ嗚咽の声が大きくなってきた。
「...頼むから」
「さんざん抱いたから、もうあなたのモデルにはなれないんだわ!」
モデル...?
抱く...!?
ユンさんと口論しているのは、モデルさんのようだ。
アトリエの階にもエレベータは停まるから、事務所を通らずに来たのかな。
「ユンったら、構ってくれないんだもの。
私なんて...私なんて」
階段を登り切った時と、「死んだ方がいいんだわ!」と叫び声は同時だった。
(死ぬ!?)
ユンさんの正面に、女の人がうずくまっていた。
ウェーブがかった長い髪が、顔を半ば隠し、彼女は白い肩を震わせていた。
細いキャミソールの肩紐が二の腕までズレ落ち、下はレースの下着だけと、薄着だった。
綺麗な人だった。
ショッキングな場で、よくもこう細かいところまで瞬時に観察できたものだ。
だって、息が詰まってしまった私はしばらく硬直していて、彼女から目を反らせなかったからだ。
「!!!!!」
リリリリリリアさんっ!!!!!!
リアさんの視線が階段口にいる私で止まった。
大きな目が...ノーメイクなのに美しい...リアさんには西欧の血が混じっているんだった...大きく見開いて、私を凝視した。
リアさんの様子にユンさんも、後ろを振り向いた。
私は修羅場に居合わせる才能に長けているようだ。
真っ先に私の脳裏に浮かんだのは、チャンミンさんだった。
(どうしよう!
チャンミンさん!
どうしましょう!)
ユンさんの険しかった表情が、ふっと緩んだ。
「民くん」
近づいてきたユンさんは私の肩を抱くと、階下へ戻るようと優しく背中を押した。
「悪かったね。
今日はもう帰りなさい」
「あのっ...」
「用事を思い出してね。
民くんに手伝ってもらうことはないから」
「は、はい...」
有無を言わさず、私は階下へと追い出されてしまった。
あの場に居たとしても、私は邪魔者なのだから当然のことだけど。
心臓がバクバクと音を立てている。
機械的に戸締りと身支度をした私は、ユンさんの事務所を出たのだった。
チャンミンさん!
どうしましょう!!
(つづく)
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